過疎地医療、DXで支えろ 岩手・八幡平で産官学実験

2021年10月05日日経新聞


岩手県八幡平市で産官学が連携して過疎地の医療を支えるデジタルトランスフォーメーション(DX)の実証実験を進めている。腕時計型端末を使った高齢者の見守りのほか、遠隔診療やドローンによる薬の配送、脳血管疾患などの発症リスク予測に今後取り組む予定で、医師不足に悩む地域の課題解決策を探る。

実証実験は5年間の予定で、今夏に設立した産官学連携組織「八幡平市メディティックバレーコンソーシアム」が実施。同市とソフトウエア開発の「AP TECH」など市内のスタートアップ3社や、杏林大医学部の長島文夫教授ら計6者が参加している。

実験ではAP TECHが開発したサービス「ハチ」を利用。高齢者に腕時計型端末「アップルウオッチ」を装着してもらい、血圧や心拍変動、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)などの生体データを収集する。医師はデータを見ながらタブレット端末などのビデオ通話で診察する。

初年度となる2021年度は、八幡平市立病院から約50キロメートル離れた山間部にある田山診療所の患者10人を対象とする。診療所は昨年夏から常勤医が不在となり、市立病院の望月泉統括院長ら医師3人が1時間から1時間半かけて通って診察を続けている。

冬場は雪などで視界がきかず、診療所に行けなくなる日もあるため、今冬から同診療所と市立病院をネットで結んで遠隔診療を導入する予定。9月下旬にリハーサルを行い、ビデオ通話による診察の手順や通信回線の状況を確認した。

望月統括院長は「オンラインなら天候に左右されずに診察できる。画面越しになるが、ハチで収集した患者の1日の生体データの変動などが参考になる」と期待する。

実証実験は来年度に対象を3地区50人に増やし、23年度以降は市内全域の500人規模まで拡大する計画。診察後に処方する薬の配送もドローンを活用する。AP TECHの大西一朗社長は「宅配業者の人手不足の影響で住民の少ない山間部に薬などの小口の荷物を送ることが難しくなっている」と指摘する。

ただ、通常のドローンは携帯電話の電波が届きにくい山間部では制御するのが難しい。そこで同社は「LPWA」と呼ばれる省電力・広域無線通信に着目。昨年秋に市内の山林でドローンの飛行実験を行い、携帯の電波が届かない場所でも制御できることを確認した。

さらに人工知能(AI)による脳血管疾患や心虚血性疾患などの予測にも取り組む。まず脳卒中の死亡率が高い岩手県と、岩手より低い地方の計2500人を対象に脳卒中の危険因子である心房細動の有無や室内外の気温差など、予測に必要な生体・環境データを収集する。

実際に発症した人と、しなかった人のデータをAIで解析。例えば「半年後に30%の確率で脳梗塞を発症」などとリスクを数値化して注意を呼びかけ、予防や早期発見に役立ててもらう。

岩手県は、医師の充足度の目安となる厚生労働省の「医師偏在指標」が172.7と全国平均(239.8)を大幅に下回り、47都道府県で最下位。大西社長は「岩手でまず都市部との医療格差を縮めるDXのモデルづくりを産官学で目指す。将来は医療以外にも応用し、地域活性化につなげたい」と話している。