52歳弟の「孤独死」が兄に作り上げさせた仕組み その先に起こりうる悲劇を防ぐために

2019年04月21日東洋経済

 
特殊清掃、略して“特掃"――。遺体発見が遅れたせいで腐敗が進んでダメージを受けた部屋や、殺人事件や死亡事故、あるいは自殺などが発生した凄惨な現場の原状回復を手がける業務全般のことをいう。そして、この特殊清掃のほとんどを占めるのは孤独死だ。

拙著『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』では数々の孤独死事例を取材しているが、孤独死の8割を占めているセルフネグレクト(自己放任)は、個人の問題で片付けられない社会的な課題が背景にあることを明らかにしている。

突然の解雇や不安定雇用などによる失職、あるいは職場などにおける人間関係のトラブル、肉親の死別、病気や借金、またはそれに伴う離婚などによって、社会からこぼれ落ちてしまう人たちだ。

新聞配達員が見た孤独死

とくに現役世代は、見守りの対象として可視化されている高齢者などと異なり、福祉のセーフティーネットにかからないことが多く、深刻な社会的孤立を引き起こしている。引きこもりやごみ屋敷、そして最悪の場合、独りで亡くなり、何週間も何カ月も放置されることが起こってしまう。

孤独死の第一発見者として多いのが新聞配達員だ。

神奈川県でかつて新聞販売店の店長を務めていた男性はこう語る。

「これまでにもう、何十件も孤独死の現場に立ち会っているのですが、ほとんどがセルフネグレクトなんです。新聞の集金をしていると、無気力で、こたつの中から動かない人も結構いるんです。完全に引きこもって、セルフネグレクトに陥っている。だから、仕方なく部屋に上がり込んで、財布を開けて集金することもあるんですよ」

新聞配達員は、孤独死現場と頻繁に遭遇する。それは、新聞がポストにたまるなどして、異変をいち早く察知するのが新聞配達員だからだ。先の男性によるとその行く先は、孤独死なのだという。男性は、勤務していた5~6年の間に15件以上の孤独死に遭遇した。

「いちばんひどかったのは、電気がつけっぱなしのこたつで亡くなっていた60代の男性ですね。死後2週間が経過していたみたいです。部屋からは出なくて、引きこもった生活をされていたんですが、集金に行ったら返事がなくて、すぐに警察に通報しました。

警察の現場検証に立ち会ったのですが、警察官が腰を抜かしていました」

男性は、孤独死現場には慣れ切っているようで、私にそう語ってくれた。

夏場などは、数日で腐敗し蛆が湧くこともあり、なるだけ早く見つけたいという思いから、第一発見者になることを意識して配達するようにはなったが、孤独死を早期に発見することの難しさを実感したという。

特殊清掃人も孤独死予備軍

新聞配達は、毎日戸別訪問することから、孤独死発見のライフラインといえる面があるが、現在では新聞を取らない世帯が多くなっている。なかでも現役世代が社会的孤立に陥ると、地域社会との接点が希薄な場合は、民間の宅配サービスなどを利用していないと、直接の安否確認の機会はないだろう。

特殊清掃業者、トータルライフサービスの高橋大輔さんはこう語る。

「現役世代で孤独死する人の家では、市販の薬や整形外科で処方された鎮痛消炎剤、それとマジックハンド(つかみ棒)が見つかる割合が高いんです。抗がん剤や抗うつ剤などの治療薬が大量に出てくることも少なくありませんが、それは治療を受ける姿勢があり、まだいいほうです。

孤独死した人は、何らかの病気を患っているケースが多いですが、現役世代で独身の方は、積極的に治療を受ける人は少ない印象です。マジックハンドは、モノが散乱した部屋のため、身体が痛くて動けないから買ったんだと思うんです。布団の周りを、リモコンやペットボトルで固めている人もいます。

いくつもの現場をこなしていると、社会から孤立して、その結果、孤独死した人と自分の違いって、実はあまりないように思えてきます。僕自身、独身で友達も多いわけじゃない。というか、友達はいません。つまり特掃業者である僕自身ですら、同業者のお世話にならないとも限らない。30代で働き盛りの僕にとっても、孤独死は決して他人事じゃないと思っています」

特殊清掃人の高橋さんは、真剣な表情でそう締めくくった。

現役世代であっても社会との接点を失い、力尽きて、誰にも助けを求められずに、息絶えてしまう。そこには、社会生活などから離れた途端、それまでの人間関係などが失われ、誰にも頼ることができない現役世代の姿が浮き彫りとなる。

それは、筆者自身も取材を重ねる中で自分の問題として痛切に感じるようになった。人生での挫折やつまずきは、誰の身にも起こりうることだからだ。

現役世代に向けて、孤独死を防止できないかという動きもある。

さまざまな対策の中でも現役世代の孤独死に着目し、単身者向けに新たなLINEの見守りサービスを行っているのが、特定非営利活動法人エンリッチだ。

同NPOの代表理事である紺野功氏は、弟が52歳という若さで孤独死した。自宅でシステムエンジニアを生業にしていた弟は、内向的な性格で独身の独り暮らしだった。

「弟は、仕事人間で、アル中で部屋も荒れていて、不摂生で完全にセルフネグレクトでした。弟がお酒を飲むのをおふくろと私はずっと心配していました。ただ、正月に会ったときには、なんかやせたなという印象はありました。亡くなる2日前に弟の携帯にも電話をしているんです。元気か、と。今思えば酔っぱらっていたのか、ろれつが回っていませんでした」

すでに事切れた弟の部屋を訪ねると…

仕事の取引先の社員が、電話がつながらないことを心配して、家を訪ねていくと、すでに事切れた弟の姿があったという。

警察の検視解剖の結果、死因は低体温症だということだった。

「弟の死因は低体温症だと聞いて、驚きました。2月とはいえ、数日は意識のない状態で生存していたんじゃないかな、と警察官が言ってました。もう少し早く私が部屋を見に行っていれば、助かったかもしれないんです。弟の遺体はとても見られる状態ではなくて、生前の姿とはまったく違っていて、老人そのもので、ショックでした」

紺野氏は、弟の部屋を訪ねて、驚いた。冷蔵庫の中には、数カ月前の食べ物がそのまま放置されてあり、いわゆるモノ屋敷で、不摂生な生活を送っていたのは明らかだった。そして、パソコンが38台、モニターが20台以上、ほこりを被っていた。その片隅には何千冊ものパソコン雑誌が山積みになっている。寝るスペース以外のすべてが、パソコン関連のモノで埋め尽くされていた。

確かに、仕事で使用するものもあったが、こんな環境で生活していたら体を悪くするのも当然だと感じたという。

「現在の見守りサービスは、高齢者向けのものが圧倒的に多い。でも、弟の孤独死によって感じたのは、弟みたいな40代、50代の現役世代にも必要なんじゃないかと思ったんです。孤独死を完全に防ぐことはできないと思うんですが、なんかあったときに、悲惨な状態になることを防ぐことはできるだろうと思っています」

紺野氏は、現役世代に向けて、無料で運用できる安否確認システムを開発した。

弟の死がきっかけでシステムを開発することに

「弟の死がきっかけで、孤独死をネットで調べるようになったんです。システム関係の知識があったので、他人事じゃないというのを実感した。ちょうど仕事をやめた直後で、これからの人生どうしようと思っていたときに、残りの人生を世の中のためになることをやらなきゃいけないという思いが強くなったんです」

紺野氏が開発したシステムでは、LINEに友達追加して登録するだけで、2日に1度、設定された時間に安否確認のメッセージが届く。OKをタップすれば、安否確認が済み、応答がなければ24時間後、さらにその3時間後に再度安否確認のメッセージが届く。それでも応答がない場合は、NPOの職員が直接本人の携帯に電話するという仕組みだ。

本人の安否確認が取れなければ、最初に登録した家族や友人などの近親者にNPOのスタッフが直接電話する。このサービスはスマホを持っていれば、誰でも無料で使用できる。生死に関わることなので、営利目的にはしたくないという思いがあり、現在は無料で運用しているのだという。

ただし、企業や個人から寄付は、受け付けているという。

孤独死から見えてくるさまざまな社会の問題は、解決するには困難なものばかりだが、逆にそこから個人でできること、少しでも物事を変える方法にたどり着くこともできる。紺野氏の活動はまさにそうだ。一人ひとりが問題意識を持つことで、社会的孤立をめぐる状況は改善していくだろう。