孫世代がシニアの暮らしの相棒に、“孫オンデマンドサービス”「もっとメイト」運営が6000万円調達

2021年08月04日DIAMOND SIGNAL


サービス上でマッチングした孫世代の若者を派遣し、シニア層の暮らしをサポートする──2017年に事業を開始した米国のPapaは“孫オンデマンドサービス”という切り口で、急速に拡大してきた。

2021年4月には著名投資家などから新たに6000万ドルを調達。米TechCrunchによると2021年初旬時点で前年比600%の成長を遂げており、「AgeTech(高齢者×テクノロジー)」領域の中でも注目株の1つとなっている。

このPapaと近しいモデルの事業を日本で広げていこうとしているのがMIHARUだ。同社では若い世代のスタッフが定期的にシニア宅を訪問し、“相棒”として生活に寄り添うサービス「もっとメイト」を昨年8月から運営してきた。

サポートの中心は、シニア世代のユーザーからニーズの高いスマートフォンやパソコンの使い方などデジタル関連の相談ごと。1時間あたり5000円から利用でき、スキルや経験などに応じてそのうちの30〜40%がスタッフに分配される仕組みだ。

ローンチからの約1年は関東圏のシニアから100件以上の問い合わせを受ける中で、数十人のユーザーにサービスを提供しながらニーズの検証とサービス内容の改善を進めてきた。

今後はそこで得られた知見を基にスタッフの採用や育成、CRMツールの開発などを通じて事業を加速させていく計画だ。その資金としてMIHARUでは複数のVCおよび個人投資家を引受先とする第三者割当増資により、6000万円を調達した。

原体験となった尊敬する祖母の変化

MIHARUは2020年の1月に代表取締役を務める赤木円香氏が創業したスタートアップだ。

赤木氏は高校生の時に起業家を志し、慶應義塾大学の総合政策学部に進学。20歳の時にマナーの研修講師を務めていた母と人材コンサルティング会社を立ち上げ、研修内容の企画や営業を担ったほか、IT企業でメディア運用やウェブ広告の業務などに携わりながら起業のテーマを探していたという。

その後新卒で入社した味の素を2年で退職し、満を持して立ち上げたのがMIHARUだ。

MIHARUを立ち上げた背景には、赤木氏が幼少期から一緒に過ごす時間の長かった祖母の存在があるという。同氏の祖母はミス福島に輝いたこともあり、家族の中でも明るくチャーミングな存在だったそう。そんな祖母が87歳で圧迫骨折を経験したことを機に、時々弱音を漏らすようになった。

「今までは『おばあちゃん、誕生日おめでとう』と言っても『おばあちゃんって言わないで』と返されていたのに、(骨折後には)『本当におばあさんになっちゃったみたい』と言われてハッとしたんです」

「ある時は『本当は美術館に行きたいけれど、時間をかけて館内を歩き回ることはできないし、家族に頼むのも(本当は好きではないかもしれないので)気が引ける』という話を聞きました。私自身はいつでもウェルカムだった一方、フルタイムで仕事をしているのでなかなか時間を取れない状態で。徐々に、祖母が幸せじゃなくなってきていると感じるようになりました」(赤木氏)

そこで赤木氏はヘルパーを派遣してくれるサービスを活用すれば、祖母の生活を手助けしてもらえると考えた。ところが、それを知った祖母からは猛反発を喰らったのだという。

「病気でもなければ介護も必要としていないし、身の回りのことは全て自分でできている。『なのになぜ勝手にそのようなサービスを依頼したのか』と怒られて、本当に申し訳ないことをしてしまったと反省しました。同時に(シニア世代の人たちは)社会や家族の荷物になりたくないという考えがあり、家族から専門職の人材をアサインされるのが一番傷付くのだなと痛感したんです」(赤木氏)

とはいえ以前と比べて祖母が元気を無くしていることも明らかだったことから、介護以外の部分でサポートできる可能性はないか。「専門服を着ているエキスパートの人とは異なる、別の人の力が必要」だと考えたことが、もっとメイトのアイデアに行き着くきっかけにもなったという。

孫世代がシニアの“相棒”として暮らしをサポート

大まかな事業領域を決めた後、赤木氏はルノアールや成城石井の近くなどでシニア世代に声をかけ、約100人にヒアリングを実施した。そこでわかったのは、QOLの高いシニアは「健康」「経済力」「居場所」「自尊心」の4つが充足していることだ。

中でも居場所と自尊心に関しては、人によって大きなギャップがあり、「自尊心や居場所をキープできるようなサービスを作ること」が高齢化社会のAgeWell(より良く歳を重ねること)や健康寿命の伸長にもつながると考えた。

「シニアになるに連れてできなくなることが増える反面、仕事から離れることなどによって自尊心をキープすることも難しくなります。それを解決するには、年齢を問わず希望や願望を叶えられる経験をどれだけできるかが大切で、その体験に一緒に寄り添ってくれる相棒のような存在が必要だと思いました」

「すでに要介護や終末期医療の段階については、超高齢化社会の中で徐々にサポート環境が整ってきています。一方でその前段階であるフレイルと呼ばれる層や、さらにその前段階のシニア世代に対してのサポートは十分ではありません。私たちはその人たちに寄り添い、最も信頼される伴走者を目指していきます」(赤木氏)

そのような考えからスタートしたもっとメイトでは、シニアの自宅にスタッフが定期的に訪れ、日々の暮らしに伴走する。赤木氏によるとPapaの場合は病院などへの送迎サポートが主要なユースケースとなっているが、もっとメイトの場合はスマホやパソコンに関するデジタル支援が中心だ。

デジタルに関する支援は特に需要が大きかったため、この1年ほどは「出張スマートフォン個別講座」のような形で切り口を絞って訴求してきた。実際にシニア世代の中には携帯ショップのサポートでは挫折してしまったという人も少なくなく、完全個別・電話相談OKという仕組みが受け入れられたのだという。

「詐欺のような電話がかかってくる人たちもいて、固定電話の着信拒否の設定をしてあげるだけでも、ものすごく喜ばれます。最初は簡単な操作の説明などから始めて、使わないのに定額を支払っているアプリの削除方法をレクチャーしたり、Youtubeを使うことで大好きな『さだまさし』さんの楽曲が聞けることを教えてあげたりなど、信頼関係を築きながら提案の内容を広げていきます。(ユーザーも)できることが増えることで自尊心が上がるし、友達に自慢できることも増えるんです」(赤木氏)

この事業をスケールさせていく上ではスタッフの採用と育成が重要なカギを握るが、その点については赤木氏が人材コンサルティング会社時代に培った研修ノウハウが活用でき、今のところはうまく機能しているそう。

実際にスタッフとユーザーが仲良くなった結果、一緒に釣りを行ったり、書道を習ったりといった形でサービスの使われ方もかなり拡張してきているという。

「お客様からは『できの良い孫のような存在ができた』『年齢を忘れて楽しく話せる』といった声を頂く機会も増えました。ヒアリングを通じて新しい社会的意義に気づくこともあり、(もっとメイトを通じて)世代を超えた交流を創造することにより、年齢にとらわれない新しい高齢化社会を実現していきたいという気持ちも強くなりました」(赤木氏)

プロダクトの性質上、ユーザーを騙す目的で悪意を持った人間がスタッフに紛れ込む可能性もあるが、それについても対策を講じていく方針。一例をあげると初回は必ず2名体制でユーザー宅を訪問してサービス説明を実施し、ユーザーを含めた3人のLINEグループを作成した上で日々のやり取りはそこで行う形を採る。

また初回以外にも定期的に専任以外のスタッフが同行(スタッフは経験などに応じてレベルが上がっていく仕組みで、最上位レベルのスタッフが同行)するほか、ユーザーに定期的に電話をして困りごとや疑問点をヒアリングしているそう。スタッフの採用においても面接とロープレテストを実施し、合格したメンバーのみが登録できるようにした。

AgeTech企業への進化見据え、CRMなどテクノロジーにも投資

日本ではもっとメイトのようなサービスで広く普及しているものがまだないため、この1年は「どのような形であればシニア世代のユーザーに受け入れてもらえるか」を時間をかけて検証してきた。

介護や見守りの側面が強くなりすぎると抵抗を示す人も多い。一方でサービスの認知度の低い段階で「何でもできます」と言っても、かえって何ができるのか用途がわかりづらかったり、中には怪しいと感じてしまったりする人もいる。

だからこそ“とっかかり”が必要で、それを模索した結果がスマホ出張サービスのようなデジタル支援だった。ただサービスをしばらく続けているうちに、継続して利用してくれるユーザーとそうでないユーザーの違いも見えてきたという。

訴求方法やサービスの見せ方については今後も検証を続けていくが、たとえばスマホの使い方ではなく「語学学習」などが入り口になったとしても成立しうると考えているそう。だからこそ趣味やバックグラウンドなども含めて「相性の良いスタッフ」をマッチングする仕組みが重要になる。

赤木氏が「ハートフルなお付き合いの裏側でテクノロジーをゴリゴリに活用するAgeTech企業を目指していきたい」と話すように、今後は独自のCRMの開発やテクノロジーへの投資を進めていく計画だ。

中長期的にはもっとメイトの提供を通じて蓄積されたデータやインサイトを活用して他の事業にも挑戦していく方針。シニアの家に上がり、関係性を構築しているからこそ「(ユーザーが)どんな銘柄のビールが好きか」といったように、他の企業がなかなか知り得ない情報もMIHARUでは有している。

赤木氏の話では、資金調達をするにあたってどの投資家も事業のビジョンや社会的な意義には満場一致で共感を示した反面、事業としていかに広げていくのかは議論のポイントにもなった。

MIHARUとしてはユーザーの協力も得ながら他社と共同でシニア向けのサービスを開発するだけでなく、ゆくゆくはD2Cのような形で自らシニア向けの製品を開発していくことも検討していくという。