なぜ象印は20年前から見守りサービスを続けているのか

2023年04月20日ITmedia


 お茶を入れたりカップラーメンを食べたり、お湯割りを作ったり。1人で暮らす親が電気ポットを使うと、その履歴が本体に記録されて、遠方で暮らす家族に1日最大3回送信される。

 それが電気ポットを使った見守りサービス「みまもりほっとライン」の基本的な仕組みだ。見守られる側がいつもの感じで使っているなら、見守る側もメールを見るだけで普段通りに過ごしていることが分かるし、何か異変を感じたらいち早く行動に移ることができる。

 利用するには、主に見守る側となる契約者が「象印ダイレクト」で「みまもりほっとライン契約」を注文する必要がある。見守られる側である利用者宅の住所を記載すると、そちらにLTE機器が組み込まれた電気ポット「iポット」が届く流れだ。

 通電さえすれば通信機能が有効になるので、利用者はごく普通の電気ポットとして使うだけでいい。Wi-Fi環境などもいらない。

象印ダイレクトの「みまもりほっとライン」注文ページ。リニューアルに伴い、新規契約の受け付けは2023年5月10日からとなる,象印ダイレクトの「みまもりほっとライン」注文ページ。リニューアルに伴い、新規契約の受け付けは2023年5月10日からとなる

 契約の初期費用は5500円(税込み、以下同様)で、使用料は月額3300円となる。ただし、最初の1カ月はお試し期間として無料で使える。電気ポットもレンタルなので端末代はかからない。レンタルとはいえ手元に届くのは新品で、5年に1回は新しいものに交換される。

 象印マホービンは、このサービスを2001年3月から提供している。2001年といえば、世帯主のインターネット利用率が50.1%とようやく過半数に達した年だ。日本全体で占める高齢者の割合は18%で、2022年の29%よりも1割以上少ない。まだ見守りサービスというジャンルすら確立されていないこの時期からスタートし、2023年4月現在まで累計1万3000件以上の契約実績を積み重ねてきた。

 なぜそこまで早くから見守りサービスを始め、今日に至るまで継続できているのか。それを知るために、同社が出展しているという介護産業の展示会「東京ケアウィーク'23」に足を運んだ。

開発には社内の大半が反対した

 同社CS推進本部で、みまもりほっとラインのシニアアドバイザーを務めている樋川潤さんは、開発当時の社内の雰囲気をこう語る。

 「大半が反対していたと聞いています。通信を使った見守りの仕組みを構築するには高度な専門技術が必要ですからね。そこで唯一、推進の立場を取っていたのが創業者の孫にあたる市川典男で、現在の代表取締役です。『これからの時代に向けて絶対にやるべきだ』と主張したそうです」(樋川さん)

 そもそもの開発のきっかけは、1996年までさかのぼる。当時、重度の病気を患う息子を自宅で1人看病していた老母が急死し、その後息子も亡くなり、2人が1カ月後に発見されるという事件が東京で起きて話題となった。そのニュースにショックを受けた医師が同社に「日用品を利用して、ご高齢者の日々の生活を見守る仕組みができないか」と相談したのが事の始まりだったという。

 市川さんの音頭の元、そこからNTTドコモ関西や富士通の協力も取り付けて、5年かけて完成にこぎ着けた。提供を始めてみると世間の反応は上々で、毎年右肩上がりに契約者数を伸ばし、年に5000件の新規契約を得る年もあったそうだ。

 しかし、東日本大震災を機に契約数は下降線をたどるようになる。
 「震災を機に親御さんと同居する人が急増したことで、解約が相次ぎました。その後は微減傾向が続いています」(樋川さん)

 日本は2007年に高齢者率21%超えの超高齢社会に突入し、2001年に320万弱だった65歳以上の単身世帯は2019年に700万世帯を突破した。見守り需要は着実に高まっている。しかし、市場が拡大したことで競争が激化。みまもりほっとラインも厳しい戦いを強いられている。

 2023年5月に提供開始以来の大規模なリニューアルを実施するが、そこには現況を打破する狙いが込められている様子だ。

最大100台のiポットを一元管理できる仕様に

 今回のリニューアルには、主に2つの柱がある。

 1つは、見守りに関わる人のつながりを広げやすくしたところだ。

 これまでは、1人暮らしのiポット利用者を別の世帯で暮らす家族が見守るという、1対1のつながりを基本としていた。1件あたり月額110円でメールの送信先を増やすオプションも用意していたが、前提としていた見守る側は1人だった。また、1人が複数世帯を見守る場合、その1人が個別に契約し、別々に届くメールもそれぞれチェックする必要があるなど、管理が煩雑になる問題を抱えてもいた。

 そこでリニューアル後は、標準でメールの送信先を最大3件まで指定可能にした。例えば、子世代の兄弟2人とケアマネジャーさんが同じメールを受け取るようにして、チームで見守るといったことがスムーズにこなせるようになる。

 見守る側の管理機能も大幅に強化している。契約者の専用サイトにログインすれば、複数の見守り先の状況を一元管理できるようになった。標準仕様で最大100世帯まで管理可能なので、集合住宅や町内ぐるみで安否確認に利用することも現実的だ。

 「給湯で安否確認できるということは、ある程度自立して1人暮らしできている方が対象になります。そうした方々が安心して暮らせる町作りのお役に立てるのではないかと考えました。戸建てや集合住宅に加えて、多様な形でお使いいただければと」(樋川さん)

 個々の見守りも、町ぐるみの見守りもカバーできるようになったわけで、この強化が「東京ケアウィーク'23」の出展区分にも表れていた。同社はライバルがひしめく「見守りシステム」エリアではなく、「超高齢社会のまちづくり展」エリアにブースを構えていた。

空だきのログも見守り側が受け取れるように

 もう1つの柱は、使用状況のログの多様化だ。
 iポットには「沸かす」「給湯」「ロック解除」などの他に、「おでかけ」ボタンもついている。これは買い物などの外出によってポットを使わない時間が長くなっても異常とみなさないためのボタンで、外出時に押すと「外出」、帰宅時にもう一度同じボタンを押すか、給湯などの何かの操作をすると「帰宅」とメールされる。

 このボタンを押さずに長時間未操作(設定によって24時間/36時間)が続いた場合も、通知する設定が選べるようになる。

 加えて、空だきが発生した場合もログが残るようになる。長らく普通に使っていた人が空だきを頻発するようになったら、心身に何かしらの変化が生じているかもしれない。そうした兆しに気づくアンテナを増やすためのアップデートといえるだろう。

 さらに2025年頃には、より詳細なログを取る機能も計画しているという。

 「例えば、ロック解除ボタンと給湯ボタンを押すまでの時間を記録ということも考えています。いつもの動作に時間がかかったり、別のボタンを押してしまったりしたら何かしらの変化が起きている可能性がありますよね。まだ変化が小さい頃に気づくことができたら、そこから打てる手も増えると思うんですよ」(樋川さん)

 直近の目標もこの年に照準を合わせている。かつての最盛期と同じ年間5000件の新規契約を達成することを目指す。

 2025年は、団塊の世代の人たちが全員後期高齢者となる年でもある。20年超の積み重ねと時代にあわせたリニューアルで、超高齢社会の健康な暮らしを支えてほしい。