認知症、孤独死、財産処分――マンション管理組合を苦しめる「住民の高齢化」

2021年06月23日DIAMONDonline


高齢化は社会のさまざまな面で大きな問題となっているが、マンション管理においても例外ではない。2018年に実施されたマンション総合調査でも、マンションの管理組合運営における将来への不安のトップは「高齢化」という結果が出ている。マンション管理では、高齢化による弊害が顕在化するまでは事前の予防が難しく、対策を打ちにくいため、さらに管理組合の対応を難しくしているのだ。(株式会社シーアイピー代表取締役・一級建築士 須藤桂一)

滞納、認知症、孤独死…
管理組合を待ち受ける多くの課題

 先日、ある築40年超のマンションの管理組合理事長からこんな相談を受けた。マンションの一室を所有する90歳の女性から「自分がいなくなったら、自室を管理組合に寄贈したい」との申し出があり、どう対応したらよいか、という内容だった。

 その女性は、配偶者を亡くし、子どももなく、ずっと独居生活をしている身の上で、特に相続させたい親戚もいないということだった。「終活」の一環として、日頃自分のことを気にかけて、いろいろと面倒を見てくれている管理組合に、感謝の気持ちとして自室の寄贈を考えたらしい。

 この話のようなケースはそうそうあることではないが、近年、高齢の区分所有者に関するトラブルや悩み、相談事を抱えている管理組合が増えていることは確かだ。
 マンション管理における高齢化問題は、管理費や修繕積立金の滞納が入り口となり、そこから認知症や孤独死、そして所有財産の処分など、さまざまな課題が待ち受けている。管理費等の滞納問題については、以前の記事『マンションの管理費等の「滞納」は、いずれ必ず社会問題に発展する』で説明しているので参考にしていただきたいが、今回は高齢化問題の中でも、特に管理組合との関わりが大きい認知症、死亡と財産処分に絞って話をしていこう。

 まず、高齢の区分所有者が認知症になった場合だ。認知症といってもいろいろな症状や進行の度合いがあるので一概にはいえないが、本人に判断能力がない状態の場合、管理組合は非常に苦労することになる。それが独居の高齢者ともなればなおさらだ。

 輪番制で順番が回っても、理事を任せることができないのは当然として、たとえば「徘徊」の症状があった場合、本人がきちんと鍵を持って出掛けることは考えにくく、外から無事に戻ってきたとしても、オートロックで閉め出されてしまう。同居する家族がいるならまだしも、独居の高齢者の場合、本人がふらっと外出してしまわないように、隣近所の住人や理事会は見守りなど何らかのケアが求められ、その対応だけでてんてこ舞いになるだろう。

 ここで、認知症に関する問題と対処法をひとつひとつ挙げることはしないが、独居の高齢者が認知症になった場合、管理組合が果たすべき役割はとても大きいといえる。しかも、大変な労力が必要とされる一方で、その努力が報われないことも多くあるという点を覚悟しなければならない。

高齢者の財産を守る
成年後見制度と家族信託

 また、認知症を発症し、本人に判断能力がないとみなされると、本人の資産は凍結され、判断能力のない状態で行った契約行為は法律上無効となり、財産の管理・運用・処分ができなくなる。そのため、たとえば管理費や修繕積立金を支払うためであっても、誰かが代理で預金を引き出すことはできず、もちろんマンションの名義変更や売却などもできない。さらに、相続の場面でも遺産分割協議ができなくなり、子どもであっても親の財産を動かすことができなくなってしまうのだ。

 このように、判断能力を失った高齢者が不利な契約を結ばされないために、また本人の財産を守るために、家族や親族は「成年後見制度」や「家族信託」という制度の活用を考えておくべきだろう。

 成年後見制度とは、認知症や病気により判断能力を失った人が不利益を被らないように、法律が認めた成年後見人等が代理し、被後見人(以下は「本人」という)を保護、支援する制度のことだ。

 成年後見制度には「法定後見制度」と「任意後見制度」がある。法定後見制度は、本人の判断能力がすでに不十分な場合、家庭裁判所によって後見人が専任される制度で、本人の判断能力に応じて「後見」「補佐」「補助」という3つの類型がある。それぞれ「成年後見人」「補佐人」「補助人」と呼ばれ、権限も違うが、ここではまとめて成年後見人として説明していく。

 成年後見人には、大きく次の二つの役割がある。

 1.財産管理
 2.身上監護

 1.は、本人に変わって、財産の管理を行うことである。内容は、預貯金の管理や年金・給与の受け取り、公共料金や税金の支払い、家賃の支払いや契約の更新、不動産の管理などだ。ただし、成年後見人の権限は本人の財産の「維持と管理」に限られており、たとえば相続対策のための不動産活用や生前贈与、不動産や株などの投資行為は行えない。

 2.は、判断能力が低下することで日常生活を送ることが困難な本人のために、高齢者施設への入居などの各種手続き、治療や入院などの手続きなど、生活面のサポートを行うことだ。ただし、成年後見人が本人を直接介護したり、看護したりすることは含まれていない。

 法定後見制度は、本人の判断能力が低下した後に、申立人が家庭裁判所に申し立てることで後見が開始される。それに対して、本人の判断能力が低下する前に任意後見契約を公正証書で結び、判断能力が低下した後に後見が開始されるのが任意後見制度だ。本人がまだしっかりと物事を判断できるうちに、本人自身が任意後見人を決めたり、財産の管理方法や具体的な支援方法などを指定できるため、本人の希望をかなえやすいという点が特長といえる。

 だが、後見人が専門家(弁護士や司法書士など)の場合には、成年後見人に報酬を支払う必要があり、本人が亡くなるまで後見を継続することが必須なため、家族や親族にとっては負担になることも多い。

 そこで、成年後見制度よりもフレキシブルに財産管理を行える手法として、家族信託がある。その名の通り「家族を信じて財産を託す」制度で、財産を託された家族が柔軟に財産の管理・継承・処分を行うことができる。

 親族以外の第三者が財産を管理する可能性が高い成年後見制度に抵抗があったり、成年後見人へ支払う報酬を節約したいという場合にも有効な制度だが、一番のメリットは本人が認知症になる前から財産管理ができるという点だろう。成年後見人制度の場合、法定後見制度も任意後見制度も、後見が開始されるのは本人が認知症を発症し、判断能力が低下した後に限られるからだ。

 家族信託を活用することで、裁判所や弁護士、司法書士などの専門家に頼ることなく、家族による財産管理が可能になる。たとえば、マンションを売却して、本人を高齢者施設に入居させる元手にすることもできるし、預貯金を家族が管理することで、マンションの管理費や修繕積立金を滞納することも避けられる。

 ただし、原則として本人が認知症になってからでは家族信託の契約はできないため、本人が元気なうちに対策しておく必要がある(任意後見制度も同様)。成年後見人制度も家族信託も、それぞれメリットやデメリット、権限の範囲や内容の違いがあるので、制度の利用を考える場合には、各家庭の事情に応じて専門家に相談するといいだろう。

滞納問題に立ちはだかる
法定相続人の存在

 次に、高齢の区分所有者が死亡した場合を考えてみよう。乱暴に言ってしまえば、孤独死でない限り、本人が自宅で亡くなろうが、病院で亡くなろうが、区分所有者が亡くなること自体は管理組合に直接の影響はない。問題は死亡後の財産処分である。あまり表だってはいないが、財産処分や相続問題に管理組合が悩まされるケースが思いのほか多いのだ。

 最も多い問題は、本人が管理費や修繕積立金を滞納していた場合で、滞納金を請求するために、管理組合は法定相続人の存在を確認することになる。この法定相続人探しが非常に厄介なのだ。亡くなった被相続人(以下は「本人」という)の法定相続人調査に数年を費やしたなどという話も珍しくはない。

 まず、死亡した本人の本籍地にある市町村役場へ戸籍謄本を請求する。死亡時の戸籍からひとつ手前の本籍地を確認して戸籍謄本を取得し、さらにその手前の……というように、戸籍をひとつずつさかのぼって、本人の出生から死亡時までの戸籍謄本をすべて集め、判明した法定相続人全員と連絡を取る必要がある。

 ところが、高齢の兄弟は施設に入居している、あるいは海外勤務や海外移住で日本にいないなど、さまざまな理由で法定相続人と連絡が取れないというのもよくあることだ。あるいは、内縁の妻がいたり、家族構成が複雑で法定相続人の特定ができないという事情も出てくる。実際にあった事例として、法定相続人が犯罪者で収監されていたため、対応ができなかったというケースもある。

 法定相続人が複数いて、その意見統一に時間がかかっている中で法定相続人の一人が死亡し、その法定相続人がまた複数出てくる、ということもある。法定相続人が本人の兄弟の場合には、二次相続が起こりやすいのだ。このように、法定相続人全員を割り出すまでには、非常に多くの時間とコストに加え、大変な労力がともなうことになる。

 または、たとえば10人いる法定相続人全員に対して、本人が滞納していた管理費や修繕積立金の支払いを求めても、意見がまとまらず、支払いをなすりつけ合ったりするため、訴訟にならざるを得ないケースがある。さらに、なんとかマンションの売却まで話が進んだとしても、マンションに抵当権が付いていたり、売却価格が低くて滞納額が回収できないということもある。それらの取りまとめを輪番制の理事が対応するのは荷が重すぎるだろう。

 冒頭に紹介した高齢女性の話の場合は、管理費や修繕積立金の滞納もなく、年齢的に足腰は少し弱ってきているものの生活に大きな支障はないといい、頭もしっかりしていて、認知症の気配もないようだ。本人の判断能力にも問題はないため、自室を管理組合に寄贈するという希望をかなえることも可能だ。

 ちなみに、このケースの場合、管理組合が所有権の移転登記をするには、管理組合が法人化している必要がある。マンションの管理組合は「権利能力なき社団」として扱われ、法律上の権利関係の主体となることができないからだ。

高齢者の孤独死に
振り回される管理組合

 同じ死亡でも、独居の高齢者が孤独死した場合はさらに大変なことになる。仮に法定相続人がすぐに特定できたとしても、死亡後の処理や遺品整理を法定相続人から拒否された場合は、管理組合で対応しなければならない。

 孤独死では多くの場合、特殊清掃が必要な状況となるが、一般に、特殊清掃業者の検索・紹介→現地調査→見積もり→理事会で承認→特殊清掃作業の実施→支払い、という流れになる。その費用を誰が負担するのか、ということも含めて、対応には時間がかかり、管理組合の負担は非常に大きいといえる。そして、ようやくすべてが片づいても、その物件は事故物件となってしまうのだ。

 余談だが、私の叔父も孤独死をしている。今から10年以上前のある冬の日、実の兄である私の父のところに、警察から電話があった。叔父が自宅で亡くなっていたので身元を確認してほしい、という連絡だった。叔父の家の新聞受けに新聞があふれているのを不審に思った近所の方が警察に通報し、死亡しているのが発見されたという。亡くなってから1カ月以上経過していたそうだ。66歳だった。

 未婚で独居の叔父とは年賀状のやりとり程度のつき合いで、詳しい生活実態は把握していなかった。当時80歳目前だった父だけで対応するのも難しいため、警察からの連絡を受けて、私も身元確認に同行し、葬儀や遺品整理、自宅の解体、父への相続など、さまざまな対応に翻弄されることになったものだ。
 そんなわけで、肉親が孤独死しただけでも大変なのだから、管理組合が“赤の他人”の法定相続人を調査し、滞納金の回収のために財産処分にも関わることがいかに大変か、経験上よくわかっているつもりだ。

管理組合の「先取特権」は
容易に行使できない?

 管理組合には「先取特権」という権利がある。これは、特定の債権者が債務者の財産について、他の債権者に優先して自己の債権の弁済を受けることができる権利のことだ(詳しくは『マンションの管理費等の「滞納」は、いずれ必ず社会問題に発展する』を参照されたい)。管理費等のような特定債権については、他の一般債権より優先して債権の請求ができるのだが、これを行使するのも簡単なことではない。

 先取特権を行使する場合、

 区分所有者の死亡
 ↓
 親族へ連絡
 ↓
 法定相続人の調査
 ↓
 法定相続人との接触と交渉

 という流れが考えられる。法定相続人が判明し、スムーズに任意売却まで運べば問題はないが、物件に抵当権が付いているなどして任意売却ができないケースや、法定相続人とうまく話がまとまらない場合には、管理組合が法定相続人に対して訴訟を起こすことになるケースもある。

 あるいは、競売という形式で売却することも可能だが、この場合もかなり複雑な手続きを踏むことになり、競売が成立するまで早くて1~2年、長い場合には5年以上の時間がかかり、大変な手間とコストも必要になる。

対策を積み重ねて
高齢化問題に立ち向かう

 このように、高齢の居住者にまつわる問題は複雑で対応が難しいものだということがおわかりいただけたと思う。居住者の高齢化が重大な問題とならないために、管理組合としてもできる限り対策を講じておくことが大切だ。
 たとえば、次のような対策が考えられる。

  1.  管理組合(管理会社)は、居住者だけでなく、法定相続人なども含めた親族の緊急連絡先を正しく把握し、その情報を3~5年おきに更新する。
  2.  高経年マンションでは高齢者のケアを目的として、高齢者同士や若い世代とのコミュニケーションを目的とした組織を作る(そのための費用を予算化するとよい)。
  3.  管理費・修繕積立金の滞納問題が発生した場合は、先延ばしにせず、傷が浅いうちに早急に回収する。「払う」「払わない」という話は誰も幸せにならないと心得ておくべき。
  4.  特に高齢者は経済状況に応じて生活レベルを見直すことが大切なので、理事会や周囲が言いにくいことも進言するべき。
  5.  滞納問題も含め、孤独死などの場面を想定して規約をしっかりと作り込み、いざ発生した場合、機械的に処理できるようにしておく。
  6.  いざというときに相談できる弁護士や司法書士を見つけておく。できれば顧問のマンション管理士などがいると心強い。


 どの対策も高齢化問題を劇的に解消できるというものではないが、大切なのは日頃から問題の存在を意識し、できる対策を積み重ねていくことだ。

 子育て世代が多く居住するような新築や築浅のマンションの場合、高齢化問題は遠い未来の話のように思われるかもしれないが、20年後には多くのマンションが確実に高齢化問題に直面することになるだろう。築年数や規模にかかわらず、どんなマンションでも「転ばぬ先のつえ」として、今から対策を施しておくことをお勧めしたい。