「起業は合理的な人ほど諦める」チカクを創業した梶原健司さんが語る“プロダクトづくりの真髄”とは?【知られざる起業の世界】

2025年06月02日BuzzFeed


Apple Japanでの12年間のサラリーマン生活を経て、2014年にチカクを創業した梶原健司さん。エイジテックを活用した高齢者と離れて暮らす家族の課題解決に挑んできたこれまでの歩みや経緯をうかがいました。

新卒でApple Japan(東京都港区)に入社。12年間のサラリーマン生活を経て、2014年にチカク(東京都渋谷区)を創業した梶原健司さん。いかにしてエイジテック(高齢者向けテクノロジー)を活用して、高齢者と離れて暮らす家族の課題解決に挑んできたのか、これまでの歩みや経緯をうかがいました。

梶原健司さんが経営するチカクは、テレビを活用したエイジテックのサービスを2つ展開しています。1つは、子どものスマートフォンから親のテレビに孫の動画や写真を送れる「まごチャンネル」。月額1628円のサブスクリプションのサービスで、送られてきた写真を月8枚まで無料でプリントすることもできます。

もう1つは高齢者が自宅のテレビを通じて子どもや孫とビデオ会話ができる「ちかく」。2024年5月からスタートした同サービスは、「子どもや孫の顔を見て話したい」「親の安否確認をしたい」というユーザーの声を叶えたものです。

いずれのサービスも自宅のテレビを活用しているので、ITが苦手な高齢者でも簡単に操作ができることが特長です。また、本体機器にSIMが内蔵されており、Wi-Fiの設定も不要です。

【起業の経緯】情熱を傾けられることを模索する3年間

ーー梶原さんはApple Japan退職から起業まで、3年間の空白があります。この期間は何をされていたのでしょうか?

「絶対に起業しよう!」という考えで退職したわけではなかったのですが、起業は選択肢の中にありました。外国語学部を卒業したせいか、海外に住んでいる友人が多かったので、海外と日本を近く結びつけるようなサービスができないか、とは考えていました。

ただし、この方向はしばし模索しましたが、具体的なアイデアが全然思い浮かびませんでした。Apple Japan退社直後は、起業するのなら「イノベーティブでクールな事業でないと」という気負いが強くありました。しかし、周囲の人と話していく中で、そういうことには自分が向いていないことや周りの目を必要以上に気にしていたことに気付かされました(笑)。

では「本当に自分がやりたいことはなんだろう?」と考えた末に浮かんできたのが、両親に孫の動画や写真を見せる「まごチャンネル」でした。僕は実家が淡路島なので、なかなか自分の子どもを親に会わせることができません。これを解決したいと思っても、スマホやタブレットは親世代には僕らほど身近ではないし、自然に「会っている」感じは味わえない。

そこで、パソコンから送った動画をテレビで見られるようにしたところ、非常に喜んでもらえました。他の人にも価値があることなら、これをちょっと頑張ってみよう、と。Facebook経由で協力してくれる人を募集し、全国15世帯ほどのご実家で試してみました。

訪問先のご実家に構想を伝えると「いいんじゃない」程度の反応でした。でも、子ども側の友人から密かに預かった本当の孫の動画をサプライズで親側のテレビに流したところ、「え!これいくら?」「いつから販売するの?」と、どこでも非常に反応がよかった(笑)。それが2013年頃のことで自分にとっては大きなターニング・ポイントでした。

【最大の苦境】フルコミットする仲間との出会い

ーー実際に起業するまでには、なにか困難がありましたか?

起業自体は補助金を申請するために取り急ぎ法人化をしたので、ひとりであっさり、でした。ただし、当時、知人が週末にボランティアしてくれるのに頼っている状態だったので、プロダクト作りがなかなか進まなくて。

2015年の年始にシリコンバレーで起業家をしているメンターの方にこれまでの経緯を話したところ、やはり「自分と同じくらいフルコミットしてくれる仲間を探す必要がある」と言われました。「プロダクトに興味を示すだけではなく、プロダクトが実現する世界観に、同じ熱量で共感する人を探すべきだ」ともアドバイスをしてくれました。

触覚、VRの研究者でした。以前にネット上でバズって気になっていたVRの研究があったのですが、佐藤はその研究室に所属していて、2014年末に博士学位を取得したところでした。僕が出会った2015年の初頭、彼はちょうど行き先を模索しているタイミングで、意気投合してハードウェア開発の責任者として、一緒にやることになりました。

その2、3ヶ月後にソフトウェア責任者として桑田健太(共同創業者)が加わりました。桑田は転職活動中で、Wantedly経由で出会いました。彼も「離れているけれど、近くに感じることができる」という世界観に興味があり、ソフトウェアの開発もアプリケーションからOSに近いところまで幅広く経験していて、佐藤と3人で話して意気投合したことから、フルコミットしてくれることになりました。登記上の創業は2014年はですが、実質的な創業は共同創業者が揃った2015年と考えています。

ーーハードとソフト、両方の責任者が揃ってからのプロダクト作りは順調だったのでしょうか?

クラウドファンディングで応募を開始したのが、2015年9月。お申し込みを結構いただいていたこともあって、2016年6月には出荷しました。とはいえ、プロダクトとしてはハードもソフトウェアも改善すべき点がありました。そんなわけで最初は自社サイトとご縁があった伊勢丹新宿店に限って販売していました。

プロダクトとして安定したのが2018年頃で、それから販売チャネルに着手しました。しかし、「まごチャンネル」は端末代が1万9800円で、遠距離の実家に説明と設置に行く交通費を含めると、初期費用も時間的なコストもなかなかかかる製品です。気軽に試せるわけでもないので、口コミも働きづらい。

どうやって広げて行こうかと考えている時に、新型コロナ感染症が流行し、離れて暮らす高齢者の家族と会いづらい状況になりました。「オンライン化」といった言葉が新しい生活様式として広がる頃、弊社からメディアに働きかけていたことも功を奏して、テレビ番組などで紹介していただきました。おかげでサービスへの理解も深まり、購入のハードルが下がりました。

ーーコロナ禍で世の中にちょうど求められているプロダクトになったんですね。

はい、世の中のトレンドという追い風はやはり重要なんだ、と体感しました。その一方で、コロナ禍のような一時的なトレンドに甘えず、社会の大きな流れとしてのマクロトレンドを踏まえた上で、サービス展開を考えるべきだとも自戒しました。どれだけいいプロダクトを作ったとしても、知られなかったり、広がらなかったりしては意味がないという基本を再認識しました。

【今後の展望】介護の現場も家族の輪に加える

ーー2024年5月にはデジタル近居サービス「ちかく」をリリースされています。同サービスが生まれた経緯を教えてください。

「まごチャンネル」を利用いただいている高齢者ユーザーは100歳までいますが、おひとりで暮らしている方もすごく多いんです。「まごチャンネル」を見ていると、「今見てますよ」という通知がアプリに届くのですが、これが「高齢者の安否確認にもなるので、とてもありがたい」という声が子ども世代のユーザーさんから寄せられていました。

従来の見守り系サービスは、子ども側からの監視感を与えるものが多く、親側に心理的負担や抵抗感が生じて、なかなか設置ができない。だから、「『まごチャンネル』でついでに安否確認ができるのはありがたい」という声は、従来のサービスの課題を解決できるヒントになりました。

その一方で、「臨場感がある孫の映像を見ると、顔を見て話したくなる」という声も多く寄せられていました。それもあって、双方向で会話ができる機能というのは、いずれ実現したいと考えていました。最初は「まごチャンネル」に外付けのカメラをつけることを考えていたのですが、カメラだとやはり監視感がある。そこで、全く別のサービスとして作ることにしたんです。

市場調査もしたのですが、ひとり暮らしの高齢者世帯は約800万世帯ほどあり、今後も増加していく傾向にあります。ひとり暮らしの高齢者が不快に思わない状態で見守りながら、家族とつなぐことには非常に意味があるのではないかと考えています。

ーー「ちかく」はカメラがどこにあるのかわかりづらく、連絡があると窓が灯ります。「まごチャンネル」もやはりデザイン性が高く、多数の賞を受賞していますね。

「まごチャンネル」も新しい写真や動画が送られてくると、窓が灯りますね。端末は家の象徴で、明かりがつくのは孫が帰ってきたとか、家の暖かさとか、そんなイメージです。

「まごチャンネル」の時も70パターンくらいのデザイン案を作ってもらいましたが、住み慣れた我が家でよく見るテレビの横になんだかわからない四角い端末があるのは、気持ちが悪いと思うんです。デザインは洗練されると抽象化していくのが一般的ですが、むしろストーリー性を持たせて愛着を持ってもらおうと、あえて具象化していく方向で考え、家の形に辿り着きました。

「ちかく」の場合は、いかにカメラを目立たせなくするか、という点に腐心しました。高齢者側の承諾を得ると、カメラで人を検知して、生活リズムを把握することもできるのですが、カメラがわかりやすいと高齢者側に心理的な負担や抵抗感が生じます。それでこのようにカメラが隠れるドアになっているんです。

ーー今後の展望をお聞かせください。

これから進化していくA I(人工知能)が高齢者と会話をする機能などもいいな、と思っています。現実的にはそれ以前にお医者さんだったり、ケアマネージャーだったり、ひとり暮らしの高齢者の生活をサポートする人たちも輪に参加してもらえるような機能を実現したいと考えています。

ーー最後に経営者になりたい人へのアドバイスをお願い致します。

ひとつ目はスティーブ・ジョブズの受け売りになりますが、「本当に情熱を傾けられることを見つける」。これは非常に重要です。起業は本当に大変です。頑張った分だけリターンが必ず得られるわけではないので、合理的な人ほど諦める。だからこそ、本当に情熱があることではないと続けることに耐えられない、というのは僕自身も実感しました。

ふたつ目の「コンフォートゾーンを飛び出す」は、情熱を傾けるために何をすればいいのかの行動規範です。これは好きな作家さんのメールマガジンで読んだことなのですが、「今までやらなくて後悔したことをやる」と「面白そうと思ったことにすぐチャレンジする」と、コンフォートゾーンを飛び出さざるを得なくなります。
3つ目はやはりジョブズの言葉。起業は自分ひとりの力ではなし得ない大きなことを実現すること。だから、「自分と同じ方向に向える仲間を見つける」ことが大切です。いろいろな人と本当に関わりを持ち、優秀な人を引き込み、その力を借りるためには、そういうことに心が慣れる必要があります。(従業員を雇わず単独でビジネスを運営する)ソロプレナーを目指すのならばAIを極めるのも一手ですが(笑)。人と協力するのなら、それなりのマインドセットが重要だと思います。

梶原健司さんのプロフィール

1976年生まれ、兵庫県・淡路島出身。Apple Japanに新卒で入社。以後12年にわたって、ビジネスプランニング、新規事業立ち上げおよびiPodビジネスの責任者などを経て、独立。

2014年にチカクを創業。スマホで撮った子供の動画や写真を実家のテレビに手軽に送れるサービス「まごチャンネル」を展開。

2024年からは、家型の端末を高齢者の自宅テレビに接続することで、離れて暮らす親の在室状況をスマホのアプリから確認でき、そのまま手軽にテレビ電話で話すことができるサービス「ちかく」をスタート。