失禁体験が契機に…DFree社長中西さん 「世界トイレの日」に考える排泄予測技術とヘルスケアの未来

2025年11月19日YAHOO!ニュース


3人に1人がトイレを使えない現実――。

11月19日は「世界トイレの日」。世界では今なお、安全で清潔なトイレを使えない人々が10億人とも20億人ともといわれる。一方、日本も高齢化の進展などにより、排尿のトラブルが新たな社会課題として注目されている。排泄のタイミングを予測するデバイス「DFree」は、そうした課題に真正面から挑む。トイレの悩みから解き放たれた世界へ――排泄の常識を変える挑戦が、今まさに動き出している。デバイスを手掛けるディフリー創業者の中西敦士さんに話を聞いた。

オムツの要らない世界を

ディフリー(旧トリプル・ダブリュー・ジャパン)は、適切な排尿の諸条件の一つ、「尿意」という生理現象の知覚を助けるウエアラブル機器「DFree」を開発、販売している。商品名は「D=Diaper(おむつ)からFree(解放する)」にちなんだ、先進的な排泄予測デバイスだ。

DFreeは2015年の創業以来、超音波センサーを用いた排泄予測デバイスを開発・提供してきた。下腹部にセンサーを貼り付け、超音波で膀胱の膨らみを検知し、排尿のタイミングを予測するウエアラブル機器だ。初期モデルから改良を重ね、2025年5月にリリースした第5世代の最新型デバイスは、粘着力の高いゲルパッドで簡単に装着できる仕様に進化した。肌への接触面が改良されて装着の利便性が大幅に向上した。

超高齢社会の日本で、介護現場の負担を軽減するツールとして支持を集めてきた、自立支援型のIoTデバイスのDFree。中西さんは「介護から、障害、そして世界へ。排泄の課題をテクノロジーで解決していきたい」と意気込み、いま新たなフェーズへと舵を切っている。

発達障害児向けトイレトレーニング市場への参入

DFreeは、介護保険の認定を受け、高齢者向けの在宅介護市場で実績を積み重ねてきた。これまでに蓄積した排泄データは100万回以上に及び、このビッグデータが同社の技術的優位性を支えている。

創業期の主な用途は高齢者介護であった。特に在宅介護においては、介護保険適用製品としての認定を受けたことが普及の追い風となった。

近年は、介護施設向けの「DFree Professional」のほか、個人向けの需要も高まっている。同社が特に注目しているのは「障害児支援」の領域である。発達障害や知的障害のある子どもは、排泄コントロールの習得に時間がかかるケースが多い。トイレトレーニングが小学校入学まで長引くこともあり、家庭にとって大きな負担となっている。小学校入学前までにおむつが外れないと普通学級への入学が難しくなるという切実な課題が存在する。

従来のトレーニングは、時間を決めてトイレに連れて行き、数分座らせるという方法が主流で、子どもにも親にも大きな負担となってきた。しかしDFreeを使用することで、膀胱の溜まり具合を可視的に把握できるため、子どもが納得してトイレに行く行動変容を促すことにつながると期待される。「客観的データがあることで、親も子も無理なく進められる。ストレスを減らす効果は大きい」と中西さんは語る。

昨年本格的に参入したこの分野は、育児関連の見本市への出展をきっかけに反響を呼び、急速に需要が拡大している。

また、自治体レベルでは、「日常生活用具給付事業」の対象品目として認定され、
東京都港区や板橋区、埼玉県行田市、山口県下関市、北海道池田町で採用され、導入自治体は順次増加中だ。対象の利用者は、購入費用の大半が補助される仕組みとなっている。

医療機器認証取得と病院市場への展開

さらに医療分野への進出も今後本格化させる。2026年4月をめどに医療機器認証を取得し、病院や認知症ケア領域での活用を広げる計画だ。転倒・転落事故の40%が排泄のためにトイレに行こうとして発生しているとのデータがあり、排泄のタイミングと睡眠のリズムを把握して先回りでケアすることへのニーズが高まっている。

パラマウントベッドなど大手企業との連携を進め、見守りセンサーとDFreeを組み合わせることで、施設全体のオペレーションDXを推進している。

このほか、三菱総合研究所が手掛ける介護ロボットの生産性検証にも参加し、夜間の巡回を削減できる可能性を探る。

グローバル展開への意気込み

近年は海外展開にも視野を広げ、特に米国市場を有望視している。米国では発達障害児の数が数百万人に上ると推定され、日本の10倍の規模とみられる。

そうした中、中西さんは米国市場への参入に自信をのぞかせる。米国のサンフランシスコにある世界有数の大学病院で、多発性硬化症患者を対象に11種類の排尿管理機器の比較試験が行われた。その結果、DFreeが「利便性と有効性の両面で最高評価」を獲得し、学術論文として発表された。

今年1月には、毎年ラスベガスで開かれる世界最大規模のテクノロジーの見本市CESに出展し、手ごたえを得た。中西さんはジョンソン・エンド・ジョンソンなど大手ヘルスケア企業から協業の打診を受けたと明かし、「来春からアメリカ市場を本格的に攻めたい」と意欲を見せる。

また、来年4月に高齢者らの介護保険制度が拡充される台湾からも強い引き合いがあるといい、アジア市場の開拓にも余念がない。

90歳まで現役社長

中長期的な展望として、中西さんは「全てのヘルスケアサービスの起点」となることを目指している。尿意の検知に加え、現在開発中の大便予測機能は、腸の動きを可視化することで理想的な排便ケアを目指す。これが実現すれば、排便ケアだけでなく、認知症の早期発見にもつながり得る。腸の動きを継続的にモニタリングできる技術は世界的にも希少であり、新たな医療データとしての価値は大きい。

さらには、培ってきたウエアラブル技術を活かし、心臓、肺、胃など様々な臓器のモニタリングへと展開する構想も掲げる。これらのセンサーから得られる生体データを蓄積し、AIを活用して中長期的な健康予測を行うプラットフォームを構築したいと考えている。生体データの予測を起点とした包括的なヘルスケアインフラの実現を目指している。

将来的には、装着不要の非接触型センシング技術の研究開発も視野に、より利便性の高いデバイスへの進化の青写真も描く。「90歳まで社長を続ける」と意気込み、自ら長寿社会の新たなモデルになろうとしている中西さん。人の健康を生涯にわたって支えるという高邁なビジョンを掲げ、排泄という最も人間的な営みにテクノロジーで寄り添う――壮大な挑戦を続ける壮年の経営者の志は高く、尊い。

中西敦士(なかにし・あつし)
1983年生まれ。慶應義塾大学卒業後、新規事業の立ち上げ支援のコンサルティング会社に就職。フィリピンでの青年海外協力隊の経験を経て、2013年に米国・カリフォルニア大学バークレー校へ留学。2014年に米国でTripleWを創業、2015年トリプル・ダブリュー・ジャパン(現ディフリー)を設立。同社代表取締役社長。兵庫県明石市出身。