スマートウエアが介護人材不足を救う
2025年の見守りサービス:ICTで生体情報を把握

2016年2月03日日経テクノロジーonline

 着るだけで心拍などの生体情報を計測できる「スマートウエア」の開発が加速している。スマートフォンなど通信機器と組み合わせることで、高齢者の身体状態 を把握する「見守りサービス」への活用が期待される。

 医療・健康、食品・農業分野の80テーマに関する今後10年の技術動向を見通した「テクノロジー・ロードマップ 2016-2025 <医療・健康・食農編>」 で、「見守り」の未来動向を執筆した奈良県立医科大学 産学官連携推進センター 研究教授の梅田智広氏の予測によると、ICT(情報通信技術)を活用した「見守りサービス」の世界市場規模は「2015年の5300億円から2020年に 7000億円、2025年には8900億円に拡大する」という。

深刻さが増す介護問題

 高齢者人口の増加とともに介護問題の深刻さが増している。厚生労働省によると、2010年に国内の要介護認定者数は500万人を超え、75歳以上の人の 3人に1人は「要介護」となった。一方で、それをサポートする介護人材が不足しており、団塊の世代が75歳を上回る2025年には介護職員の不足が37万 7000人に上ると推計している。

 そこで期待されるのが、ICTを活用した「見守りサービス」である。介護を必要とする高齢者の身体状態をセンサーで把握し、安否を確認したり、緊急時に通報し駆けつけたりする機能を持たせることで、介護業務の負担を減らし、介護人材の不足を補える可能性があるからだ。

 さらに、病院よりも自宅で「看取られたい」と希望する人が増加しており、厚労省も自宅での看取りに診療報酬を加算するよう後押ししている。こうした看取 りまで含めた自宅での「見守りサービス」は今後、急速にニーズが高まるだろう。これに対応してICT企業を中心に今後参入が増えることが見込まれ、「競争 によって付加価値の高い特徴のあるサービスが投入される」(奈良県立医科大学 産学官連携推進センター 研究教授の梅田智広氏)との見方が強い。

高齢者に受け入れられるには

 ただ、実際には、既存の高齢者向け「見守りサービス」の契約者数は伸び悩んでいるという。原因としてサービスの認知度の低さもあるが、よく指摘される点 として、体にセンサーを直接貼り付けたり、いかにも監視するようなカメラを置いたりするなど、高齢者に心理的な負担をかけるものがまだ多いという現状があ る。

 特にICTを活用したサービスは技術を前面に押し出してしまいがちとなり、「新しいシステム、ハイテク機器に関心を示さない、受け入れない高齢者が多 い」(梅田氏)という。「見守りサービス」の普及には、高齢者が普段の生活の中で意識せずに使えるようなサービスをつくり込む必要がある。 

着るだけで生体情報を計測

 その一つの解決策として注目されるのが、衣服に導電性やセンシング機能を持たせて、着るだけで生体情報を計測できるようにする「スマートウエア」である。

 スマートウエアには大きく二つのタイプがある。一つは通常の衣服にフィルム状の導電性素材を後から張り付けたもの、もう一つは衣服に織り込む繊維自体に 導電性を持たせたものである。着心地や洗濯の繰り返しに対する耐久性などの面では、後者の方が有利とされ、日本国内の繊維メーカーが競って開発を進めてい る。

 導電性繊維を使ったスマートウエアの発表で先陣を切ったのが、東レである。NTTとの共同開発により、ナノファイバーに高導電性樹脂をコーティングした 繊維素材「hitoe」を2014年1月に公表した。2015年8月には、東レ、日本航空、NTTコミュニケーションズが共同で、この素材を採用したウエ アを用いて、空港の屋外作業者の体調を管理する安全管理システムの実証実験を開始している。

 グンゼは、肌着などに用いるニット素材に導電性を持たせた。ニット糸にAgめっきをしたタイプと、エナメルCu線と複合化したタイプの2種類を開発した。ニット素材のため柔軟性があり、伸縮を繰り返しても導電性の変化が少ない。「伸縮試験で既に1万回をクリアしている」(同社)という。このニット素材を採用したウエアを使い、着た人の姿勢改善や肩こり予防のサービスを提供するシステムを、NECと共同で開発中である。 

 「ナイロン」などの合繊繊維にAgをコーティングし導電性を持たせたのがミツフジだ。もともとAgの抗菌・防臭効果を生かした靴下などに用いる繊維素材 として事業化しており、その技術を生体情報の計測用に応用した。繊維のAgコーティングでは長年蓄積した加工技術があるため、製品ごとの導電率のバラつき が少ないという。

「パジャマ」でも大丈夫

 この技術力が評価され、仏BioSerenity社と共同で、帽子とシャツを組み合わせたシステムを開発した。2016年1月には欧州で医療機器の承認を獲得した。欧州では生体情報を基にてんかん発作を事前に検知しアラートを出すといった用途に使われるという。 

 さらに、ミツフジは様々な太さの導電性繊維を品ぞろえしており、ウエアにする時のデザインの自由度が高い。一般に「スマートウエ ア」は一定の導電性能を維持するため、体との密着度の高いウエアに仕立てなければならないことからスポーツ用が多く、高齢者に向けた展開はそこが難点だっ た。これに対し、同社の導電性繊維を使うと、「パジャマのようなデザインでも生体情報の波形がきちんと取れるものができる」(同社社長の三寺歩氏)と言 う。