IoT電球を起点にしたヤマト運輸の見守りサービスとSORACOM
2023年03月09日週刊アスキー
IoT電球「ハローライト」を見守りデバイスとして用いたヤマト運輸の「クロネコ見守りサービス ハローライト訪問プラン」。独居高齢者世帯の増加や、地域コミュニティの希薄化などの社会課題に対して、ヤマト運輸がIoT電球をどのようにサービスに組み込んだのか? ヤマト運輸とハローライトに話を聞いた。
デバイス設置や代理訪問含めて月額1078円のまったく新しい見守りサービス
「クロネコ見守りサービス ハローライト訪問プラン」は、ヤマト運輸が手がける見守りサービス。おもに離れて暮らす家族による高齢者の見守りを想定している。SORACOMを使った通信機能を持つIoT電球「ハローライト」をトイレや廊下などに設置し、電球のオン/オフが24時間確認できない場合に異常を検知。事前に登録した宛先にメール通知してくれる。家族の依頼に応じて、ヤマト運輸のスタッフが設置先に代理訪問することも可能だ。
このサービスは、IoT電球の設置から代理訪問まで、すべてヤマト運輸のスタッフが行なう。電球を設置するだけでなく、異常検知時に家族が設置先の家族と連絡が取れなかったり、訪問できない場合は、ネコサポサービスセンターに依頼すると、設置先の最寄りのヤマト運輸の営業所のスタッフが代理訪問して状況を確認してくれる。普段、地域に密着して事業を行なうヤマト運輸のスタッフが担当するため、安心感や信頼性は高い。
なにより、月額1078円(税込)で利用できるという点が大きなメリットの一つだ。多くの見守りサービスは、デバイスの初期費用や、別途訪問の費用がかかることが多いが、「クロネコ見守りサービス ハローライト訪問プラン」は初期費用や代理訪問までを含んだ同社初 のサブスクリプションサービスになる。
ヤマト運輸は、これまでも社会課題の解決や生活支援に関するサービスを展開してきた。クロネコ見守りサービスを担当するヤマト運輸 地域共創部の神地秀樹氏は、「当社は宅急便を主軸に地域のお客さまに支えていただき、ともに成長してきました。そのため、ヤマトグループの強みを活かし、地域に貢献できるサービスを開発したいと思っていました」と語る。
「クロネコ見守りサービス ハローライト訪問プラン」は、独居高齢者世帯の増加や、地域コミュニティ希薄化などの課題解決に向け、ヤマト運輸の経営資源を活かして何かできないかという発想から生まれたサービスだ。「実はこれまでも現場のセールスドライバーが、高齢のお客さまに寄り添ったサービスの提供を行ってきました。たとえば高齢のお客さまで、重い荷物の移動が難しければ、宅急便をご自宅内の指定の場所に置くなど、日々高齢の方とコミュニケーションをとること自体が見守りにもつながっていました。こうした取り組みを、サービスとして持続的に提供できないかと考えて生まれたのが、クロネコ見守りサービスです」と神地氏は語る。
ユーザー宅の異常を検知するIoT電球「ハローライト」
「クロネコ見守りサービス ハローライト訪問プラン」は、2020年に東京都多摩市で実証実験としてスタートした。サービス立ち上げに関わった川野智之氏は、東京の多摩市を管轄する マネージャーとして、高齢者の見守りなどのサービス開発に取り組んでいた。
見守りサービスを全国で実現するにあたり、ヤマトグループの経営資源を活用すれば、オペレーション部分はある程度カバーできる。「当社には、全国に約3400カ所の営業所、21万人の社員がいます。そして、日々宅急便のお届けでお客さまの自宅に訪問しているため、新たに組織やオペレーションを構築する必要はありませんでした」と川野氏は語る。あとはサービス化するにあたり、生活に馴染み、かつ効率的に異常を検知するデバイスが必要だった。
サービスを企画していた2019年当時、見守りのデバイスとして、カメラやセンサーなどが数多く市販され、それらを用いた見守りサービスの市場も生まれつつあった。しかし、「誰がデバイスを取り付けるのか」「アラートが鳴ったときに誰が見にいくのか」という問題で行き詰まってしまう企業が多かったという。ヤマト運輸においても既存の事業を継続しながら、新たにサービスとして提供するには、現場の業務負荷も考える必要があった。
こうした課題を解決するためのデバイスが、IoT電球の「ハローライト」だ。
SORACOMがなければハローライトはできなかった
ハローライトは、創業者でハローライト代表取締役の鳥居暁氏が介護分野での見守りサービスを模索する中、「自然な見守り」を実現するためのデバイスとして行き着いた、通信機能を持つIoT電球。鳥居氏は、「ソケットから給電するので、電気工事や電源の手配が必要ないのが、唯一無二の特徴です」とアピールする。
ハローライトの原型が生まれたのは2015年にさかのぼる。当初作っていたIoT電球はBluetooth経由でスマートフォンをゲートウェイとしてインターネットに接続していた。デバイスが2つ必要で、通信料も高かったため、ベストなソリューションではなかったが、介護事業者との実証実験では「シンプルでわかりやすい」という評価が得られたという。「部屋の風景も変わらないし、電球がついているときに誰かが見守ってくれているということを、お年寄りが理解してもらいやすかった」と鳥居氏は振り返る。
一方で、大変だったのが通信の部分だ。スマホを使ったり、ゲートウェイデバイスを使ったり、さまざまな試行錯誤を重ねてきたが、通信料が高いという課題は解消できなかった。しかし、安価なIoT向け通信サービスであるSORACOMと出会ったことで、その悩みが解消する。「ボタンを押せば注文ができるというSORACOM IoT Buttonを見たとき、これはハローライトに使えるのでは?と直感しました」と鳥居氏は振り返る。
クラウドファウンディングによって、2019年5月にSORACOMを組み込んだハローライトが正式リリース。電源のオンオフを検知して、通知するという非常にシンプルな仕組みだ。鳥居氏は、「SORACOMがなければハローライトはできなかった。ソラコムにはいつも感謝しています」と語る。
製品のリリースにあわせて法人化も実現し、不動産会社などの見守りサービスでもハローライトが利用されるようになったという。「SORACOMはWeb画面も、APIも非常に使いやすい。開発側もSORACOM以外は使いたくないという雰囲気があります」と鳥居氏は高く評価する。
コロナ禍で拡大する見守りサービス その追い風に乗る
ハローライトをリリースしてから約半年後の2019年12月、Webサイトからの問い合わせを受けた鳥居氏は、ヤマト運輸の川野氏と初めてミーティングを持った。見守りサービスの構想を聞いた鳥居氏は、「いつも荷物を運んできてくれる顔見知りのヤマト運輸の社員であれば、住民の方も受け入れやすいと思いました」と振り返る。
一方、川野氏は「シンプルで理解しやすく、電球を取り付けるだけなのですぐに導入でき、生活に溶け込みやすい。そんなハローライトに、当社の物流ネットワークを組み合わせれば、良いサービスが作れるのではと思いました」と振り返る。
こうして生まれた「クロネコ見守りサービス ハローライト訪問プラン」。当初は電球をお届けするだけでいいのでは?という声があったが、電球の取り付けもヤマト運輸で行なうことになった。「高齢者が自分で高い位置の電球を取り換えるという行為は危険が伴います。またご家族に電球を送ったとしても、なかなか設置に行けない場合もあります。当社の社員がお届けし、設置まで行うことでより安心していただけるのではと考えました」(川野氏)。
翌2020年6月に多摩市で実証実験を開始。「サービスの全国拡大を視野に入れて、無理なくオペレーションできるのか、そもそもお客さまに受け入れてもらえるのかを検証しました」(川野氏)。また、可能な限り現場に負荷のないオペレーションを目指し、社内理解も得られるようにした。
実証実験では、お客さまの反応も良好。サービスへのニーズも実証できたので、2021年2月からサービスの対象地域を全国に拡大。川野氏は、「見守りサービスの市場は以前からありましたが、コロナ禍で親元に行きづらくなり、改めて注目が集まりました。サービスをリリースするタイミングとしてもよかったと思います」と振り返る。
サービス開始から1年 自治体の導入も増える
サービスの全国展開から1年が経ったが、利用しているユーザーは40~60代が多い。離れた場所でも高齢な親を見守りたいというニーズが7割を占めているという。「介護の前段階で高齢の親が心配になり、始めたという方が多いです」(川野氏)。
一言で高齢者の見守りといっても、利用者のニーズはさまざまだ。その点、警備会社が提供するかけつけサービスとは立ち位置が異なるという。「警備業法に定められたサービスは命を救うことができるのに対し、当社のサービスはあくまでご家族の代わりの代理訪問のため、状況確認までしかできません。ただし、ご家族の依頼で救急に連絡することもあり、実際に設置先で親が倒れていて、救急車で搬送されたという事例もありました」(川野氏)という。
高齢者問題に課題を抱える自治体からも声がかかるようになった。「自治体としても高齢者の見守りは重要な位置づけです。ただ、自治体だけで対応するのは難しい。民間企業と連携し、安心できる安価なサービスを導入したいという声が増えてきました」と川野氏は語る。
2022年度は、すでに18の自治体で導入されている。自治体が住民に対して、高齢者見守り事業としてサービスを提供している。「予算の限られた自治体にとっては、代理訪問まで含めて月額1078円というお手頃な価格帯に好評いただいています」(川野氏)。今後は全国に拡げていく見込みだ。
「困ったらヤマトに相談する」というポジションを目指す
直近の課題はサービスの認知度だ。取材時ではちょうど「新規お申し込み3カ月無料キャンペーン」を始めたばかりだが、プロモーションの効果もあり、申し込みの件数が増えているという。「サービスを知っていただければ、よさは分かっていただける。年末年始などに実家に帰省したら、両親が思いのほか歳をとっていたと実感される方は多いと思います。そんな方々に、そういえばヤマト運輸が見守りサービスをやっていたなと思い出してもらえるようにしたいです」(神地氏)。
ヤマト運輸の見守りサービスというと意外だと感じる読者は多いかもしれないが、ヤマト運輸はさまざまな事業を展開している。神地氏は、「ヤマト運輸というと宅急便のイメージが強いかもしれませんが、お客さまのニーズに合わせてヤマトグループの経営資源を活用したさまざまな事業を展開しています。今後も、お客さまのニーズに合わせたサービス提供をしていきたいです」と語る。
「見守りデバイスと物流ネットワークを組み合わせたヤマトの強みを活かしたサービス。今後は高齢者だけでなく、さまざまな見守りのニーズに答えていきたいと思っています。最終的には、地域の方々がなにか困ったらヤマト運輸に相談してみようと思っていただけるサービスを開発・提供することを目指しています」(神地氏)