コロナフレイル ~高齢者を襲う第二の禍~

2021年04月07日NHK政治マガジン


「第4波」とも言われる新型コロナウイルスの感染再拡大で、地域によっては不要不急の外出自粛が呼びかけられている。
自宅に閉じこもりがちになった高齢者には、コロナとは別の危険が待ち受けていた。
各地で何が起きているのか。

ある日突然足が痛んだ…

異変を感じたのは去年12月。歩こうと床に足をつくとズキズキと痛む。
兵庫県宝塚市の田中雅子さん(79)はそのまま歩けなくなり、家族の車で病院に向かった。

医師から告げられたのは「運動不足」だった。
老人会の役員も務める田中さんは、新型コロナの感染が拡大する前までは地域の集会にも積極的に参加していた。趣味のオカリナの演奏のため京都や大阪にも頻繁に出かけた。

生活が一変したのは、感染拡大が始まった去年の春ごろだった。
ウイルスが怖くなり外出を控え、自宅に閉じこもったのだ。
こたつでテレビを見ながら編み物をするのが唯一の息抜きだった。トイレや食事を除いて、同じ姿勢で長いときは9時間、孫のセーターや手袋を編み続けたこともあったという。

田中さんはこの時の状況を振り返る。
「自分の体が衰えていたことに気がつきませんでした。本当にショックでした。ふだんの何気ない活動が、自然に運動につながっていたとわかりました」

もの忘れがひどく…

神戸市で1人暮らしをしている齊藤和子さん(87)は去年夏、買い物に行くために財布と購入リストのメモを用意した。出かけてしばらく歩くと机の上に両方とも置き忘れてきたことに気がついた。

「横断歩道のところで『ない、ない』となって家に戻ったんです。こんなこと今まではなかったので、ボケがきたのかなあと心配になりました」
感染拡大前は地域の合唱団に所属し、週に1、2回、仲間と一緒にコーラスを楽しんでいたが、合唱団は去年3月に活動を休止した。

齊藤さんは自宅に閉じこもりがちになり、1日中、誰とも話さない日が多くなったという。
去年9月、市の地域包括支援センターに相談し「要介護」の一歩手前の「要支援」と認定された。現在はデイケアセンターに通っている。

データが示す「コロナフレイル」の実態

感染を避けようと家に閉じこもったことで、体調に異変を来したのはこの2人ばかりではない。

コロナ禍で体を動かさない、食事が偏る、人との会話が減る…こんな生活が続き身体や認知機能に影響が出る。その結果、介護が必要な一歩手前の状態「フレイル(frail)」《脆弱な、虚弱な》と呼ばれる状態に陥りかねない。いま、こうした「コロナフレイル」の高齢者が増加している実態が明らかになってきている。

3月23日。筑波大学大学院の研究グループがある調査結果を公表した。
研究グループはコロナ禍での高齢者の健康状態を探るため、去年5月、新潟県見附市で約600人を対象にアンケート調査を行った。

そして感染が再拡大しつつあった半年後の去年11月、全国の6つの自治体で同様の調査を実施した。サンプル数は違うが傾向を比較した。

まず外出の機会が「週に1回以下」と回答した人の割合だ。
60代から90代のどの年代でも、いずれも10ポイント程度、外出を自粛する傾向が高まっていることがわかった。

さらに深刻なのが「もの忘れ」の増加だ。
調査では60代以上で「同じ事を何度も聞いたりもの忘れが気になったりするようになった」と答えた人の割合を比較した。すると…
もの忘れがひどくなったと答えた人は2倍以上に増えていた。

「加齢」では説明できない

研究グループの代表を務める久野譜也教授は高齢者の健康政策が専門で、長年、介護予防などの研究に携わってきた。しかしコロナ禍での高齢者の健康状態の悪化は「加齢」によるものよりもスピードが速いと指摘する。

「本来は『あと5年、10年は心配しなくて大丈夫』という人のリスクが加速した印象です。コロナ前には元気に出かけ、人との交流を重ねていた人ほど、もの忘れなど健康状態が悪化するリスクが高い可能性があります。意識的に体を動かしたり、人とコミュニケーションしたりする方向に誘導しないと、さらに『フレイル』などの健康2次被害が深刻化しかねません」

政治も動く「深刻な状況」

コロナ禍で高齢者に忍び寄る新たな危機に政治も動き出している。
3月、永田町の衆議院議員会館で開かれた高齢者の健康を考える議員連盟の会合には久野教授が招かれ、研究結果の説明が行われた。

「コロナ感染の対策は当然必要です。しかし、それを徹底しすぎて健康2次被害に遭っては本末転倒です」
こう訴える久野教授に、議員連盟の会長を務める上川法務大臣も危機感を強調した。
「感染拡大から1年。健康2次被害の影響は計り知れず弊害はますます高まっている。ここ最近は特に高齢者の健康への影響が悪化しているという大変深刻な状況だ」

議員連盟は政府に対して「人との距離はとり、つながりは密にする」ことの呼びかけや、外出や趣味、スポーツといった交流の場の整備を進めることなどを求めることを確認した。

「外出して」とは言えない…

一方の厚生労働省も手をこまねいていたわけではない。
感染拡大が始まった直後、去年4月に成立した補正予算に、自宅でできる「体操動画」の作成や、高齢者見守り活動への支援などの費用を計上した。その後の予算にも継続して対策を盛り込んできた。

しかし、ある厚生労働省の官僚はコロナ禍でのフレイル対策の難しさをこう語る。
「高齢者の重症化リスクもある中で『外出し、通いの場に行って下さい』とは言えない。どっちを推奨するのかといったら『家にいて』となる」
さらに「フレイル」と一口に言ってもさまざまな側面があるため、対策は厚生労働省内の複数の担当課にまたがる。

介護予防の観点からは老人保健課、医療機関の外来でのチェックなどは高齢者医療課、食事摂取は健康課、かむ力など口の健康は歯科保健課と複数の部署に「点在」している。

別の官僚は、感染症対策の多忙さも原因のひとつだと漏らす。
「これだけ多くの部署が絡んでいる上に、各部署からは感染症対策で応援も出している。感染が再拡大するなかで、抑え込みに向けた対策が中心となる状況は変わらない。フレイル対策に今以上の体制は望めないのではないか」

フレイル予防に「専用プログラム」

「コロナフレイル」に危機感を持って対策に乗り出しているのが、高齢者と直接関わることの多い地方自治体だ。

人口およそ4万、そのうち約3割が高齢者の兵庫県西脇市。
緯度と経度で見ると、日本のちょうど真ん中に位置し「日本のへそ」を名乗っている。

去年4月以降、市には高齢者からのこんな声が寄せられるようになった。
「趣味の集まりも中止され、行くところがない」
「1週間、誰とも話していない。日本語を忘れそうだ」
市民の健康作りを担当する「健幸都市推進室」の二若直也主査はこう振り返る。

「このままではお年寄りたちが大変なことになりかねないという思いはありました。新型コロナの感染拡大が長期化すると言われる中で、人が集まるのはどうかと葛藤もありましたが、あえて新たな体操教室を始めることにしました」
こうして去年9月から始まったのが「健幸運動教室」だ。ただ体を動かすだけではなく、科学的な根拠に基づいた「フレイル予防」を掲げ身体機能の維持を目指す。

筋肉量などの体組成を計った上で、その人にあった運動プログラムを作成する。
週1回の教室でスクワットや腕立て伏せなどの運動を行うだけでない。
「活動量計」を貸し出し、歩いた歩数を記録してもらう。
月に1回の体力測定で、次のプログラムを決めていくというきめ細かさだ。

安心して通ってもらおうと感染対策も徹底する。ひと部屋の参加人数を10人程度に絞り、参加者どうしの距離を取る。手指や器具をこまめに消毒し、運動中もマスクは外さない。

参加していた72歳の男性は「コロナ禍で運動不足でしたが、日々のデータが見えて運動を続けることで、体力が若返った気がします」と笑顔を見せた。

さらに、外に出るのがおっくうになっている高齢者に出てきてもらおうと、教室への参加を呼びかける2万枚のビラを用意した。自治会を通じて配っただけでなく、地域の診療所にもビラを置いてもらい、かかりつけ医からも参加を促してもらった。

教室は毎回ほぼ定員が埋まり、市は今年度からさらに規模を拡大する。

「文通」で認知機能を守る

もの忘れなど認知機能の悪化を食い止めるため、独自の取り組みを始めた自治体もある。こちらも高齢者が人口のおよそ3割を占める長崎県佐世保市。
キーワードは「文通」だ。

去年5月、高齢者と子どもが手紙をやりとりする取り組みを始めた。
発案者のひとり、市の地域包括支援センター職員の村岡佳祐さんが狙いを話してくれた。

「感染への不安から自宅に閉じこもり、ふさぎ込みがちになっている高齢者が増えていました。寂しさを少しでも軽減したいという思いから始めました」
支援センターの利用者で、特に1人暮らしなどの高齢者に声をかけ希望者を募った。一方、地域の「子ども食堂」に参加した小学生などにも協力を求め文通の「マッチング」を行った。

馬場浩子さん(88)は文通を始めた1人だ。
1人暮らしの馬場さんは感染拡大後、外出を避け月1回の老人会の集まりにも参加しなくなった。毎日のように顔を合わせていた幼なじみとも会わなくなり、気持ちもふさぎ込んでいたという。そんなとき、文通を勧められた。

文通相手は、小学1年生の本村優梨花さん(7)だ。
「うんどうかいにむけてれんしゅうしています。かけっこみんなにまけません」
馬場さんは、小学生でもわかるようひらがなで返事を書く。
「ゆりかさんが がんばっているすがたが めにうかんできます。わたしもいえでゆーったりしてないで、もすこしからだをきたえよう、とおもいました」

「ポストをのぞくのが『手紙が来ているかも』と楽しみになりました。わが子の小さいころとか、忘れていたことをいっぱい思い出させてくれます」
文通プロジェクトの参加者は少しずつ増え、去年末の段階では5人の高齢者と子ども7人の7組がやりとりをしている。多いときには、月に3往復ほどのやりとりがあるという。

地域包括支援センターの村岡さんは、子どもにも理解しやすいよう平易なことばを使って手紙を書いたり、感情を表したりすることが脳に刺激を与え、認知機能の維持に役立つと考えている。

「子どもらしい自由な文面から意図をくみ取ったりすることが、高齢者にとっては大きな刺激となっています。何よりも、やりとりを通じて『人に必要とされている』という自覚が大きいのではないでしょうか」

予防法 少しでも運動を!会話を!

大阪、兵庫、宮城に「まん延防止等重点措置」が出され全国的にも感染が再び拡大している。この陰で「コロナフレイル」に陥る高齢者がさらに増加しかねないと筑波大学の久野教授は警鐘を鳴らす。繰り返しになるが、フレイル予防には、毎日のちょっとした運動や会話を続けることが大切だ。久野教授が呼びかけるのは以下の点だ。

・人混みを避けて散歩する
・自宅でスクワットやもも上げなどの運動を行う
・食事をしっかりとる
・笑顔を忘れない

両親や祖父母、近所の人などに高齢者がいたらぜひ伝えてほしい。
離れて暮らす人がいたら、電話やメールでこう連絡してほしい。
「コロナフレイルって知ってる?」