狙うは日本の高齢者支援 米スタートアップが見守りデバイス「POM」開発

2023年08月04日ForbesJAPAN


米国サンフランシスコのスタートアップ、Tellus You Care(テラス ユー ケア)社が開発した「POM(ポム)」は、高齢者の健康を見守るためのスマートデバイスだ。カメラを使わずに、またユーザーが身体に装着することなくシンプルに使える製品を、北米よりも先に日本のコンシューマー向けに発売する同社の狙いを創業者に聞いた。

ドコモやソースネクストが支援する米スタートアップ「Tellus」

Tellus You Care(以下:TYC)のPOMは、自動運転車の走行を支援する測距センサーにも多く採用される60GHz帯のミリ波レーダーを使って、数メートル離れた場所にいる人物の心拍と呼吸の数を正確に計測する非接触型のバイタルセンサーだ。

本製品を開発したTYCは、2017年に共同創業者であるCEOのタニア・A・コーク氏と、CTOのケビン・シュー氏が米国で企業したスタートアップだ。創業後はドコモの100%子会社であるNTTドコモ・ベンチャーズのほか、デジタルガレージ、DG Daiwa Ventures、みやこキャピタルなど日本の企業からも出資を受けて、現在は東京にハードウェアのエンジニアリング拠点も拡張した。

POMの要素技術は2020年にその基礎が確立された。以後、日本国内の1人暮らしの高齢者宅に介護施設、がん患者を受け入れている千葉県の宿泊施設などでBtoB向けサービスの実証実験を重ねてきた。現在はBtoB向けの介護支援サービスが先行するかたちで軌道に乗り、日本全国の施設にTYCのサービス導入が進んでいるとCEOのコーク氏が語る。

TYCが発売するPOMは、ミリ波レーダーを応用した高齢者の見守り用スマートデバイスとしては日本で初めてコンシューマー向けに発売される製品だ。日本国内では8月7日から9月30日まで、AI翻訳機の「ポケトーク」やAIボイスレコーダーの「ボイスメモ」を展開するソースネクストが支援するかたちで、Makuakeでのクラウドファンディングによる導入を開始する。

Makuakeでは本体1台と、専用アプリを6カ月無料で試せるセットが販売される。本体端末は定価が税込3万9800円、アプリが月額1980円に決定しているが、Makuakeでは数量限定で定価の52%オフ価格のセットも提供する予定だ。

ソースネクストはMakuakeでの販売期間の終了後も、同社のオンラインショップ、または既存販路でPOMを取り扱い、購入者のサポートを通じて得たフィードバックをTYCにつなぐ役割も担う考えであるという。またデバイスの生産に必要な部品調達や、日本のユーザー向けに新規機能の開発などにもパートナーとしての協業を深めていく。

介護サービスのDXは待ったなしの日本の現状

TYCはなぜ北米からではなく、日本市場から先行するかたちで同社初のコンシューマ向け製品であるPOMを発売することを決めたのだろうか。コーク氏は背景に「2つの理由がある」と答えた。

「1つはTYCが確立を目指す、高齢者の方々やその家族に安心を提供するためのサービスが、現在の日本の社会から強く求められていると考えたからです。日本では現在高齢者の人口比率が高まる一方で、介護サービスを提供できる職員の数が不足しており、そのギャップがこれからも広がると言われています。その一方で自身の高齢期を自宅で過ごしたいと強く望む高齢者の割合も多く、1人暮らし、または夫婦で暮らす高齢の方が負担なく利用できる見守りサービスが期待されています」

「また、日本は世界各地域に比べて介護現場にもIoTのテクノロジーやロボティクスを積極的に導入しています。シリコンバレー発の最先端IoTテクノロジーを活かした、TYCによるBtoB向けの介護サービスが日本の方々に抵抗なく受け入れていただけたことも、POMの日本先行導入を決めた理由の1つです」

POMは縦横約9.6cm、厚さが約4.2cmのポケットサイズのデバイスだ。壁などに設置して、付属するアダプターにより給電する。iOS/Androidに対応する専用アプリに接続して初期設定を行うと、常時ミリ波レーダーを発出しながら室内にいる人物の場所や動作のデータを取得する。

TYCでは、これまでに協力を得た高齢者のモーションデータをもとに、独自に機械学習をベースにしたアルゴリズムも開発した。ミリ波レーダーの特徴を活かしながら、就寝中は心拍数や呼吸数など細かな動作を正確にモニタリングできる。その精度は一般の心電図に対する平均絶対誤差率が6.36%におよぶほどであり、つまりは「ほぼ誤差がないレベル」なのだという。

さらに見守り対象者が室内で一定時間動かない、睡眠時間が極端に短い、昼寝してから90分以上が経過する日が続いているなど「行動の変化」が生じたことを判定した場合はアプリにアラートを送り「もしもや万一」を防ぐ機能もある。製品名のPOMは、英語で「安心」を意味する「Peace Of Mind」という言葉の頭文字にちなんでいる。

自動運転車も採用するミリ波レーダーで人を検知

スマートホームの普及が欧米に比べるとやや遅れていると言われる日本でも、室内にいる「家族の見守り」に対応するデバイスやサービスの人気は比較的高い。ただ、従来の見守り用デバイスは「カメラ型」「センサー型」「プッシュボタン型」などに使用方法が分類されるタイプのものが多く、例えばカメラ型のデバイスは見守られる対象者に対して、絶えず「見られている」ことによるストレスの負担を強いることが課題とされてきた。

POMはWi-Fi機能によりインターネットに接続されており、データの解析はサーバー上で行われる。サーバーに送り出されるデータは、ミリ波レーダーが取得した見守り対象者の細かな室内での動作データのみであり、画像などの情報は取得しないことから一定のプライバシーが確保される。何より対象者が他のデバイスを身に着ける負担がないことが、非接触型デバイスの大きなメリットとして挙げられる。シュー氏によると、60GHzのミリ波レーダーは人体に有害なものではなく、POMは日本の技適を取得した安全なデバイスであることについても強調している。

Bluetoothによる拡張機能も

POMは「ユーザーがシンプルに使えること」を最優先に考えてTYCがつくったデバイスだが、今後新しい機能を追加するための余地も残されているようだ。

アプリには、離れて暮らす家族の周辺地域の気象情報を表示したり、熱中症の注意報などが発令された場合にアラートを送る機能などもある。さらにPOMの本体にはBluetoothにより外部のスマートデバイスと連携するための機能もすでに内蔵されている。

シュー氏は「スマートロックやドア開閉センサーと連動しながら、対象者の行動をより広く宅内全体で見守るサービスに発展することも将来は可能」であるとした。また、スマートスピーカーを使って音声で見守りデータを確認する機能などを足すことなども技術的には可能であることから「ソースネクストのサポートも仰ぎつつ、ユーザーの要望にも耳を傾けていきたい」とシュー氏は今後の展望を語った。
POMは1人で暮らす高齢者の見守り用途を想定してつくられているため、1つの部屋に住む2名以上の高齢者を同時に見守ることができない。コーク氏はこの点を課題として受けとめつつ「多くの方々にPOMを使っていただけるようアップデートにも注力する」と宣言した。そしてPOMと外部Bluetooth機器との連携により「家族の見守り」以外にもデバイスを提案する道筋を切り拓きたいとした。目線の先はPOMを日本で成功させた後の世界展開も見据えているようだった。

米国に誕生したスタートアップによる「日本発」の見守りデバイスが、介護や医療の現場のデジタルトランスフォーメーションに大事なひと役を担うのか。発売後のPOMの動向にも注目したい。