災害避難に『近所の力』 高齢者情報を提供

2006年11月22日 東京新聞

 災害が起きたとき、自力で避難するのが難しい高齢者の所在をあらかじめ地域で把握しておいてもらおうと、東京都渋谷区は21日、福祉担当の部署が持つ個人情報を本人の同意なしに町会などに提供できるよう関係条例を改正する、と発表した。改正案を28日開会の定例区議会に提出する。高齢者らがいることを近隣住民らが知ることで、「孤独死」対策に役立てる狙いもある。

 災害時の外部への個人情報の提供については、政府が今春、ガイドラインを改正。高齢者らの住所や障害の程度を本人の同意なしに自主防災組織などと共有できることを盛り込んだが、区によると、実際に条例をつくるのは全国で初めて。

 区によると、町会などに提供されるのは、区内に約2800棟ある、震度6以上の地震で倒壊する恐れのある建物に住む高齢者や障害者の情報。福祉、介護保険担当両課の情報を参照して名簿を作成。消防団や消防署、警察署、民生委員にも同様に提供する。

 桑原敏武区長は「“向こう三軒両隣”で助け合い、地域の結び付きを高めることが住民の安心につながる」と述べた。

 区は1993年に「災害時要援護者登録制度」を発足させ、震災などが起きたときに、救出を希望する高齢者や障害者らを募集。町会などの自主防災組織に優先的な支援を要請している。

 現在約1300人の登録者がいるが、区内には65歳以上の人だけで3万6000人以上おり「潜在的な対象はもっと多い」(区防災課)という。

 桑原区長は「住民同士で顔見知りとなれるような施策が必要だ」とも指摘。町会がすべての高齢者らの情報を把握して「孤独死」などを防げるよう、別の条例の策定を検討する意向も示した。

 高齢者ら災害時の「要援護者」をめぐっては、神戸市も災害が予想される一部地域の自治会にリストの作成を依頼することを決めている。


近所付き合い『なし』24%

 内閣府が21日発表した65歳以上の高齢者の生活実態に関する意識調査によると、一人暮らしの男性のうち「近所付き合いがない」とした人は24.3%で、一人暮らしの女性(7.1%)や、夫婦のみの世帯(4.4%)を大きく上回っていることが分かった。

 また「心配事の相談相手がいない」と答えた人も一人暮らし男性が16.9%と最も多かった。

 一人暮らし女性と夫婦のみ世帯は、それぞれ4.1%と2.4%で、高齢者の「孤独死」が問題となる中、独居男性が特に孤立している実態が浮かび上がった。

 調査は今年1月、全国の65歳以上の高齢者がいる世帯を「一人暮らし世帯」と「夫婦のみ世帯」、家族構成を問わない「一般世帯」に分け、それぞれ1500人を対象に実施した。有効回答は61.2%。

 日常生活での心配事については、いずれの世帯でも「心配がある」と「多少心配がある」の合計が過半数に達したが、一人暮らし世帯が63.0%で割合が最も高く、2002年の前回調査(41.2%)に比べ大幅に増えている。


<解説>情報拡散防ぎ運用慎重に

 渋谷区が改正条例案を提案する背景には、匿名性の強い都市社会で、地域のきずなが弱体化していることがある。
 区によると、1995年の阪神大震災では、警察や消防の到着前に、8-9割の人たちが、近所の人たちの手で救出された。しかし、それは「顔見知りの関係があったから」(区防災課)。どこに誰が住んでいるか分からなければ、人知れずがれきの下敷きになったままだったかもしれない。

 渋谷区は既に、高齢者らのリストを作成済みだが、希望しない人は対象から外れていた。それを「本人が望むのだから仕方がない」と放置せず、行政責任として安全網にすくい上げようとする試みには意義がある。

 ただ、中には要介護度や年齢などが近所に漏れることを嫌う人もいる。地域による「見守り」は「孤独死」を防ぐことにも役立つが、一つ間違えれば「監視」ととらえる人もいるだろう。

 改正条例案では、個人情報提供はあくまで「災害時要援護者対策」とされている。目的外に利用されて個人情報が拡散しないよう、条例の運用には慎重さが求められる。(社会部・浅田晃弘)