孤独死と向き合って20年 孤独死が相次いだ常盤平団地の「いま」
2024年07月27日COURRIER JAPAN
千葉県松戸市にある常盤平団地地区は、2000年代初頭に立て続けに起こった孤独死をきっかけに、日本でもいち早く孤独死対策を始めた地域だ。高齢化が進み、人知れず亡くなる高齢者が急増するこの国で、彼らが実施する最先端の孤独死対策とは──。
孤独死の現場から漂う臭い
「たまに挨拶はしますが、それ以上の付き合いはありません。近所の誰かが亡くなっても、気づかないんじゃないかしら」と、76歳のシカマ・ノリコは言う。
都心への通勤圏にある千葉県常盤平団地で一人暮らしをしているシカマは、ボランティアが出してくれるコーヒーを飲みながら住民たちと情報交換するために、地域の交流の場である「いきいきサロン」を訪れていた。
ここでは、白髪染めの是非のような日常的な議論に混じって、最近の孤独死に関するニュースも話題になる。孤独死とは、正式には「誰にも看取られることなく息を引き取り、一定期間経過後に遺体が発見されること」と定義されている。
今回話に出たのは、ベランダに姿を見せないことに近隣住民が気づき、数日前に遺体が発見された女性の件だ。死後5ヵ月が経っていた。「強烈な臭いがするんです……体に染み付いて、いつまでも消えません」とシカマは言う。
1年で約7万人が孤独死
警察庁の最近の報告書によれば、日本では2024年1〜3月におよそ2万2000人が一人暮らしの自宅で亡くなっており、その約80%が65歳以上だった。2011年には2万7000件程度だった孤独死の件数は、2024年には6万8000件に達すると、警察庁は推測している。
松戸市の常盤平団地地区は2001年、死後3年間も一人暮らしの部屋に放置されていた男性の遺体が発見されたことで、「孤独死」という悲惨な現象に直面せざるを得なくなった最初の地域である。この男性の場合、家賃も公共料金も自動引き落としで支払われていたため、貯金が底をつくまで、誰も彼の死に気づかなかった。
「部屋の中は、とても人が住んでいるとは思えないような状態でした」と、常盤平団地地区社会福祉協議会の大嶋愛子は語る。「あんな悲惨な事件は二度と起こってほしくありません」
60年以上前に最初の住民が入居したとき、常盤平の4階建ての集合住宅は、戦後日本の奇跡的な経済復興の波に乗った若い家族にとって、夢のような住まいだった。団地の周囲では、スギやケヤキの若木が植えられた並木道で遊ぶ子供たちの声が響いていた。いまやその木々は、日本最大級の公営団地を構成する170棟の画一的な建物の前にそびえ立っている。
「当時は好景気で、家族連れがこぞってこの団地に住みたがりました。活気に満ちていたんです。でもいまでは皆、歳をとってしまいました」。1961年に夫と幼い息子と共に常盤平に移り住んだ大嶋はそう語る。当時、この団地には1万5000人が暮らしていた。
現在、日本では高齢化が進み、晩年を孤独に過ごす人が増えている。国立社会保障・人口問題研究所によると、65歳以上の一人暮らし人口は、2020年には738万人に達し、2050年には1100万人近くにまで増加すると予測されている。2020年の国勢調査では、独身世帯が全世帯の38%を占め、その5年前の調査から14.8%増加していた。
武見敬三厚生労働大臣は5月、「社会では今後、孤独死の確率は確実に高まっていく。この問題に真正面から取り組んでいくことが重要だ」と述べた。
常盤平の孤独死対策
常盤平団地では、住民の54%が65歳以上で、7000人の住民のうち1000人が一人暮らしをしているとされる。そんななか、相次ぐ孤独死をきっかけに、地域住民が行動を起こした。自治会は異変に気づいた住民が通報できるホットラインを設置、2004年には「孤独死ゼロ作戦」を開始した。この取り組みは、高齢化が進む他の住宅団地のモデルケースとなっている。
2024年、常盤平団地は、独居者の安否確認センサー「絆コール」を導入した。ボランティアによるパトロールも始まり、異変がないか注意を払っている。たとえば、乾いた洗濯物がベランダに干しっぱなしになっていたり、日中でもカーテンが引かれたままだったり、郵便物や新聞が溜まっていたり、夜通し電気がついたままになっていたりといったことが起きていないかを確認する。
大嶋がアルバムを開き、常盤平団地で孤独死した人々の写真を見せてくれた。プライバシー保護のため顔は隠されている。悲痛な写真だが、地域の繋がりが希薄になり、社会的な孤立が進めば何が起きるのかを思い起こさせる、重要な警鐘だと大嶋は考えている。
「訪れた福祉関係者やボランティアの方々にこれを見せると、皆さん、目に見えて動揺されます。でも、これが孤独死の現実です。東京からそう遠くない場所で、いままさに起きていることなのです」と彼女は言う。
この作戦で孤独死が根絶されたわけではない。大嶋によると、毎年「数件」発生している。だが、亡くなったまま何週間も、あるいは何ヵ月も放置される事例は減っている。
「ご近所付き合い」の重要性
「いきいきサロン」の前のコミュニティスペースには、地元のアーティストたちが描いた絵画が飾られ、地域住民との交流を促している。定期的な散歩の健康効果を示したグラフも掲示されていた。
リハビリセンターでは、座ったままできる体操教室に6人ほどが参加中だ。制服姿の2人の子供が学校から帰ってきた。開いた窓からは赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。だがこうした光景は、高齢化が進む常盤平のような地域では、ほとんど見られなくなっている。
8年前に夫を亡くして以来、一人暮らしをしているコハマ・ヨウコの自宅を、ボランティアのパトロール員が訪ねた。87歳のコハマは、定年後に常盤平に移り住むまで東京で衣料品店と麻雀店を経営していたが、いまはタブレット端末をいじったり、梅干し作りに精を出したりして毎日を過ごしている。
「体調はいかがですか」と尋ねるパトロール員に、「あまり良くないわね」とコハマは答える。昨年、18年間飼っていた愛犬が亡くなって以来、外部との交流は週1回の「健全な」麻雀(飲酒、喫煙、賭け事は禁止)に出かけるくらいだ。
「年金はわずかだし、健康も心配です」と言って、コハマは慢性肺疾患の薬が入った薬箱を示した。「近所にどんな人が住んでいるのか全然わかりません。ここに越してくれば友達ができると思っていたのですが、見込み違いでした」
子供のいないコハマは、ベランダで天日干し中の梅の並んだザルを誇らしげに見せてくれた。「一人で死ぬのが心配じゃないと言えば嘘になります」と彼女は言う。「でも、いつどんなふうに死ぬかは、自分では決められません。神様次第ですからね」