携帯電波や静電気から電気を「収穫」 IoT機器に供給
2020年04月11日日経新聞
あらゆるものがネットにつながる「IoT」の時代が到来し、身の回りがコンピューターやセンサーであふれている。膨大な数の機器に囲まれた近未来の社会で問題となるのが、それらの電源をどう確保するかだ。
すべてで電池を交換したり配線をつなげたりするのは不可能に近い。そこで注目されるのが、静電気や電波など身近な環境に隠れたエネルギーから電気を取り出す「環境発電」の技術だ。畑の地下から芋を掘り起こすように、わずかなエネルギーを少しずつ収穫する。アイデア勝負ともいえる研究の最前線に迫った。
いまや誰もがスマートフォンなどの携帯電話を持つ時代。国内で次世代通信規格「5G」のサービスも始まり、意識せずとも電波の恩恵を受けている。その電波が、富士通と東京都立大学の研究チームには「電源」にみえていた。
電磁波の1つである電波はもともとエネルギーを持つ。研究チームは周囲を飛び交う微弱な電波(マイクロ波)をアンテナで集め、電力に変える技術の開発に挑んできた。
国のプロジェクトの一環で、心臓部となるダイオード(整流素子)を作った。従来の素子の10倍以上の感度で微弱なマイクロ波に反応し、電力を生む。発電の能力は現状では数十ナノ(ナノは10億分の1)ワットほどと小さいが「周囲を飛び交う電波は今後増える」(富士通)とされ、アンテナやダイオードの性能の向上とあわせて発電の量も増やせるという。「電波発電」と呼ぶ技術がにわかに現実味を帯び、近未来の姿が見えてきた。
めざすのはトンネルや道路、橋の劣化などを監視するセンサーに電力を供給する役目だ。国内では老朽化が懸念されるインフラが数多いが維持管理は人手不足の壁に突き当たる。「センサーによるモニタリングの必要性が高まっているが、送電網を通じた電力供給が(コストなどの面で)難しい場所も多い。電波発電が活躍するシーンは多いはずだ」と富士通研究所の河口研一主任研究員はみる。
実用化には5年以上かかりそうだが、うまくいけば配線や電池の交換、充電の手間をかけずに電力を供給できるようになる。
環境発電や、エネルギーを収穫するという意味の「エネルギーハーベスティング」と呼ぶ技術の研究開発は今に始まったことではない。光や振動など身の回りにある微小なエネルギーから電力を取り出す試みは太陽電池で動く電卓や腕の動きで発電する腕時計などにつながった。
ここにきて研究開発が盛り上がってきたのは、IoT機器の普及が急拡大しそうだからだ。調査会社のIDCジャパン(東京・千代田)によると、世界でもIoT機器の普及台数は2018年の228億台から25年には416億台に達する。利用を想定するセンサーなどが小さくなり、消費電力も数ミリワットから1000分の1ミリワットといった水準に下がっている。環境発電でつくるわずかな電力でもまかなえるようになり、常時発電できる利点がいっそう生きる。
研究者も色めき立っている。「どこからエネルギーを収穫できるか」とアイデア勝負の様相を呈してきた。
水滴が転がる現象も発電につなげてしまうのが名古屋大学と九州大学のチームだ。実験では、プラスチックフィルムに塩水の水滴を垂らすと、転がり落ちる際に5~8ボルトの電圧が発生した。フィルムの表面を覆う二硫化モリブデンの薄膜にしかけがある。薄膜が水滴から電子を奪い、電気を生むらしい。
原理上は水滴を垂らし続ければ常に電気が生じる。工場排水の水質を監視したり雨水を検知したりするセンサーなどの電源になる。同じような研究はシート状の炭素材料を使う中国の研究機関が先行したが、電圧は数十ミリ~数百ミリボルト程度。センサー向けの電源としては力不足だった。
名古屋大学の別の研究チームは、人体を「発電所」に見立てる。筒状炭素分子「カーボンナノチューブ」を電極材料にしてシリコーンゴムで挟み込んだ。このシートの表面が服や肌とこすれ合うと静電気が発生し、1平方メートルあたり8ワットを得るという。シートは衣服に組み込める。
名古屋大学の松永正広助教は「軽くて柔らかい電源があれば、皮膚に貼れる機器もできる。医療・介護分野や高齢者の見守りなどへ応用できる」と期待を寄せる。腕時計型の心拍計などで従来の充電が不要になるかもしれない。
快適な生活の実現や生産性の向上へIoTにかかる期待は大きい。エネルギーをどこから収穫するかの研究競争はますます激しくなりそうだ。