福岡で実を結んだ遠隔見守りサービス 強さは看護師経験者ならではの“伴走力”

2020年03月18日ひとまち結び(日経BP)

 

福岡市でIoTセンサーとAIロボットを組み合わせた遠隔見守りサービスを展開するワーコン。医療・看護だけではなく、自宅で過ごす高齢者や療養者の生活全般をサポートするのが特徴だ。

 最新の推計人口(2020年2月1日時点)が159万6180人となった福岡市。日本の政令指定都市では横浜市、大阪市、名古屋市、札幌市に次ぐ第5の規模であり、紛れもない“九州の顔”である。わずか10年前は上に神戸市、京都市がいて7位だったことを考えると、この10年間での飛躍的な成長がわかるだろう。

 なおも成長は続く。2019年の人口増加数は前年比で約1万人増の全国トップを記録。人が集まる場所にはモノもカネも集まる。現市長の高島宗一郎氏が就任して以降、市は積極的に新産業育成に着手。2012年には「グローバル創業・雇用創出特区」に選出され、今やスタートアップの聖地として名を馳せる。

 並行して、福岡市では「福岡市実証実験フルサポート事業」を展開。ICT、IoT、AI(人工知能)といったテクノロジーをリアルの場に実装することで、社会課題の解決や市民生活の質向上に向けた最短距離を探っている。

 2017年にこの事業に採択されたのが、今回紹介する福岡市博多区のワーコンだ。2016年に創業したばかりのベンチャーが福岡市の信頼を得ることができたのは、サービス内容がまさに時代の要請に合致したものだったからだ。

 ワーコンが手がけるのは、IoTセンサーとAIロボットを組み合わせた遠隔見守りサービス。代表取締役を務める青木比登美氏は看護師経験者であり、「住み慣れた自宅で最後を伴走する覚悟で高齢者と向き合いたい」との思いから起業した。

 そもそも青木氏がワーコンの青写真を描いたのは、今から30年以上前、九州大学医療技術短期大学部看護学科の学生時代に遡る。のちの訪問看護ステーション設置につながる看護師の制度改革が国会で激しく審議されており、その様子を目の当たりにして論文を書き上げた。

 「ちょうど私の世代が管理職となる30年後には、団塊の世代が後期高齢者に突入することが統計で示されていました。しかも医療現場は明らかに人手不足となり、いずれは在宅看護が主流になると。そこで、どうやってその課題を解決するかを私なりに考えてみたのです。見えてきた明らかな課題は3つありました。在宅看護が必要な人をどのように把握するかという『見える化』、医療従事者間での『情報共有』、訪問看護のように設備が整わない場所で看護師がどのように対応していくのかという『意識改革』でした」(青木氏)

 この学生時代の熱い思いはすぐに実を結ぶことはなかったが、時を経て転機が訪れる。2010年、福岡市内の透析・内科クリニックで看護部長として従事していた際、図らずも高齢者2人の孤立死に直面したのだ。

「すごく悔やみました。患者を診る病院は福岡市内に山のようにあり、医療従事者もたくさんいる。それなのに、(病院に)たどり着けない人のケアを誰もやっていないではないかと。そこでふと、あの論文を思い出したんです」(青木氏)

 実現するための具体的なプランは、コールセンターを設置して地域の訪問看護ステーションや医療機関を連携させるというもの。しかし、コールセンター業務を経験したことがなかったため、一念発起して、コンタクトセンターなどを手がけるKDDIエボルバに転職した。そこではもちろんコールセンターのノウハウをしっかりと身に付けたが、それ以上に糧になったのは、同じ場所にいない相手としっかり心を通わせることだった。電話の向こう側にいるおばあちゃんと同じ機種の携帯電話を持ちながら、2時間かけて「お元気ですか」というメールの入力に付き合ったこともある。

 「入力が終わったとき、おばあちゃんも私も本当にうれしくて。ワーコンの看護師には、この対応が最も大事だと伝えています。遠隔でのやり取りには、こうした感覚が不可欠になるからです」(青木氏)

 そして2016年7月、青木氏を含む4人の看護師経験者が集まって起業。中心事業は先に述べた遠隔見守り支援だ。独自の非接触型生体センサーを自宅に設置し、利用者の生体センサーをリアルタイムで24時間モニタリングする。離れて暮らす家族が逐次スマートフォンやパソコンで確認できるため、日々の安心材料となる。

 ワーコンのコアコンピタンス(強み)はここからだ。異常値を検知するとクラウド型コールセンターにアラートが報告され、専属の見守り看護師が即座に対応。体調に応じて、提携している訪問看護師、基幹病院や地域のかかりつけ医と連携しながらフォローする。

 2018年からはNTTデータ九州、ロボット開発会社のMJIらと共同開発したAIロボット「anco(あんこ)」を加え、見守り看護師とのテレビ電話によるコミュニケーションや、医師とのオンライン診療を強化。ここに福岡市のフルサポート事業で得た知見を生かした。このサービスを「おるけん」の名称で、福岡市内から先行展開している。ロボットやセンサーのレンタル代を除き月額1万9800円で提供しており、「24時間体制で見守ることを考えれば非常に安価」(青木氏)とする。

 当初から掲げているコンセプトが、「Watch Concierge(ウォッチコンシェルジュ)」だ。そこには医療・看護だけではなく、自宅で過ごす高齢者や療養者の生活全般をサポートしたいとの思いがある。そのため、衣食住にわたりさまざまな事業者と提携し、洗濯、料理、掃除の代行手配、買い物支援、終活支援などをカバーする。民間ならではのフットワークの軽さで、真の地域包括ケアシステムを実現しようとしているとも言える。

 「ここまでケアするサービスはありそうでなかったものです。現在、数百台のシステムが稼働していますが、看護師1人で約200人まで見守ることができます。今後ますます深刻化する看護師不足にも十分対応していけるでしょう。クラウド型コールセンターにしたのは、いわゆる潜在看護師に在宅で働く機会を与え、埋もれたリソースを活用したい狙いもあります。

 重視しているのは、テクノロジーに振り回されないこと。ancoは話しかければ見守り看護師につながるので、高齢者でも簡単に利用できます。センサーを非接触にしたのも同じ理由です。ウエアラブルデバイスを着けてくださいとお願いしても、必ず忘れてしまいます。ワーコンのシステムなら、普通に生活してくれればいいのです。

 ありがたいことに、いろんなデバイスの売り込みを受けますが、そのたびに技術者の方には『最先端のテクノロジーって何ですか?』と聞くようにしています。私は、子どもでも高齢者でも説明なしに使える道具こそ最先端だと考えています。ですからハイテク好きの若者だけが操作できるデバイスでは意味がないのです」(青木氏)

 設立4年目を迎え、利用者も増えて順調に成長を続けている。一方で「金儲けしたいという感覚はない」と言う。これまでワーコンに出資しているのはエンジェル投資家がメインで、ベンチャーキャピタル(VC)からの誘いは断っている。「ウォッチコンシェルジュのビジョンを共有できる人たちでなければ、この事業を回すことはできません。株主やVCの顔色を窺いながら仕事をするなんて本末転倒ですから」(青木氏)

 福岡であることに対するこだわりを聞くと、「ICTの時代なので、起業するのに東京である必要はありません。それに東京からも上海からも等距離で、日本からアジアへの玄関口でもある。今後、グローバルへ打って出ようと考えている私たちにとって最適な街なのです」と青木氏。国内でも青森市、横須賀市、熊本市などが続々と遠隔見守りシステムに興味を示し、具体的な協業が始まっている。

 「でも、まだまだ発展途上。私たちの仕事にマニュアルはありませんからね。病院看護と在宅看護は180度違います。ワーコンでも多くの看取りを経験してきましたが、自宅に戻るということは治療をしないということです。自分がリラックスできる環境でその日までを生き抜く。どう対応するかは、自分を磨いていくしかない。今、私も含めてウォッチコンシェルジュは一人もいないと思っています。だからこそ、第1号が誕生する日を楽しみにしているところです」(青木氏)