医師たちが見た “スマートウォッチの中身”
2023年02月27日NHK兵庫
幅広い世代で見かけるようになった腕時計型の情報端末、スマートウォッチ。時間を確認するだけのために装着している、という人は少ないのではないでしょうか。
2021年度の販売台数は300万台を超え、5年間で3倍に増加したとの推計もあります。いまでは、心拍数や血中酸素飽和度など、人の体の状態を計測できるものも登場し、その種類も様々です。
こうしたデータをもとに、死後、長期間たっている遺体の死亡日時を割り出したケースも。ある警察幹部は「異例だ」といいます。
活用が広がる現場を取材しました。
行方不明から1か月 運び込まれた遺体
犯罪や事故などに巻き込まれた遺体の鑑定や死因の究明にあたる神戸大学の法医学教室では、多いときには毎月50件の解剖を受け入れています。
ある日、運び込まれたのは、亡くなってからしばらくが経過したとみられる30代の男性の遺体です。職場に向かうために自宅を出たあと行方が分からなくなっていましたが、およそ1か月後、自宅から離れた兵庫県内にある駐車場の車の中で発見されました。
そこで、警察署長の判断で死因などを調べる「調査法解剖」が行われました。
“死亡日時” 特定は困難
このケースでは、死亡時の詳しい状況は分かっていませんでした。解剖する上で重要な1つは、いつ亡くなったのか。
死亡日時を調べる場合、発見された現場周辺の防犯カメラや、使用していた携帯電話の操作記録などの情報をもとに割り出していきます。
しかし亡くなって長期間がたち、損傷が激しい遺体の場合、解剖結果のみから死亡日時を詳細に特定することは極めて難しいのが実情だといいます。
担当した高橋医師
「亡くなってから1か月以上がたっているケースでは、『○時○分頃に亡くなったと思われます』と判断できることはほとんどありません。ただ、解剖を行う側としては、いつ亡くなったのか、なぜ亡くなったのか、どういった状況で亡くなったのかが不明なままでは先に進めないのです」
スマートウォッチで特定?
こうした中、注目したのが男性が腕に装着していたスマートウォッチでした。
心拍数や血中酸素飽和度を自動的に計測する機能が搭載されていました。
遺族の協力を得てデータを解析した結果、1分間に54回の心拍数が午前7時40分ごろに記録されていたのを最後にデータが途絶えていました。さらに血中酸素飽和度も、ほぼ同じ時刻に87%を記録したのが最後でした。
その結果、遺体の状況や生前の目撃情報などとの整合性も踏まえ、死亡時刻はスマートウォッチに最後の記録が残っていた午前7時40分ごろと判断されたのです。
また、遺体の状況などから事件性も確認されませんでした。
年々進化するスマートウォッチの機能。
ある警察幹部は、死亡日時を割り出すのにスマートウォッチが活用されるケースは異例だといいます。
警察幹部
「スマートウォッチで計測された情報は、死亡時の状況を調べる上で有力な手がかりになると思います。今回は珍しいケースですが、ほかの情報も含め総合的に判断されたものです。特に、事件の場合は、計測されたデータが都合よく利用される可能性もあるため、ほかの情報などとも突き合わせて慎重に判断していくことになります」
高橋医師は、死亡時のより正確な状況を明らかにするため、課題を洗い出した上で今後も活用の可能性を検討したいと考えています。
高橋医師
「最近では心電図などを記録できるスマートウォッチも登場していて、データを活用することで、亡くなる直前、どのような心臓の状態だったのかといったことまでも分かるかもしれません。正確な情報は残される人にとっても精神的な不安を和らげることにもつながります。解剖は「最後の医療」とも言われています。できるだけ正確な死亡日時や死因など当時の状況を明らかにしていきたいです」
利用者は増えると推計
新型コロナの感染拡大で病気の予防や健康意識が高まるなか、心拍数や血中酸素飽和度を計測できる機能を搭載したスマートウォッチは、幅広い世代で普及しています。
民間の調査会社、MM総研によりますと、スマートウォッチの国内の販売台数は、2021年度の1年間におよそ343万台。2020年度に比べて、およそ49.6%増加し、2026年度には639万台に拡大すると予測しています。
拡大が見込まれる背景には、スマートウォッチで心拍数や血中酸素飽和度の測定のほか、心電図やカロリーの消費量など健康管理に関わるデータを記録できるため、医療や日々の体調管理など幅広い分野への活用が期待されていることがあります。
医療現場でも活用広がる
中には計測した情報をもとに、病気の危険性があれば警告が表示される機種もあります。
岐阜県にある中部国際医療センターでは、去年、スマートウォッチで心拍の異常を把握した人などを対象にした専門外来を新たに設けました。
担当するのは、不整脈治療の専門医で循環器内科の中島孝医師です。今後、普及に伴って、こうした専門外来の需要は高まると考えています。
中島医師
「いまスマートウォッチを身につけている人は比較的若い人が多いですが、その世代がこれから年齢を重ねていくにつれて健康上のリスクも増えます。また、健康管理を目的に高齢者の間でも普及が広がることも考えられます。今後、スマートウォッチで計測した情報に危機感を感じて病院を訪れる患者は増えるのではないかと見ています」
医師 “病気の兆候察知し早期治療へ”
専門外来を設置したきっかけの1つは、スマートウォッチで病気の危険性を知らせる警告を見て受診する人が相次いだことです。
岐阜県内に住む稲見浩さん(57)も、スマートウォッチの情報をきっかけにこの病院を訪れた1人です。おととし、稲見さんはスマートウォッチに搭載された心電図のアプリを見て驚きました。
そこには不整脈の一種で心臓の一部がけいれんする病気「心房細動」という警告が表示されていたのです。
稲見浩さん
「数年前に狭心症を患ってから心臓のことが気になっていたのでスマートウォッチを購入しました。息切れしたりとか、苦しく感じたりしたときに自分で心電図を測定していました。警告が表示された時は、かなり脈拍が上がって、座っているだけでも言葉を発することができない状態でした」
すぐに病院に向かい、精密検査を受けたところ、改めて「心房細動」と診断されました。医師によりますと、そのまま放置していれば心不全や脳梗塞となるリスクもあったということです。
その後、稲見さんは手術を受け、容体は落ち着いているということで、今では、定期的にチェックすることが習慣になったということです。
中島医師はスマートウォッチの登場によって、個人でもストレスなく心電図のデータなどを記録できる時代になったといいます。
中島医師
「これまでは、何か症状が出てから病院を受診して、その後、検査をして初めて詳細が分かるという流れでした。しかし、スマートウォッチは、日常的に装着しているものです。何か異常を感じた時に患者自身の判断で計測できるため、病気の兆候をいち早く察知し、早期の治療につなげることも期待できると考えています」
高齢化社会で “活用の幅広がる”
新たな可能性を示すスマートウオッチ。
活用の幅が社会で広がりを見せるなか、身につける人の「見守り」につなげることも重要だと専門家は指摘します。
日本法医学会理事長/福岡大学医学部 久保真一教授
「工場や工事現場などで働く作業員の安全を、スマートウォッチによって見守ることで重大な労災事故を未然に防ぐことが可能になるかもしれません。また、これからますます核家族が増えるとともに高齢化も加速し、まわりに気付かれずに亡くなる、いわゆる『孤立死』のケースが増加するおそれもあります。検知した体調の異変を、遠く離れて暮らす家族や、かかりつけの医師に知らせるなどの取り組みが今後さらに広がることも期待したいです」
個人情報の行方は…
一方で、スマートウォッチで計測されたデータは個人情報です。
計測した健康に関する情報を医療機関などと共有しやくするための仕組みについて、いま、官民での検討が進められています。
自分の健康を守るため。そして、家族の健康を見守るためにどう活用するべきか。スマートウォッチの機能が飛躍的に向上する中、そのデータの扱い方も課題になりそうです。