「セレブな街」港区に埋もれる単身高齢者の孤立 正月三が日を「独りで過ごした」が3割超

2022年12月07日東洋経済


富裕層が多く暮らすセレブな街として知られる東京都港区。一人暮らしの高齢者が多いことは、あまり知られていない。

この秋、あるマンション高層階の部屋の前では人が集まり、部屋の中に向かって声を上げていた。

「いるんでしょう? ドアを開けて。何かあったの?」

部屋の中にいるのは80代の女性だ。仕事一筋に生き、マンションも自身で購入していた。結婚歴はなく、家族はいない。

「どうしちゃったの?」と、郵便ポストの穴越しに声をかける近隣住民に、女性は「大丈夫だから」と、か細い声で返した。

意識はあるが話がかみ合わない。

見守りを兼ねる配食サービス

異変に気づいたのは、配食サービスで訪問した配達員だった。配食サービスは単に弁当を運ぶだけでなく、本人に直接手渡すことで見守りを兼ねる港区のサービスだ。

その日、配達員が弁当を届けると、部屋の中から「入り口に置いておいて」という声が聞こえた。直接手渡さなければならない配達員が「何かありましたか?」と尋ねると「歩けないから、置いておいて」と返ってきた。

やり取りを耳にした近隣住民も、配達員と一緒に声をかけ続ける。

連絡を受け、駆けつけたのが港区の「ふれあい相談員」。数年前からこの女性と定期的に接触し、コミュニケーションを絶やさずにきた。女性の返答に明らかな異変を感じた相談員は、本人から教えてもらっていた親族の連絡先に電話をかけ、合鍵を持ってきてもらう。

ドアを開けると、女性は廊下で動けなくなっていた。すぐに救急隊によって病院へ運ばれた。

この女性救出の陰には、相談員たちの数年越しの奮闘がある。

港区は2011年、積極的に地域に出向き、公的サービスにつながっていない一人暮らし高齢者の家を一軒一軒回る事業をスタートさせた。病気や生活困窮など、放置すれば事態が深刻化していくにもかかわらず周囲に相談する人がいなかったり、自ら支援を求めない高齢者に行政側からアウトリーチし、必要な支援につなげる試みだ。相談員が重視するのが「つながりの維持」。

「大丈夫」と支援を固辞

先の女性は、ゴミ出しをルールどおりにできなくなっていた。しかし本人は「大丈夫」と支援を固辞。そんな中、つながりを絶やさなかったのが地域の民生委員と相談員だ。

女性に配食サービスを提案したのも相談員で、本人は渋ったものの近隣の住民が「私も頼んでみるから、あなたも頼んでみれば」と背中を押すことで承諾した。この近隣住民も、やはり相談員との信頼関係が日頃からできていた人だ。

自宅に何度も通ううちに事業の趣旨を理解してもらえ、「何かのときに把握しておいて」と、緊急連絡先を教えてもらえることもある。

今回、80代の女性を救出できたのは、民生委員や近隣住民が本人の見守りを緩やかに維持し続けたこと、アウトリーチ事業によって親族の連絡先を把握できていたこと、異変があれば「ふれあい相談室」に連絡をしてほしいと近隣住民に認識してもらえていたことなどがうまくかみ合った結果だ。

コロナ禍で病院を避けていたこの女性は、救急入院をきっかけに主治医がつき、介護保険を申請することになった。相談員の働きかけが、支援につながった格好だ。
2001年に4000人ほどだった港区の一人暮らし高齢者の数は2020年には倍の8000人を超えた。自覚なく認知症が進んでいたり、今回の女性のように日常生活がままならなくなっているにもかかわらず行政の支援を拒もうとする高齢者も少なくない。

相談員が「つながりの維持」を重視するのは、声なき声を拾うため。セレブの街の、知られざる奮闘劇だ。

一人暮らし高齢者の半数は生活保護水準以下

インタビュー/明治学院大学名誉教授 河合克義

河合克義(かわい・かつよし)/明治学院大学名誉教授。1949年生まれ。明治学院大学大学院博士課程修了。著書に『大都市のひとり暮らし高齢者と社会的孤立』『老人に冷たい国・日本』など。

高齢者の孤立問題は、私を含め少数の研究者が1980年代から問題提起していたが、「世界有数の経済先進国で孤立や貧困を問題視するのはナンセンスだ」という声に、かき消されてきた。

だが、1995年の阪神淡路大震災の後、仮設住宅で孤立死が相次いだことをきっかけに注目を浴びるようになった。必ずしも震災によって孤立に陥ったわけではない。震災前の周囲とのつながりの度合いが震災によって表出した。それは今回のコロナ禍が高齢者たちの孤立を浮かび上がらせた構造にも似ている。

高齢者の孤立問題と裏表にあるのがマスコミで「所在不明高齢者問題」として報じられてきた潜在的貧困だ。2010年、東京都足立区で、生きていれば111歳の男性が白骨化した状態で発見された。同居家族が親を生きていることにして年金を受けていた。

困っている高齢者を見つけ出し、アプローチするのは実に難しい。その点、相談員が一人暮らし高齢者の家を一軒一軒回る港区の「ふれあい相談員」制度は先進的な取り組みだ。私自身、港区政策創造研究所の所長として、過去、同区で暮らす高齢者の実態調査に携わってきた。

税収は日本トップクラスの豊かな街だが、一人暮らし高齢者の状況は過酷だ。

正月「独り」の高齢者

私たちの調査でわかった結果の1つを紹介したい。正月三が日を誰と過ごしたかについて「独りで過ごした」が3割超もいた。2011年の調査だから、現在この割合はさらに高まっているだろう。

私の試算では、全国の一人暮らし高齢者の半数は生活保護水準以下の生活をしている。困窮し、正月も独りで過ごしている高齢者の数は今後さらに増えるだろう。経済的な豊かさだけを追い求めてきた戦後日本が、今、直視すべき現実だろう。