51歳の弟は孤独死した 兄が始めた「LINE見守り」
2020年10月28日朝日新聞
自宅で誰にもみとられずに亡くなった人を目の当たりにした経験から、孤独死を防ぐ取り組みを始めた人たちがいます。新型コロナウイルスで家族や地域とのつながりがより希薄になる可能性もあり、対策は急務といいます。
京都市内で一人で暮らす男性会社員(45)のスマートフォンには2日に1回、安否確認のメッセージがLINE(ライン)で届く。「見守ってもらえている安心感がある」
4年前のこと。自宅で突然、体が動かず立てなくなった。何とか動く右手で床をはってスマホを取り、救急車を呼んだ。脳出血と診断され、一部にまひが残った。「まさに命からがら。孤独死は人ごとではなくなった」。その後、偶然見つけたのがNPO法人「エンリッチ」(東京)による無料の見守りサービスだった。
サービスは、安否確認に利用者からの「OK」が24時間以内になければ、メッセージを自動で再通知。さらに3時間たっても応答がなければ、事前登録した本人や家族らに電話が入る仕組みだ。
考案した代表理事の紺野功さん(60)は毎日、応答のない人に電話をかけている。単に忘れていただけというのがほとんどだが、「万が一という時のために気は抜けない」と言う。
紺野さんの弟、由夫さんは2015年2月、マンション自室で死亡しているのが見つかった。警察に死後1週間と伝えられた。死因は低体温症で、倒れてからしばらくは生存していたかもしれないという。51歳。一人暮らしだった。
死後、片付けで部屋に入った。山積みの雑誌の傍らに、焼酎の4リットルのペットボトルが飲みかけで置いてあった。幼い頃から兄の自分とは異なり、人とのコミュニケーションが苦手だった弟。最近は、仕事の相談で時々話す程度。「つらい時に頼れる相手がいなかったのだろう」。遺体は20歳ほど老け込んで見え、母親は「これは由夫じゃない」とショックで泣き崩れた。
そんな弟の最期を目の当たりにし、現役世代でも気軽にできる対策はないかと考え、使用者の多いLINEに着目。サービスを始めて約2年、利用者は1748人になった(9月現在)。50代以下が7割を占める。新型コロナによる感染や人と会えない不安から、利用を始めた人もいるという。
一方、課題も見えてきた。緊急時の連絡先が空欄の人が目立ち、いざという時に本人にしか連絡できない。家族や友人、近所の人とつながっていない人は想像以上に多かった。
紺野さんは、行政機関や民生委員が受け皿になってもらえないかと考え、各自治体の担当部署に説明し、連携を呼びかけているが、簡単には理解してもらえない。ようやく7月、千葉県市川市と見守り活動で協定を結び、緊急時は市に通報できるようになった。
紺野さんは「弟のような最期をできるだけ防ぎたい。人と会う機会が減るコロナ下、発見が遅れてしまわないよう真剣に対策を考えなければいけない時だ」と話す。
見守りサービスはLINEの利用者が対象で、エンリッチのホームページ(https://www.enrich.tokyo/別ウインドウで開きます)で登録できる。
「誰もが尊厳ある死を」
「日本看取(みと)り士会」(岡山市)は今春、身寄りのない一人暮らしの人を対象に見守りの有料サービスを始めた。利用者に警備大手セコムの携帯端末を持ってもらい、画面に表示された安否確認の通知に応答がないときは、家族らに代わって会が対応する。
会は、誰もが幸せな最期を迎えてもらいたいと、所属の看取り士が依頼者の自宅などに出向き、家族とともに臨終に立ち会う活動をしてきた。代表の柴田久美子さん(68)には、9年前の苦い記憶がある。
警察から、腐敗した男性の遺体が見つかったと連絡が入り、山の上の一軒家に駆けつけた。遺体は柴田さんの名刺を握っていた。少し前に行政から男性の生活支援を頼まれ、一度だけ訪ねたことがあったが、「誰の世話にもなりたくない」と拒まれた。
一人暮らしで地域の人とつながりもなかった男性が、なぜ自分の名刺を最期に持っていたのか。やるせない気持ちに加え、身内に頼れない人たちの最期を看取る仕組みが作れないかと思い始めた。
会の研修を経て認定された看取り士が全国で1千人を超えた今春、セコムに協力を呼びかけた。
コロナ下で孤独感が強まり、利用を始めた人もいるという。看取り士の中にも、将来孤独死しないために仲間がほしいと考えている人もいる。自身も一人暮らしの柴田さんは「誰もが尊厳ある死を迎えられるために、看取り士が『もう一人の家族』として何かあれば駆けつける、安心のネットワークを作っていきたい」と語る。問い合わせは株式会社・日本看取り士会(086・236・9629)へ。
東京23区では約5500人が孤独死
孤独死の件数について厚生労働省は「孤独死・孤立死の定義がなく、統計データはない」(人口動態・保健社会統計室)としている。全国のデータはないが、東京都監察医務院によると、18年に東京23区内で確認された孤独死(異状死のうち自宅で亡くなった単身世帯)は5513人(男性3845人、女性1668人)。3780人だった10年前から増加傾向にある。女性は80代以上が最も多く、男性は50代(545人)と60代(1049人)も一定の割合を占めた。
自治体の中には、新聞販売所や電気・ガスの事業者と連携し、早期に異変を察知しようとする動きもある。住民同士で見守り活動をするマンションもある。
大阪府豊中市は孤独死とみられる事案がかつてあったのを受け、12年に市役所の担当部署につながる「安否確認ホットライン」を設置。近隣住民や事業者から「郵便物がたまっている」などの連絡が入ると、警察と連携し、自宅を訪ねて状況を確認することもある。
19年度の通報件数は86件で、うち救急搬送につなげたのは6件。遺体で見つかったケースも7件あった。市地域共生課の担当者は「特効薬があるわけではなく、地域のつながりが早期発見の鍵だと考えている」と話す。