高齢者の健康、センサーでそっと見守る 電通大や東大
2022年05月19日日経新聞
高齢者の健康状態を本人も気づかないうちにそっと見守り、異常をいち早く知らせる――。そんなセンシング技術の提案が相次いでいる。高齢者や家族に負担をかけることなく病気や事故を防ぎやすくなる。高齢化が進み介護者の不足が懸念される中、課題解決の一助となりそうだ。
電気通信大学はベッドなどに敷くシート状センサーを使い、高齢者の認知症の兆候を早期に捉えることを目指す。医療機関と組み、5月以降に介護施設で実証実験を始める計画だ。
「マットをセンサーにすることで、普段見えないものが見えてくる」。電気通信大でセンサーを用いた高齢者支援を研究する高玉圭樹教授はこう話す。睡眠は生活の多くの時間を占めるが、医師が把握することが難しい時間でもある。センサーを使えば睡眠中の高齢者の状態を可視化できる。
高玉教授が着目するのが睡眠中の呼吸や心拍だ。心拍のリズムの乱れはアルツハイマー型認知症を予測する因子になるという仮説を立てており、高齢者がベッドなどに寝ているだけで認知症のリスクを把握できる技術を確立できないか検証する。
計測には厚さ約2ミリメートルのシート状の圧電センサーを使う。ベッドマットの下などに敷いておくだけで、睡眠中の呼吸や心拍のデータを取得できる。呼吸に伴う肺の膨らみによってセンサーに加わる圧力を、電位差として取り出す仕組みだ。
認知症の兆候を捉える手段には記憶能力を測るテストのほか、画像診断や血液検査などの方法がある。ただ、健康な状態と軽度認知障害(MCI)、認知症を明確に区別することは難しいとされ、早期発見の手段は確立できていない。画像診断や血液検査は身体の負担も伴いやすい。
シート状センサーなら「普段通り寝ているだけでよく高齢者に負担をかけない」(高玉教授)。認知症の兆候を早期に見つけ、遅れがちな病院の受診を促せる可能性がある。
5月以降、聖マリアンナ医科大学(川崎市)と共同で介護施設での実証実験に取り組む。認知症の症状の程度には幅があるため、どこまで早期に異常を捉えられるかを検証していく。
シート状センサーの応用範囲は広い。介護施設では高齢者の睡眠の深さを遠隔でモニタリングする手段にもなり、見回りをする介護士の負担を減らせる。高齢者以外の世代を含め、睡眠時無呼吸症候群の判定にも利用できないか検証する。
超音波センサーを使い、高齢者の入浴中の異常を検知する研究に取り組んでいるのが東京大学だ。浴室の天井に小型の超音波センサーを取り付け、健康状態の異常をすばやく捉えることを目指す。湯船につかったまま長時間動かなかったり、体全体が湯船に沈み込んだりするなどの異常を察知すると、音声で本人や家族、医師などに知らせる。
動物のコウモリが使う周波数帯の超音波を天井から発し、人の体に当たって跳ね返った超音波をセンサーで捉える。人体に無害なのが強みで浴室という無防備な状況でも安心して使える。狭い空間での利用を想定するため誤検知の可能性が低く、シャワー音や湯面のゆらぎの影響も受けにくいという。
スタートアップのシザナック(大津市)と手のひらサイズに小型化した超音波センサーを共同開発した。これを使って浴室内の事故防止の実証実験に取り組む。研究を推進する東京大学の伊福部達名誉教授は「2~3年以内をめどに実用化したい」と意気込む。すでに大手設備機械メーカーや医療機関などから引き合いがあるという。
厚生労働省によると、2020年に浴槽内で溺死した高齢者は4724人と交通事故による死者数の約2倍だ。特に一人暮らしの高齢者は発見が遅れやすい。浴室や寝室などプライベートな空間こそ、さりげなく高齢者を見守る技術が重要性を増しそうだ。