孤独死、身元不明、高額財産…相続財産管理人の現場 

2019年02月17日毎日新聞

  
 身寄りのない人が亡くなり、財産は残ったが、法定相続人(配偶者や子、両親や兄弟)はおらず、遺言もない――。家庭裁判所から“宙に浮いた財産”の管理や清算を委ねられる「相続財産管理人」の選任件数が増えている。最高裁の統計によると、2017年の選任数は初めて2万人を突破した。担うのは大半が弁護士や司法書士だ。誰にもみとられずに亡くなった人、身元すら分からない人の遺産を整理する相続財産管理人の仕事から、超高齢化と孤立化する日本社会の今が見えてきた。
身寄りのない人の最期

 東京都内の一軒家に入ると、空になった弁当箱、ビニール袋、衣類、新聞が山積みだった。相続財産管理人となった山本英司弁護士(東京弁護士会)は数年前、亡くなった高齢男性の自宅の玄関で立ちすくんだ。近所からは苦情も出ていたという男性宅。ごみをかき分けて屋内に入り、男性の生前を思った。「誰かを頼れなかったのか」

 男性は1人暮らし。結婚歴はあったが、離婚したようだった。残されたのは一軒家と約1億円もの預貯金。相続財産管理人は相続する親族がいるかどうかを官報で告知して捜すが、男性の相続人は結局現れなかった。ごみを片付けて自宅を売却し、管理人としての任務を終えた。山本弁護士は「本人はいざという時のために財産を蓄えていたのだろうが、生前に何らかの形で役立てられなかったのだろうかと考えてしまう」と振り返る。

 相続財産管理人の仕事はあくまで財産の管理や処分だ。しかし、故人に身寄りがないことから、監督する家裁と相談しながら、墓じまいにまで関わることも少なくない。

 都内で亡くなった95歳の独居女性の自宅には、先に亡くなった姉と妹の骨つぼが置かれてあった。このケースを担当した相続財産管理人(弁護士)は、自宅の様子から3姉妹が長年にわたって一緒に仲良く暮らしていたとの印象を受けたという。亡父の墓が北関東にあることが分かり、三つの骨つぼを亡父の墓がある寺に納めた。弁護士は「結果として、身寄りのない3姉妹の納骨に関わることになった。印象深い事案だった」と語る。お骨の管理費は、女性の遺産から支払われた。

 「一人じゃかわいそうだから、家族の元に帰らせてあげたい」。小代(おじろ)順治弁護士(第一東京弁護士会)は一人で亡くなった高齢女性の知人から懇願された。女性の故郷は北海道。小代弁護士は女性の骨つぼを大きなバッグに入れ、飛行機で運んだ。菩提(ぼだい)寺を訪ね、両親の遺骨と合わせて永代供養堂に納めたという。住職と一緒に手を合わせて、祈った。「ご苦労様でした。安らかに」

「行旅死亡人」が残した財産

 2009年7月。身元不明で遺体の引き取り手がない一人の「行旅死亡人」が官報に掲載された。「本籍・氏名不詳(自称 徳田恵三=仮名=)、年齢60歳代位の男性」との情報に加え、身長や体重、腹部に手術痕があることなども記された。

 「徳田さん」が亡くなったのは茨城県内の知人宅。「徳田さん」の本名や生まれ故郷などの素性は結局分からず、自治体が遺体を火葬。約2000万円の現金が残された。知人は特別縁故者としての財産分与を求めず、ほぼ全額が国庫に納められた。相続財産管理人を務めた井出晃哉弁護士(茨城県弁護士会)は振り返る。「通帳やキャッシュカード、免許証はない代わりに、たくさんの印鑑が残されていた。『徳田さん』はどこの誰だったのか。今も不思議に感じている」。「徳田さん」は知人宅近くの共同墓地に葬られている。

「人知れず、過去を消したかったのだろうか。松本清張の『砂の器』のようだった」。都内のある弁護士は、大阪府内の一軒家で亡くなった女性の「行旅死亡人」を担当した。戸籍はなく、自治体も警察も身元を確認できなかった。年齢は70~80代。約700万円が残され、自治体の火葬費などを除き、約660万円が国庫に納められた。

引き継がれる遺産

 戦前の1930年代、現在のJR中央線三鷹駅近くに当時としてはモダンな民家が建てられた。家の主は建築家の山越邦彦氏(1900~80年)。環境工学や建築設備に造詣が深く、戦後には環境問題についても積極的な発言をした人物として知られる。その娘が2004年に亡くなり、法定相続人がいなかった。

 主な遺産は不動産だった。ただ、居宅は山越氏が自前の床暖房装置を取り付けるなど改造が著しいうえ、火災に遭ったこともあるため、やむを得ず解体されることになった。ここで、山越氏に強い関心を寄せていた梅宮弘光・神戸大大学院教授(近代建築史)は山越氏にまつわる資料の散逸を避けたいと考えた。周囲の了解を得たうえで、遺品や自筆原稿などを引き取り、居宅の解体の際も記録保存した。こうした研究活動の費用として、山越氏の娘の遺産の一部を充てることを家裁が許可した。

 相続財産管理人を務めた古川健太郎弁護士(第二東京弁護士会)は「山越氏の業績が評価されるなら有意義だと思って裁判所に持ちかけた」と話す。梅宮教授は「古川弁護士や周囲の協力で貴重な遺品が残った。研究成果は、今後、関心を持ってくれた人や若い研究者に生かしてもらい、新たな知見が生まれることを願っている」と語る。

 貴重な財産が残される例は、不動産だけではない。都内の画廊主の子息が亡くなった後に残されたのは、ピカソ、シャガールなど著名画家の作品の数々だった。このケースで相続財産管理人となった名古屋聡介弁護士(第二東京弁護士会)は美術館と交渉し、高額で買い取ってもらったという。「もし絵画が海外に渡ったら、もったいないという思いもあった。相続財産管理人はある意味、裁判所のエージェント(代理人)。公のために貢献できたらという意識も持って取り組んでいる」。熱っぽく語った。

相続人が見つかった

 受け取るべき人に財産が渡った珍しいケースもある。関東地方の83歳の女性が財産を残して亡くなり、野呂芳子弁護士(神奈川県弁護士会)が相続財産管理人に選任された。戸籍上、女性には法定相続人がいなかったが、しばらくして女性の死を知った8歳年下の妹が名乗り出た。妹は生まれてすぐ、別の家に預けられていたのだという。

 本当に姉妹かどうか確認する必要がある。家に残っていた女性の毛髪を採取し、DNA型鑑定をしたところ、高い確率で姉妹関係にあることが分かった。妹が所持していた女性と一緒の古い写真などもあり、遺産は妹に引き取られた。妹は「実家の墓を守るための費用にしたい」と語ったという。

最後の「ご縁」と思って

 生前を知らない故人と関わりを持つことになる相続財産管理人。同じく家裁が選任し認知症になった高齢者などを支援する「成年後見人」と比べ、世間の認知度は高いとは言えない。

 相続財産管理人を多く経験している工藤英知弁護士(第二東京弁護士会)は「故人の資産や負債を調査するために親族などに連絡したり、相続人と思われる方に相続財産があることを連絡したりしても、お金や財産に絡む話だと『振り込め詐欺じゃないか』と怪しまれて、無視されることもある」と実情を語る。林信行弁護士(第二東京弁護士会)は「弁護士ですら、相続財産管理人の実務を十分に知らない人は少なくない。法律上の条文が少なく、手続きが裁量で進められる部分も大きいだけに、弁護士会や弁護士同士で情報や問題点を共有するなどし、受任する側のスキルアップをさらに図っていく必要があるだろう」と提唱する。

 私たちが取材した弁護士や司法書士は一度も会ったことのない故人を大切に思いながら、財産の管理、処分を進めていた。

 多くの選任経験がある億智栄弁護士(大阪弁護士会)は「家族のアルバムなどが残されていると、切ない気持ちにもなる。生前の付き合いはないけれど、故人の人生を想像しながら、最後のご縁という気持ちでやっている」。司法書士の井上広子さん(熊本県司法書士会)は心の中で故人に語りかけながら業務を進める。「『手続きはここまで終わりましたよ』とか『これで全て完了しましたよ』とか。相続財産管理人の仕事は、故人や故人の関係者の役に立てる実感があり、やりがいがあります」

 相続財産管理人の業務は報告書を家裁に提出し、終わる。長い場合には数年かかる、故人との「ご縁」。遺骨を北海道にまで運んだ経験のある小代弁護士は、生前関わりがあった人たちの話をまとめ、故人の人生も報告書に盛り込むようにしている。どんな家族がいて、何の仕事をしていたのかや、亡くなった経緯などだ。「長々とは書けないが、生きた証しを残したいんです」と語る。

 相続財産管理人 法定相続人の有無が明らかでない場合に、家裁が自治体や債権者、遠縁の親族などの申し立てを受けて選任する。財産の債権者や法定相続人がいないかを捜したうえで、債権者への返済、法定相続人以外に故人との関わりが強かったとみなされる「特別縁故者」への分与などを進め、最終的に残った財産を国庫に引き継ぐ。財産の中から、家裁の判断で報酬が与えられる。法定相続人全員が相続を放棄した場合でも、財産があれば選任される。2017年の選任数は2万1130人で、08年の1.7倍となった。国庫への入金額は17年度で約520億円となり、12年度の1.4倍に膨らんでいる。