米中に出遅れ「日本のスマートホーム」普及のカギ データ連携サービスで大企業がタッグを組む訳
2025年03月05日東洋経済
アメリカや中国に比べて大きく出遅れていた日本の「スマートホーム」が本格普及する環境が整ってきた。スマートホーム向けIoT機器の国際標準規格やセキュリティ認証制度が整備されたことに加え、2025年度から省エネ基準の適合義務化、「居住サポート住宅」の認定制度がスタートすることで、高齢者の見守りや防犯・防災、エネルギーマネジメントなどで、デジタル技術を活用した「スマートライフ」サービスの需要が高まるからだ。
さらにスマートホームのプラットフォームを統合する動きが出てきた。ソニーグループの通信サービス会社、ソニーネットワークコミュニケーションズが設立したスマートホーム会社「ライフエレメンツ(社長・木村真也氏)」に、大阪ガスが2024年8月、東急グループのイッツ・コミュニケーションズ(イッツコム)が同12月に出資。
ソニーネットワークコミュニケーションズのスマートホームシステムをプラットフォームとして4社で新たな「スマートライフ」サービスを開発し、2025年度から順次、サービス提供を開始する。今後は他の事業者にも同プラットフォームの提供を拡大していく計画だ。
スマートホーム普及のカギを握るもの
日本では人口減少による人手不足の深刻化が進むなかで、単身高齢者や共働き世帯、過疎化が進む地方などで、人々が安心して暮らしていくための生活・インフラサービスをいかに提供していくかが大きな社会課題となりつつある。それらを「スマートライフ」サービスによって解決できるかどうかがスマートホーム普及のカギを握っている。
世界最大の電気・電子技術学会IEEE(本部・アメリカ)が歴史的偉業を表彰する「マイルストーン」に、東京大学の坂村健名誉教授を中心に1989年12月につくった「TRON電脳住宅」が2024年10月認定された。住宅にコンピューターやセンサーなどを装備して生活に便利な機能・サービスを提供する「スマートホーム」の発祥が日本であると世界的に認められたことになる。
「TRON電脳住宅」から35年―。日本ではスマートホームの普及に向けてさまざまな取り組みが行われてきたが、遅々として進んでいないのが実情だ。業界団体であるリビングテック協会の2023年の調査では、スマートホーム・スマート家電の普及率は、中国が92%、アメリカが81%に対して、日本は13%にとどまっており、その後も大きな変化は見られない。
電子情報技術産業協会(JEITA)スマートホーム部会長を務める北陸先端科学技術大学院大学副学長の丹康雄教授は、中国・アメリカと日本の違いを次のように分析する。
中国・アメリカでは2010年代に入ってIoT機器を居住者自らがインターネットに直接接続して利用する「IoT型」でスマートホームが普及した。一方、日本ではIoT機器をホームゲートウェイ(制御装置)経由でインターネットに接続してサービスプラットフォームを提供する「ゲートウェイ型」のスマートホームが供給されてきた。
IoT型は、システムレベルでの責任は誰も負わないのでIoT機器を安価に提供でき、利用者も手軽に導入しやすい。一方、ゲートウェイ型はさまざまなサービスに対応するプラットフォームを開発するのに時間がかかり、利用料金も高くなりがちだ。日本でゲートウェイ型を利用する場合、月額2000~3000円の料金がかかり、IoT機器などの初期投資を含めてスマートホームを導入するコストは高くなる。
「IoT型」スマートホーム導入の課題
長年、スマートホームを取材してきた筆者も「ゲートウェイ型」を自宅に導入するのは費用的に厳しいので、まずは「IoT型」で、スマートスピーカーとスマートスイッチを自分でインターネットに繋いでエアコンやテレビなどの家電製品を操作できるかを試してみた。
グーグル製スマートスピーカー(約5000円)を購入し、ソフトバンクから提供してもらったスマートリモコン「SwitchBotハブ2」(約1万円)を用意。ユーチューブで設定方法を解説する動画を探して設定要領を習得し、スマートフォンにグーグルとSwitchBotのスマートホームアプリ(無料)をダウンロードして1時間ほどで設定が完了した。
「オッケー・グーグル、エアコン、点けて!」と言うと、「ハイ、エアコンをオンにします」とスマートスピーカーが答え、エアコンが作動した。このやり方だと、利用料金はかからず、IoT機器の購入費用だけなので確かに導入しやすい。
妻も「リモコンを探す手間がなくなり、便利になった」と喜んだが、「他の家電や照明も操作できないの?」と聞かれて困った。家中に設置するのにIoT機器を追加購入するのではコスパが悪いし、自分で設定するのは手間だ。ITが苦手な人にとっては「IoT型」はかなりハードルが高いだろう。
スマートホームが普及しない原因
筆者は日本でスマートホームが普及しない原因を分析する記事を2度、書いた。
①「日本の住宅設備「デジタル化が進まない」根本原因」(2022/02/10)
②「日本の既存住宅「省エネ対策」が遅れる残念な事情」(2023/02/11)
3年前に書いた①の記事では、異なるメーカーのIoT機器がつながりにくいという課題を指摘した。2年前の②の記事では、IoT機器で得られるデータを各企業が囲い込んで連携が進まず、結果として居住者がメリットを実感できるサービスが提供されていないことを理由に挙げた。
①の課題は、2022年10月にアマゾン、アップル、グーグルなどの巨大テック企業がスマートホームの国際標準規格「Matter(マター)」を開発する団体「Connectivity Standards Alliance(CSA)」を設立したことで解決の糸口が見えてきた。2024年5月にCSA日本支部(代表・新貝文将X-HEMISTRY代表取締役)が発足して、日本でもMatter規格に準拠したIoT機器が登場し始めており、IoT機器の連携を行いやすくなると期待されている。
今年1月にアメリカ・ラスベガスで開催された世界最大級の情報技術展示会「CES」でスマートホームの最新動向を調査した新貝氏によると、IoT機器ベンダーによるMatter対応が拡大する一方で、セキュリティ対策の強化が最大の関心事になっていたという。日本でも、3月からIoT機器のセキュリティ要件の適合評価を示すラベリング制度「JC-STAR」がスタートし、セキュリティ対策の強化が図られることになった。
パソコンやスマホの場合、利用者はセキュリティソフトをインストールし、バージョンアップで機能更新しながら対策している人が多いだろう。しかし、家庭に設置されている無線ルーターやウェブカメラなどのIoT機器は、購入時のパスワードを設定したまま使用される場合が多く、バージョンアップ機能も装備されていない。このため、家庭用のIoT機器がサイバー攻撃の対象となり、第三者によるウェブカメラの乗っ取りや不正アクセスなどの被害が報告されている。
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が、2月に公表した「NICTER(インシデント分析センター)観測レポート2024」によると、2024年に観測されたサイバー攻撃関連通信は前年に比べて11%増加。日本国内では1日当たり約2600台のIoT機器がウイルスなどのマルウェア(悪意のあるソフトウェア)に感染している。こうした被害を防ぐために経済産業省では2024年8月に「IoT製品に対するセキュリティ適合性評価制度構築方針」を公表し、情報処理推進機構(IPA)が「JC-STAR」制度を立ち上げたわけだ。
JC-STARのセキュリティ水準は4段階に分かれ、3月にスタートするのは最低限の脅威に対抗できる評価の★1で、IoT機器ベンダーが自らが適合宣言することでラベルを貼ることができる。★3と★4は評価機関による第三者認証が必要で、高いセキュリティ要件が求められるスマートヘルスケア向けIoT機器などでの取得を想定。同様の取り組みが進んでいるシンガポール、英国、アメリカ、EUなどの担当機関とは相互認証に向けた交渉を進めている。
前出のライフエレメンツ木村社長は「JC-STAR制度の導入で、消費者に安心してスマートライフサービスを利用してもらえるようになる」と期待する。スマートロックなどのIoT機器を提供するライナフの滝沢潔代表取締役も「JC-STARの★2以上のラベル付与は今年度下期以降になるようだが、できるだけ早期に★4を取得したい」とサイバーセキュリティ対策に力を入れていく考えだ。
ゲートウェイ型普及への道筋
スマートホームの規格標準化とセキュリティ対策によって、日本でも「IoT型」のスマートホームを導入しやすくなる可能性がある。しかし、居住者が必要とする「スマートライフ」サービスを提供するには「ゲートウェイ型」をいかに普及させていくかが重要だろう。
これまでスマートホームの普及に取り組んできたプレイヤーは、ハウスメーカーやマンションデベロッパーなどの「住宅関連企業」、家電、電子機器メーカーやインターネット事業者などの「システムベンダー」、セキュリティ会社、電力・ガス事業者、宅配事業者、不動産管理会社などの「サービスプロバイダ―」の3つのカテゴリーに分かれる。
ゲートウェイ型スマートホームも、リンクジャパンの「HomeLink」、アクセルラボの「SpaceCore」、三菱地所の「HOMETACT」、シャープの「COCORO HOME」、LIXILの「ライフアシスト2」、積水ハウスの「プラットフォームハウスタッチ」などさまざまな企業が提供している。
東急グループのイッツコムでも、2015年から「インテリジェントホーム」、ソニーネットワークコミュニケーションズは2018年から「MANOMA」の名称でゲートウェイ型の提供を開始。同社は、インターネットサービス「NURO」ユーザーを中心に、東急グループは2017年にパナソニック、美和ロックなどとスマートホームの普及団体「コネクティッドホーム アライアンス」も設立し、東急線沿線に住む顧客を対象に事業を展開してきた。
しかし、「一般消費者に直接、スマートホームを売り込むだけでは限界があった」(ライフエレメンツ木村氏)と認める。
アメリカでもネットやケーブルテレビの事業者に大きな役割
そこで、ソニーネットワークコミュニケーションズのグループ会社であるライフエレメンツは、スマートホームのプラットフォーマーとなり、サービスプロバイダーである東急グループや大阪ガスと共同で、これまで蓄積してきたデータを活用して居住者が求める「スマートライフ」サービスを開発することで需要を掘り起こす作戦だ。
アメリカでもゲートウェイ型の普及にはインターネットやケーブルテレビの事業者が大きな役割を果たしており、「ソニーのグループ会社がプラットフォームに責任を持つことで住宅関連企業もスマートホームを提供しやすくなるだろう」(木村氏)と意気込む。
2024年10月から国土交通省では、2050年に推計される世帯構成や住生活を支えるプレイヤーなどから国民の住生活の姿を見据えながら、住宅政策の基盤となる住生活基本計画の見直し議論を始めている。
2050年には65歳以上の単身世帯が2020年の738万世帯から1084万世帯に増加し、その7割が持ち家に居住。正社員共働き子育て世帯は2010年からの10年間で約1.5倍に増加し、今後も共働き世帯の比率は高い状態が続くと想定される。
2月17日の第61回会合で共働き世帯の現状と課題について発表したスリール代表取締役の堀江敦子委員は、若い世帯だけでなく、高齢者世帯の見守りや防犯・防災などのIT化の必要性を指摘。国がスマートホームの普及を後押しすることを提言した。
2024年5月に成立した改正住宅セーフティーネット法では、ITによる見守り機能を装備した「居住サポート住宅」制度が創設され、10月1日の開始に向けて準備が進められている。さらに4月から全ての新築住宅・非住宅で省エネ基準の適合義務化が始まることで、住宅会社ではHEMS(家庭用エネルギー管理システム)を装備したZEH(ネットゼロエネルギーハウス)の供給に力を入れ始めた。
スマートホームの普及が本格的に始まるのか
果たして日本でも、スマートホームの普及が本格的に始まるのか。「スマートライフ」サービスとして大きな需要が見込まれる見守り・防犯などの「生活サポートサービス」と、脱炭素社会に向けて省エネ化を実現するための「エネルギーマネージメントサービス」の動向について、次回以降で詳しくレポートする。