日本初、Wi-Fiを使った高齢者見守りシステムは、考案者の母親の孤独死から生まれた

2023年09月18日日刊ゲンダイ


 介護業界での問題は数多い。特に高齢者施設での人手不足は深刻だ。それを解消すべく登場したのが、セキュアリンクという会社が開発したWi-FiセンシングとAIを活用した見守りシステム「Care Sense(ケアセンス)」である。ヘルスケア業界では日本初の技術を活用しており、今年8月から法人向けに先行予約を開始、9月18日から発売と運用の開始を予定している。

 このシステムを考えたセキュアリンク代表の藤本典志さんは、特長についてこう語る。

「まず設置が非常に簡単。特別な工事は一切不要で、インターネット回線とWi-Fiルーター、表示用デバイスがあればすぐに使用できます。また監視カメラのようにプライバシーを侵害することなく、ウエアラブルデバイスのように常に身につける必要もないので、利用者のストレスを最低限に抑えながら24時間365日、見守ることができます」

 Wi-Fiセンシングは、動いている人や物に反射することによって生じる電波の波紋の変化を読み取る技術のこと。このシステムでは、室内に直径10センチのどら焼きのような形のWi-Fiセンシング機器を設置することで、人の動きや呼吸の有無、呼吸数、居室の在不在、トイレの利用回数、部屋の滞在時間、睡眠状態などを高精度で検出し、インターネットを通じて管理者がモニタリングすることができる。

 検出結果は、見守り対象者ごとグラフによって表示。7日間の比較で見ることもできるので体調変化にも気付きやすい。もちろん一定時間呼吸数がないなどの非常時はアラートで通知。長期的にも短期的にも安心だ。

プライバシーを守り、機器着用のわずらわしさもなし

 さらにWi-Fiならではのメリットを藤本さんが説明する。

「マイクロ波の直接反射を利用するドップラーセンサーやカメラを使った監視システムは見守り対象者が物陰に隠れてしまうと感知できません。しかし2.4ギガヘルツ帯と5ギガヘルツ帯のWi-Fi電波を使うこのCare Senseは、壁や棚、ガラスなども透過するので死角がありません。複数設置すれば、家全体を見守ることができます」

 一番は見守られる側のストレスがほとんどないことだろう。プライバシー無視の監視カメラは言うまでもなく、最近流行している腕時計型の端末も、出かけている時ならいざ知らず、室内でリラックスしている時や就寝時に好んで着けたいと思う高齢者は少ないはずだ。

「呼吸数などのバイタルサインを非接触かつWi-Fiで感知できる見守りシステムは他になく、日本初だと自負しています」

 今のところ老人ホームなど介護施設向けだが、一般発売されれば遠く離れて暮らす老親の住まいに設置したいと思う人も多いはず。孤独死は社会問題。実はこの商品が生まれたきっかけも、藤本さんの実母の孤独死なのである。

最新の軍事技術を高齢者見守りに転用

 藤本典志代表がつらい過去を、こう振り返る。

「母は車で30分ほど離れたマンションで1人暮らししていました。私が仕事で忙しかったこともあり、毎日電話するようなこともせず、道路に面したベランダに洗濯物が干してあるのが唯一の生存確認の方法でした」

 2017年11月のある日、母親のマンション前を車で通りかかると、晴れているのに洗濯物が一枚も干されていない。不審に思いつつ、藤本さんは素通りしてしまったという。翌日も同じく晴れているのにやはり洗濯物がない。その2日後、異変を感じた隣室の住人から連絡があり、慌てて部屋に向かうと──。

「リビングの椅子に座ったまま、母は亡くなっていました。死因は心不全。指先はすでに変色していました。なぜ異変に気づいた時に電話しなかったのか。電話したところで結果は変わらなかったのでしょうが、変わり果てた母の姿があまりにもショックで……」

 このような悲しみを他の誰にも味わってほしくない。そう思った藤本さんは、孤独死を防ぐ方法を考え始めた。その頃、筑波大学大学院の博士課程で犯罪学を研究していた藤本さんは、アメリカの学会で、とある技術を知る。それがCare Senseの元になったWi-Fiセンシング技術だ。

「詳しくは言えませんが、軍事技術を応用したものです。サーモグラフィーなどは一方向かつ近くに寄らないと検知できませんが、Wi-Fiは広範囲かつ比較的遠距離まで検知できます。インターネットやWi-Fiはいまやどこにでもある身近なインフラ。高齢者の見守りに転用できるのではないかとひらめきました」

深夜巡回の負担も軽減、入居者も起こさず

 システムの開発には3年を要した。開発後は実際の老人介護施設で3カ月間の実証実験を2回実施。そこで明らかになったのは介護現場の課題だ。

「老人介護施設では深夜の居室巡回がスタッフの大きな負担になっていました。しかも部屋に入室して生存確認することで25%の入居者が起きてしまう。わざわざ現場に見に行かなくても見守れるシステムは、スタッフと入居者それぞれに必要なものだったのです」

 施設利用者や家族のアンケートも実施。双方にとってストレスのない仕組みにブラッシュアップしていった。

「医療器具ではなく、介護器具というのがポイント。異変をいち早く知らせるだけでなく、普段から見守っているという安心感も提供できればと考えています」

 1部屋あたりの基本料金は、機器2台付きで月額定額の税別1980円。さらに5万円の保証金が必要で、契約期間の設定がある。現在は老人介護施設や独居老人の見守りを想定しているが、今後の展望について藤本さんはこう語る。

「1人暮らし女性の部屋や店舗など、防犯対策にも活用したい。幅広く社会に役立たせることが、母親への恩返しになると信じています」

▽藤本典志(ふじもと・のりゆき) 1973年大阪生まれ。大手警備保障会社の支社長などを経て、筑波大学大学院の犯罪学の博士課程に進学。その後、警備会社の社長や不動産管理会社の役員を兼務しながら、ヘルスケアグループの経営に携わる。実母の孤独死をきっかけに、Wi-FiセンシングとAIを活用した見守りシステム「Care Sense」を開発。2022年4月にセキュアリンク代表取締役社長に就任。23年9月から正式運用を開始。