はじめに:『親が心配な人の見守りテック スマホでできるスマートホーム化の極意』

2023年11月02日日経BOOKプラス


 「まだまだ二人とも元気で、何の問題なし!」と思っていた実家の両親。でもあるとき、ちょっとした変化にハッとさせられる瞬間がやってきます。ソファから簡単に立ち上がれず、ちょっと時間がかかって恥ずかしそうにしていたり、電話で話していたら何度も同じ質問をしてきたり。久しぶりに帰省したときに親の「老い」を感じて軽いショックを受けたという方もいるでしょう。

 同世代との話題にも、ちょっとずつ「親の介護トーク」が混じり始めます。「家の中で転倒骨折したら急に老け込んじゃって。このまま介護生活に突入かも」「1人暮らしになった母親の世話のため、早期退職でUターンも検討している」なんて話を聞いていると、ひとごとじゃないなと不安になったりもしますよね。

 本書を手に取ってくれた方の中には、両親ともに健在だけど「いざというときに慌てないよう」今から情報収集を始めている人もいるでしょう。その準備周到さ、本当に素晴らしいと思います。「親の老い」は、誰にとっても気が重たくなるテーマです。考え始めると憂鬱(ゆううつ)になるので、ギリギリまで目を背けてしまう人がほとんどのはず。実際、私自身もそうでした。

 ご両親のうちどちらかが先立ち、残ったもう一人の親の見守りをどうするかが大きな課題になっているという方もいるでしょう。伴侶の他界が引き金となり、軽いうつ状態になったり、認知症を発症してしまったりする人も少なくないようです。近くに住んでいれば様子を見に行くのもまだ楽ですが、遠く離れて暮らしているとサポートも結構大変ですよね。

 「高齢の親の見守り」は、まだ先の人にとっても、今直面している人にとっても重たいテーマであることは間違いありません。でもこう考えることもできます。

●「重たいものは軽くできる」

 工夫とアイデア次第で。あるいは何か便利な道具を使うことで。もしくは発想の転換で。「ああ、重たい重たい……」と心の中で繰り返していると、その重さは肩にずしりと食い込むほどにさらに重たくなります。そうではなく、どうしたらもっと軽くなるか、無理なくできて皆がハッピーになれるか探求してみることが大事です。

 次々と課題が沸き起こってくると、眉間にシワがよってしまいますが、「もー、どうすりゃいいって言うのよ……」と投げやりなつぶやきが出てしまうのを封印し、「さてさて、どうやって解決しようかしらん」とあえて声に出して言ってみるのです。できればちょっとニヤリとほほ笑みながら。

 「親の見守り」にからむ課題にも、いろいろな解決法があります。その中のひとつが、本書のテーマである「スマホ見守り」です。もちろん万能ではありませんし、どんなシチュエーションでも使えるわけではありません。ただ「離れて暮らす親を見守りたい」というニーズを抱えている方であれば、導入することできっと安心感がアップしますし、リスクと無駄な労力を減らすことができるかなと思います。

●見守りも「リモート」でできる時代に

 新型コロナでリモートワークが一気に普及し、オンライン上での会議や打ち合わせも当たり前の世の中になりました。趣味の習い事や日々のトレーニングも「オンライン」という人が急増しています。同じように高齢の親の見守りやサポートも、ある程度リモートで可能なのです。

 「いや、うちの親には無理。インターネットどころかスマホだって使ってないのに」なんて思った方もいるでしょう。親がスマホを使っていなくても大丈夫。インターネットも最近は置いて電源につなぐだけで使えるサービスもあり、安価かつ手軽に導入できるようになりました。

 必要なのは、あなた自身のスマホ、そしていくつかのちょっとしたアイテムです。それらを組み合わせることで、誰でも簡単にDIYの実家見守りシステムを作ることができるのです。親が倒れて長時間動けなくなっている、エアコンを付けずに熱中症になってしまった、ふらりと外出してそのまま行方不明になってしまった──。一歩間違えば「孤立死」にもつながりかねないリスクがある事態ですが、そんなことにも遠隔地から対処できるのです。

●スマートホーム製品を「親の見守り」に転用

 本書で提案する「スマホ見守り」は、父の死後、1人暮らしとなった母親の安否確認と不便さ解消のため、私が試行錯誤しながら組み立てたものです。といっても特別なものでは全くありません。ITで生活を快適にする「スマートホーム」のための製品を、高齢者の見守りに転用してみただけです。

 同じような取り組みをしている人はたくさんいると思いますが、まだ「スマートホーム」自体の認知度があまり高くなく、見守りに転用できる便利アイテムも比較的最近発売されたものが多いので、存在に気付いていない人もたくさんいます。

 一例をあげましょう。

 「スマート温湿度計」というアイテムがあります。スマート温湿度計を実家のリビングに設置すると、どこからでもスマホでリビングの室温を確認できます。さらに「スマートリモコン」という遠隔地から様々なリモコンを操作できるアイテムもあります。実家のリビングにこれを置くことで、リビングのエアコンをどこからでもスマホでオンオフできるのです。この二つを使うことで、実家のリビングが暑かったらエアコンを付けるといったことが遠隔でできるようになります。さらに、スマホアプリで「室温が28度を超えたら自動でエアコンをオン」といった自動処理もできるのです。

 「スマートドアベル」という製品もあります。通常のドアベルは、家の中に設置したモニターでしか玄関前を映し出せませんよね。スマートドアベルは、離れた場所にいてもスマホで来客の顔を見ながら会話ができる製品です。1人暮らしの高齢者は、悪質な訪問販売やリフォーム詐欺に狙われがち。特に認知症で判断力が低下し始めると、相手の話に容易に誘導されてしまうのです。そこで「スマートドアベル」の出番です。玄関に設置すれば、怪しい訪問者には、離れて暮らす子供がスマホアプリで遠隔対応してお引き取り願えるのです。動体検知で玄関前に人が登場したら自動録画する機能もあるので、家の様子をうかがう怪しい人影だって発見できます。

●スマホアプリで安否確認すれば心にゆとりが生まれる

 「家の中で転倒して起き上がれなくなっていたりしないか」
 「ちゃんと食後の薬は飲んでいるだろうか」
 「また日にちを間違えて病院に向かってしまってはいないだろうか」

 スマホ見守りを導入する前、私は一日に何度も実家の母の携帯を鳴らしていました。でも母はスマホを家のどこかに置いたまま昼寝していることも多く、またかかってきた電話に応答する方法が分からなくなることもありました。いつまでも止まらない呼び出し音を聞きながら、「何かあったのでは」と不安になり、なかなか電話に応答してくれない母にいらだちすら感じてしまっていました。そして母がでると開口一番、きつい口調でこう言ってしまうのです。

 「どうして出てくれないのよ」

 そして、エアコンをちゃんとつけてくれとか、病院日程また間違えていないかとか口うるさく言ってしまうのが常でした。日時の感覚が失われてしまう「日時見当識障害」という認知症の症状も出始め、昨日までできていたことが今日には難しくなり、家の中でも頻繁に転倒してしまっていた母。それだけでもストレスがたまっていたと思うのに、娘の私がピリピリしていてつらかったろうなと思います。私自身も、母を傷つけるような言い方をしてしまっては自己嫌悪に陥っていました。

 スマホ見守りを導入したことで、まず私の心の中にゆとりが生まれました。実家にいなくても、親が電話になかなか出てくれなくても、スマホアプリでちゃんと安否確認ができているからです。猛暑日だって、母に電話しまくってエアコンをつけさせなくても、必要なら私が「スマートリモコン」を使って遠隔からエアコンを稼働させればいいのです。

 「スマートスピーカー」や「スマートディスプレイ」も、母の優秀なアシスタントになってくれました。これは声で操作してインターネット上のさまざまな情報を引き出せる画期的な製品です。例えば日付が分からなくても「今日は何日?」と聞けばすぐ教えてくれます。それだけじゃありません。例えば私の実家では、朝起きた母がリビングにやってくれば、スマートディスプレイが「おはようございます」とあいさつをして、その日の予定を読み上げてくれます。認知症の進行でリモコン操作が苦手になってしまった母ですが、「アレクサ、テレビを付けて」「アレクサ、電気をつけて」とアレクサにお願いするのは大丈夫でした。アレクサは「はい」と答えて、すぐ家電製品や照明、さらにはカーテンの開け閉めまでやってくれます。本当にいいアシスタントです。

 「スマートディスプレイ」ではビデオ通話もできます。私の自宅のスマートディスプレイと母をつないで、朝ごはんを食べながらたわいもない雑談会話をするのが日課にもなりました。そして母がデイサービスに出かけるときには、廊下に置いたネットワークカメラから「いってらっしゃい」と送り出します。一緒に住んでいなくても「バーチャル同居」しているかのような感覚です。

●離れて暮らしていてもIT活用で親を見守り、サポートできる世界

 もちろん、リモートでできないこともあります。認知症がさらに進んだり家の中で移動するのも厳しくなったりすれば、スマホ見守りだけでは間に合いません。「同居か施設入所か」という二択になるでしょう。

 ただ、ある程度自立した生活を送れている段階であれば、ITを活用することで遠くからでも安否確認や、スケジュール管理などをサポートできます。「同居」「施設入所」に加え、ITを活用した「スマホ見守り」も有効な選択肢となりえます。

 もし多くの1人暮らし高齢者世帯にこうしたスマホ見守りシステムが導入されれば、熱中症による搬送や、孤立死という、残された家族もずっと悲しむ痛ましい出来事を大幅に減らせるはずです。

 無理なく見守りできる便利な製品が今、次々誕生していること。そしてそれらを利用するのは簡単であること。何より、導入することで見守る側・見守られる側双方の不安とストレスを取り除き、それによって穏やかなコミュニケーションもできるようになることを、本書を通じてひとりでも多くの人に知ってもらいたいと願っています。