アマゾンは家庭用ロボット「Astro」を、あなたの生活や習慣を“理解”する機械へと進化させようと考えている

2022年10月08日WIRED


アマゾンの家庭用ロボット「Astro」は、現時点ではたいしたことができるわけではない。だが、人々の生活や習慣を“理解”する機械へと進化させることで、スマートホームの構想を実現させる最初の一歩になるとアマゾンは考えている。

ジェフ・ベゾスは長年にわたり、家庭用ロボットを開発したいと考えていた。熱心なSFファンであるベゾスはアマゾンのエンジニアや幹部たちに対し、そうしたプロジェクトの実現可能性について17年まで繰り返し尋ねていたと、電子書籍リーダー「Kindle」の開発に携わったバイスプレジデントのケン・キラリーは語る。

そして同じ年にアマゾンの特別プロジェクトチームは、家庭用ロボットの開発を始めるときがようやく訪れたと判断した。人工知能(AI)とロボット工学が成熟してきていたこと、センサーやコンピューターチップのコストが下がっていたこと、そしてライバル企業が同様の計画をもっているというリスクがあったことが、その判断を後押ししたという。

一方で、ロボットの開発に着手したアマゾンのチームには、ひとつの大きな不明点があった。アマゾンの家庭用ロボットが何の役に立つのか、ということである。

「ロボットの開発とは難しいものです」と、開発プロジェクトチームを組織したキラリーは言う。「その当時のわたしたちには、家庭用ロボットにどのような価値があるのかわかっていませんでした。しかし、開発には時間がかかることがわかっていたので、とにかく始めなければ、ということになったのです」

結果として生まれたのが、可愛らしい二輪駆動の家庭用ロボット「Astro」だった。大きさはボウリングのボールほどで、タッチ式ディスプレイからなる顔と、テーブルの上をのぞき込むための小さな潜望鏡のようなカメラを備えている。

Astroは複数のセンサーを用いることで家の構造を自動的に解析し、障害物や人間、ペットを避けながら家の中を動き回る。ユーザーはAstroにログインすることで、遠隔操作することもできる。だが、初期のあまり芳しくない製品レビューが指摘しているように、Astroを足元に置いておく必然性が、まだあまりはっきりしていない。

Astroは複数の人物を識別したり、不審者に遭遇した場合にアラームを鳴らしたり警告を送ったりできるので、離れた場所から自宅を監視する際に役立つだろうとアマゾンは説明する。それは確かにいいかもしれないが、どうしても欲しくなる利用事例とは言えないだろう。

家の中を“学べる”ように進化

Astroの評判はいまいちだが、いまもアマゾンはこのプロジェクトに注力している。バイスプレジデントのキラリーや開発メンバーたちが「アマゾンは家庭用ロボットがいつか広く普及するようになることを強く信じている」と語っていたのは、アマゾンのハードウェアの開発を担当するシリコンバレーの「Lab 126」を取材した際のことだった。

そのときキラリーたちは、家庭用ロボットのような端末がいかにアマゾンの主要な目標を達成する上で大いに役立つのか、詳しく説明してくれた。その目標とは、利用者が欲するものや必要とするものすべてを予測できるようになることである。

「Astroはわたしたちにとって最初のロボットであり、最後のロボットではありません」と、アマゾンの家庭用ロボット工学チームのゼネラルマネージャーでAstroプロジェクトのリーダーを務めるケン・ワシントンは言う。

この開発拠点であるLab 126で、アマゾンは今回発表されたAstroの新機能について説明してくれた。その機能とは、Astroが家の中にある開いたままのドアや窓を認識し、住人に警告するというものだ。

とはいえ、そうした追加機能があるからといって、Astroがどうしても必要になるというわけではない。だが、この機能に用いられたAI技術があれば、Astroは周囲を視認し、ちょっとした指示をユーザーから受けることで個人の家に関するありとあらゆる有益な情報について学習できるようになるかもしれないのだ。

この新機能を有効にするには、ユーザーがAstroに家の中の案内をしてあげる必要がある。ドアや窓を指しながら「玄関のドア」といった言葉を聞かせることで、将来的に警告を発する必要が生じた時のために呼び名を教えるのだ。

Astroは文章と画像の両方を用いて訓練されたAIモデルを活用している。これはAIアートを生成する際に用いられているモデルと同様のものだ。

身振りや言葉によってAstroに“教える”という手法は、将来的には家の中のありとあらゆる家具や物にも使われるようになるかもしれないと、ワシントンは言う。Astroの基礎となっているAI技術は、人々が何をしているのかをAstroが理解する上で役立つかもしれない。

「AIはこうした驚くべきターニングポイントに到達したのです」と、ワシントンは言う。「『これは椅子である』とか『椅子に座っている人がいる』という具合に、AIに状況を理解させることがまもなく実現可能になるのです」

アマゾンはユーザーの要望に応じて、Astroがネコやイヌを認識し、自動的に動画を撮影できるようにするソフトウェアのアップデートを今年中に予定している。

スマートホーム構想の実現に向けた架け橋

これらの新しい機能に用いられているAI技術は、アマゾンによるスマートホームの実現のための「大きな構想」の一部になっていると、ワシントンは語る。この構想の実現に欠かせないのが、人々の習慣を予測できるようになることであるという。

アマゾンの幹部らは、そうした予測能力のことを環境知能(アンビエント・インテリジェンス)と呼んでいる。環境知能の実現は、人々が家の中でする多くのことをアマゾンが“理解”できるかどうかにかかっているが、ほとんどの人は家中の部屋にカメラを1台ずつ設置したくなどないだろうと、ワシントンは言う。

だが、車輪で動くかわいいロボットなら、家の中を監視されることへの抵抗感を和らげることができる。「Astroを家に迎え入ることで、スマートホームという未来的な構想の実現に向けた架け橋となるのです」と、ワシントンは言う。「例えば、部屋に入ったときに明かりが自動でともるようなことも、スマートホームなら可能なのです」

アマゾンのスマートホーム構想には、人々が買いたいものや買わなければならない可能性のあるものを予測することも含まれているのかと、ワシントンに尋ねてみた。しかし、直接的な回答はしてもらえなかった。

しかし、ワシントンは一例として、Astroはユーザーが買い物リストに品物を追加しているかどうか把握するようになるだろうと言う。また、ユーザーが「おやすみ」と言ったときに、Alexaが過去の習慣やリクエストに基づいて自動的にコマンドを実行する「Hunches」と呼ばれる機能を使うことで、ユーザーに先回りして電灯を消せるといったこともそうだ。

「現時点ではユーザーは依頼を口に出さなければなりません」と、ワシントンは言う。「しかし、そのように口に出して依頼するようなことは、徐々になくなってきています。AIが十分に進歩し、わたしが欲している可能性のあるものを予測するようになってきたからです」

自分のあらゆる行動を監視するかわいいロボットというアマゾンの構想には、不安を抱く人もいるかもしれない。すでにアマゾンがユーザーの生活をこと細かにのぞき見ていることを考えれば、なおさらだろう。

Astroは独自のハードウェアを用ることで、ほどんどすべての情報をローカルで処理している。Astro用のスマートフォンアプリに送る必要のある家の“地図”を除いては、アマゾンのサーバーに送信している情報はほとんどないと、ワシントンは説明する。「わたしたちはプライバシーを考慮したアプローチを採用したのです」

高度な知能をもったペットのような存在

今回の取材では、アマゾンのLab 126内にあるアパートメントの部屋を模した空間で、Astroが実際に動く様子を見ることができた。長年にわたってロボットに関する記事を書いてきた立場から見ても、Astroが素早く出入口を通ったり障害物を回避したりする能力のほか、まばたきをしたり感情を伝えるかのような電子音を鳴らしたりできる繊細なインターフェースには感心させられた。

Astroのような比較的用途の限られた家庭用ロボットの開発にさえ、Amazonが素晴らしい技術を詰め込んだことは明らかだろう。Astroはカメラやモーションセンサー、そして録画した動画を地図へと変換する優れたソフトウェアを用いることで、自らの位置を把握できる。小型で比較的低価格な家庭用のデバイスでは一般的に、こうした動作を安定的にこなすことは難しい。

全体的な印象としては、Astroは「自らを人間に似せようとしているロボット」というよりも、高度な知能をもったペットのように感じられた。Astroにできることには限界があることを考えれば、そのような設計は賢明だろう。

だが、アマゾンの幹部らに「Astroにはほかに何ができるのですか?」と訊ねると、ときおり気まずい雰囲気になる。ワシントンのほかLab 126にて取材したアマゾンのメンバーたちによると、Astroの初期ユーザーはAstroを気に入るものの、もっと多くのことをこなせるようになってほしいと願うことが多いのだという。

高齢者の見守り用途や交流相手としてのニーズ

アマゾンはAstroの販売を継続し、魅力的な活用法が登場するまで着実にアップグレードしていくことで、そうした問題を解消したいと考えている。

可能性のひとつが高齢者のケアだ。ワシントンによると、あるAstroの初期ユーザーが高齢の親の様子を確認するためにログインしたところ、車いすから落ちていることがわかったという。

将来的には、Astroがそうした不測の事態が起きていないか監視するだけでなく、人助けのために自動でさまざまな行動をとることも可能になるかもしれないと、ワシントンは言う。「高齢者がいつ薬を飲んだのかを確認したり、倒れて助けを必要としているかどうかユーザーに教えたりといったことが、Astroにできるようになるかもしれません」

家庭用ロボットが掃除の次に活用の機会が見出されるとすれば、間違いなく高齢者のケアだろう──。かつてマサチューセッツ工科大学(MIT)でロボットを研究し、一般市場で初めて販売された家庭用ロボット掃除機「ルンバ」で知られるアイロボットの共同創業者だったロドニー・ブルックスは、そう指摘する。「それは大きな出来事になるでしょうね」

ブルックスは、つい最近も倉庫で人間をサポートするロボットの開発に取り組む企業を立ち上げている。アマゾンはアイロボットを買収する契約を結んだと22年9月28日に発表しているが、ブルックスとアマゾンは今回の買収がアイロボットの製品にどのような変化をもたらすのかについて、憶測することを避けている。

アマゾンはAstroのプログラムされたパーソナリティをさらに発展させ、Astroがある種の交流相手になるように設計しようとするかもしれない。

「Astroの見た目や行動を、人間というよりペットのようなものにするのは賢明だと思います」と、MITメディアラボのロボット研究者であるケイト・ダーリングは言う。「アマゾンが推し進めている活用例、すなわち人々を監視するためにAstroを利用することに、わたしは賛成できません。しかし、家庭用ソーシャルロボットの真の活用例とは、その名の通り人と交流することになるだろうと、わたしは強く信じています」

アマゾンは、あきらめない

Astroが将来的にさまざまな用途で使われるようになるには、Astroのボディがどれだけ拡張されていくかにかかっているだろう。インタビューの途中でワシントンに、アマゾンの構想ではいずれAstroに階段を上ったりものを掴んだりする手足を与える予定があるのかと尋ねてみた。

「この5年から10年の間にロボットはものを自在に動かす能力を得るだろうと、わたしたちは思い描いています」と、ワシントンは言う。またAstroが進化するにつれ、現在の二輪駆動のデザインと脚をもったロボットの姿の中間に位置するようなボディをAstroに与えることもあるかもしれないとも、ワシントンは笑顔で語ったが、それが具体的にはどんなものになるのかは説明してくれなかった。

リモコンや紛失した鍵を見つけて取って来てくれるロボットがあったら役に立つかもしれない。しかし、物体を掴んで自在に動かすことは、ロボット工学において最も難しい課題のひとつだ。

人間は物体を目で見て、その形状を把握し、正しく握り、滑りやすさや重さを計算に入れながらも、たいして考えることなく持ち上げることができる。機械が安定してそうした動作をこなすことは難しい。これまでもそうした問題に関する研究が数多くあったにもかかわらずだ。

アマゾンはAstroの開発にとりかかるずっと前から、倉庫用ロボットがものを掴めるようにする研究を進めてきた。アイロボット共同創業者のブルックスは45年前、ロボットの視界とものを掴む動作について研究するためにスタンフォード大学に入った。そのブルックスが、いまも「たいして進展がない」と言っているのだ。

アマゾンの地位を引き上げたクラウドコンピューティングやモバイル端末といったほかの技術と比べて、ロボット工学は現実世界の複雑性ゆえにゆっくりとした進歩をする傾向にある。「正直に言えば、これは始まりにすぎないのです」と、ワシントンは言う。

Astroの能力が一夜にして飛躍的に向上するようなことは起きないだろう。しかし、アマゾンがAstroのプロジェクトをあきらめることもないのである。