亡くなった父親を息子たちがたらい回し。孤独死した老人の救いとは おひとりさまの終活 3
2021年11月04日現代ビジネス
離婚や生涯独身など、様々な理由から「おひとりさま」になっている高齢者がいる中、現代の超高齢社会では、孤独死するケースも後を絶たない。悲しいエンディングにならないために、今からできることとはなんだろうか?「家族に頼らないおひとりさまの終活」(ビジネス教育出版社)では、明日は我が身と身近に感じるリアルな事件をもとに解決策を紹介している。離婚歴のある70代男性の孤独死、どのような結末を迎えたのだろうか。
誰にでも可能性のある孤独死
栃木県在住、70歳代後半のKさんは、独身で友だち付き合いも活発で、県内のスキー場近くに小さな別荘を持ち、冬になるとその別荘を利用して仲間たちとスキー三昧の生活を送っていました。ところが、そんな活動的だったKさんが、ある年のまだ残暑厳しい9月、自宅マンションで亡くなっているところが発見されたのです。同じ階の住民から「異臭がする」と訴えがあったことから、発覚しました。
冬場であれば、スキー仲間がもう少し早く異変に気づいたでしょうに、自宅から警察署に運ばれたご遺体の本人確認は、猛暑の時期に長い間発見されなかったことから、DNA鑑定によるものだったそうです。死体検案書の死亡日時は、「令和○○年7月20日から30日までの間頃」と書かれていました。死亡日時にこんな記載もあるのです。
警察での死体検案となると、警察が親族探しをします。その結果、Kさんには2回の離婚歴があり、前妻との間に1人、後妻との間にも1人と、2人の息子さんがいることがわかりました。警察はそれぞれの息子さんに連絡し、ご遺体の引取りを要請しましたが、どちらの息子さんにも断られてしまいました。
こんな場合に、血がつながっているからと言って、どちらかの息子にKさんのご遺体を強制的に引取らせるというわけにもいかないでしょう。「孤独死」の場合、必ず警察による死体検案と親族探しが行われますので「親族に迷惑はかけない」と心に決めていたとしても、子どもだけでなく兄弟姉妹や甥姪などがいれば、そうした親族に警察から「孤独死」の第一報が入ります。たとえそうなったとしても、その後のことを親族に頼らずに済む、迷惑をかけずに済むためには、どうしておけばよいのでしょう。
日常的に起こっている孤独死の現状
ひとり暮らしの人が自宅で急に亡くなっているいわゆる「孤独死」と言われるケースは、日常茶飯事で起こっているのが実際です。人は必ず死ぬのですから、それがたまたま自宅にひとりでいるときだったというだけで、なぜ「孤独死」という名称で、しかも「可哀そう」という憐みを持って語られるのでしょうか。自宅にひとりでいるときに亡くなることは、決して可哀そうなことでも哀れなことでもありません。問題は、自宅で亡くなったところを、すぐに見つけてくれる人がいないというところにあるのです。
Kさんに関しては、ご自分が家族との確執があったことを自覚しており、元気なときに「尊厳信託」の契約を済ませていたため、結果として、亡くなった後の事務のことで何十年も音信不通だった息子さんたちに迷惑をかけることにはなりませんでした。
もちろん「尊厳信託」の契約を引き受けた団体は、契約者の生活を365日24時間見守ることができるわけではないので、ひとり暮らしの人が自宅で倒れたり亡くなったりしたときに、できるだけ早期に発見できるような手立ては考えています。
その一つが、警備保障会社との提携です。通常は防犯への備えとして、留守宅に誰かが侵入しようとするとセンサーが察知して通報されるという仕組みですが、孤独死対策としてはその逆転の発想で、在宅モードになっているのにトイレの前を10時間以上通らなかったら報される……といった仕組みとなっています。
こうした生活リズムセンサーを導入していれば、Kさんも亡くなった翌日には発見できたかもしれません。しかし、「監視されているのが嫌だ」という理由で、Kさんは頑なに生活リズムセンサーの導入を拒んでいました。
「個の時代」の墓、葬儀、遺骨の引き取り問題
これまでの人生で起こったことについては、本当にその人それぞれであり、家族との関係も当事者でないとわからないことだらけです。今は「個の時代」と言われるくらいですから、「家族だから、葬儀を出さなければならない」「家族だから、お墓を手配しなければならない」という呪縛からは、もう解き放たれてもよいと思います。Kさんの息子さんたちも、実の親の遺骨の引取りを拒否したことを、決して責められるべきではないでしょう。
それでも自分は、やはり愛する家族のために葬儀を出してやりたい、大事な家族が眠るお墓を守っていきたいと考える人は、そうやっていけばよいのです。これまでの家族が大前提であった「エンディング期」の原則を改めて、多様化したいろいろな価値観や考え方を認めていくべき時代が到来しているといえるのでしょう。
自分のことを救うことができるのは自分なのかもしれない
高齢期になってから仲間たちと趣味三昧の楽しい人生を過ごしていても、最期に連絡がいくのは家族。しかし、生前から別れた家族に頼らないと決めていたKさんは、尊厳信託の契約をしていたおかげで、他人同然だった子どもたちに迷惑をかけることがなかったのだ。自分のライフスタイルに合わせた終活をしておくことで、家族はもちろん、自分にとってもベストな最期を迎えることができる、ということをKさんのケースから学んだ。