孤立死の4人に1人が働く現役世代の衝撃 「死に際に誰かしらそばにいたら…」高齢者より切実な声

2025年05月10日AERA


朝10時、手元のスマホのLINEにメッセージが届く。

「お元気ですか?」

 メッセージの下に表示された「OK」をタップする。

 東京都内で暮らす羽中田(はちゅうだ) 真弓さん(38)が利用しているのはNPO法人「エンリッチ」(東京都江戸川区)が無料で提供する「見守りサービス」。LINEで定期的に安否確認のメッセージを受け取り、「OK」をタップし無事を報告する。反応がなければ、利用者本人に直接電話が来たり、親族らに通知が届いたりする。孤独死をなくすためのサービスだ。

 羽中田さんは、高校卒業後からコンビニでアルバイトとして働く。現在の月収は手取りで約23万円。年上の彼もいて、特に生活に困っているわけではない。健康状態も良好だ。

 それなのに、ふとした瞬間、孤独死が頭をよぎる。

「想像すると、どうにもならない悲しい気持ちがこみ上げてきて、苦しくて、泣きそうになってしまいます」(羽中田さん)

明日はわが身

 心の居場所がない、いわゆる「機能不全家族」に育った。幼い頃に両親が離婚した。離婚後の母は荒れ、1日おきに飲みに行っていた。「どこにも行かないでね」と泣きながら引き留めると、母は「行かないよ」と答えるが、結局、羽中田さんを置いて出かけた。母親を捜して、夜の街をさまよった。孤独は日常の延長線上にあった。

 28歳で親元を離れ、一人暮らしを始めた。そんな時、同年代の男性が熱中症で孤独死した記事をネットで読んだ。

「明日はわが身かも」(同)

 孤独死すると、遺体が腐敗して部屋が汚れる、周囲に迷惑をかけるのは最小限にしたい。ネットで「見守りサービス」を見つけ、登録した。元気なうちに後見人を指定して契約を交わしておく「任意後見制度」についても勉強をした。

 けれど、どれだけ準備を整えても、孤独死の不安は拭えないという。

「死に際に、誰かしらそばにいて看取ってくれたら、とても幸せだろうと感じます。でも、私にはそういうことはないと思います」(同)

 孤立死の4人に1人が現役世代――。孤立死・孤独死といえば高齢者のイメージが強いが、働く世代にとっても切実な問題であることが、内閣府が公表したデータから浮き彫りになった。

 4月、内閣府の有識者会議は、「孤立死」に関する初の推計を発表した。自宅で誰にも看取られず亡くなり、死後8日以上経過して発見され、生前、社会的に孤立していたとみられる人を「孤立死」した人と位置づけた。

 発表によると、昨年1年間に孤立死した人は2万1856人。年齢別では65歳以上の高齢者が1万5630人で全体の約72%を占めた。ただ、一方で、生産年齢人口(15~64歳)の「現役世代」も全体の3割近くを占めた。年齢別では50代が最も多く2740人(約13%)、続いて、40代の755人(約3.5%)、30代は189人(約0.9%)、20代は99人(0.5%)などとなった。

「現役世代は独身で未婚、地域とのつながりが希薄で、孤独死や孤立死への不安を抱いている、いわゆる『孤独死予備軍』の人が多数います」

アルコール依存症

 こう話すのは、見守りサービスを提供する、エンリッチ代表理事の紺野功さん(65)だ。自身、弟を孤独死で亡くした。2015年2月、4歳年下の弟が都内のマンションの自室で死亡しているのが見つかった。弟はフリーのシステムエンジニアとして自宅で仕事をしていた。しかし、連絡が取れないのを心配した取引先の人が弟の自宅を訪ね、遺体を発見した。

 警察から直接の死因は「低体温症」で、死後10日ほど経過していると伝えられた。51歳。独身で、一人暮らしだった。後日、紺野さんが荷物の整理のため弟の自宅を訪ねると、部屋はゴミ屋敷だった。趣味や仕事に関する書類やパソコン機器などで埋め尽くされ、4リットルの焼酎のペットボトルが飲みかけで2本置いてあった。ベッドに寝た形跡はなく、浴槽に水をためたり、シャワーを使ったりした様子もない。生活に困っていたわけではないが、暖房設備もエアコンもなかった。アルコール依存症で、セルフネグレクト(自己放任)状態だったと考えられるという。

「弟とは疎遠で、外部とのつながりもほとんどなかったと思います。誰かとつながっていれば、助かったかもしれません」(紺野さん)

 弟の最期を目の当たりにした紺野さんは、弟のような人を一人でも減らすため、勤めていた会社を退職し18年9月にエンリッチを立ち上げ、同11月にサービスを始めた。

 登録者は、これまでの約6年半で2万人を超えた。男女比は男性4割、女性6割。年代別では60代以上が約35%を占める一方で、10~30代は約20%、40代は約20%、50代も約26%いる。
紺野さんは「守りたいのは人間の尊厳」だと言う。

「死後、長期間放置された遺体は腐敗しますが、そんな状態で見つかるのは人の最期のあり方として、望ましいものではありません。少しでも早く発見することで、人としての尊厳を守りたい」

 孤独死が問題とされるのは、前出の羽中田さんが心配するように、遺体の処理や清掃に費用がかかり、住宅の資産価値が低下すること。また、身寄りがない場合には、残された財産の整理などで社会的なコストがかかるからなどといわれる。

誰からも気づかれない

 だが、日本福祉大学教授の斉藤雅茂さん(社会福祉学)は、「孤独死の発生に伴う社会的なコストは事実だが、そうした観点からこの問題を強調すると、一部の人びとの社会的な排除につながりかねない」と指摘する。

「かつて、ハンセン病の人たちを人里離れた山中や島などに強制隔離したように、孤独死の危険性が高い社会的に弱い立場に置かれた人たちを地域社会から排除すべきだという発想になりかねません」

 斉藤さんは「高齢世代よりも現役世代のほうが孤独死に至るリスクは高い可能性がある」と言う。高齢者はケアマネジャーやヘルパーなどが身近にいる人が少なくなく、ある程度、孤独死を防ぐことができる。だが、現役世代は、独身で社会とのつながりが薄い場合、2週間ほど音信不通でも誰からも気づかれないこともある。

 そうした孤立した人は、自ら「SOS」を発することが重要になる。「受援力」と呼び、福祉的な支援を受ける力だ。しかし、現役世代は自らSOSを出す人はあまりいない。助けを求めるのは意外と易しいことではない。斉藤さんは言う。

「なくすべきは、孤独死ではなく生前の社会的な孤立です」

 斉藤さんたち研究グループは10年からの7年間、日本の高齢者約4万6千人を追跡調査した。その結果、7年間で自殺者は55人。一人で食事をする「孤食」の状態にある人は、自殺リスクが約2.8倍も高いことが分かった。
「家族やコミュニティーとほとんど接触のない社会的孤立は、その人の健康や生き方に大きな影響を与えます。現役世代も孤独死や孤立死と無縁ではありません」(斉藤さん)
今より心地良い社会に
 孤立を減らすためには、みんなでつながれる社会をつくることが重要と言う。
「『ポピュレーション戦略』といいますが、孤独死のリスクが高い人への支援だけでなく、ターゲットを広げることも重要です。人々が出歩きたくなる街をつくれれば、いろいろな人がつながって孤立しにくい地域になることが期待できます。地域全体でSOSを受け入れる力を高めていくことも、孤独死の対策になります」(同)

 エンリッチの紺野さんも、「社会が変わらなければ孤独死をめぐる状況は変わらない」と語る。

「私たちNPOの力だけでは限界があります。自治体が旗振り役となって対策を進めていくことが必要です」

 エンリッチでは、もしもを誰かに知らせる「安否通知サービス」、地域の単身者同士が互いに見守る「つながりサービス」のいずれも行政向けに「安否通知システム」として提供している。LINEを使ったサービスで、個人情報不要で登録できる。これらを通し、今より心地良い社会になってほしいと思い活動していると紺野さんは言う。

「昔は隣近所の付き合いがあり、必ず近所に世話焼きのおばさんがいました。しかし、今は人間関係が希薄になり、その裏返しに『孤独死』があると思います。他人に干渉されない生き方は自由で心地良いですが、その半面、とても寂しいこと。ただ、昔のような人のつながりをつくるのは難しいので、デジタル時代の新たな人間関係をつくれば、孤独の中に埋もれてしまう命を少しでも減らせるはずです」

 誰もがいつかは、人生の終わりを迎える。その時をどのように迎えるかは、私たちの社会のあり方にかかっている。