高齢者見守りや災害対策を強化 福岡市、通信網活用し新年度に実証実験
2018年02月22日産経新聞
福岡市は平成30年度、発光ダイオード1個分というわずかな電力で、数十キロ離れた場所にデータを送信できる無線通信技術を使い、高齢者の見守りや河川水位の計測など、市民の安全を守る事業に取り組む。国家戦略特区・福岡市は29年から、この無線通信網を民間事業者の実証実験に無料で開放しており、新たな技術・サービスのゆりかごとなっている。
21日午後、福岡市西区の農業用ため池「湯溜池」で、新たな水位計が稼働を始めた。中には通信機器があり、10分ごとに水位データをネット経由で送る。
実証実験のレベルだが、ゲリラ豪雨などで決壊の危険性が高まった場合、周辺への注意喚起に生かす。技術的には水門の遠隔操作も可能だという。
最大の特長は、設置費用の安さと消費電力の小ささだ。携帯電話回線を使用するこれまでの水位計に比べ、コストは8割ほどカットでき、電池交換も半年に1回で済む。
実験は東京の測定機器メーカー、共和電業が行う。
福岡市内には農業用だけで大小あわせ約300カ所のため池がある。共和電業技術本部スマートセンサーシステム部の砂川倫昭副主幹は「費用対効果の面で進まなかった場所にも、設置の可能性が広がる」と語った。
この水位計は、低消費電力広域通信(LPWA)の一つで、「LoRaWAN(ローラワン)」と呼ばれる通信規格を利用する。
福岡市は市内に基地局を整備し、29年7月から運用を始めた。合わせて実証実験の参加者を募集した。
抜群の省電力性能など、ローラワンの特長に、企業関係者は着目した。検針作業への応用実験に取り組む西部ガスなど地場企業だけでなく、市外県外からも多くの企業が応募し、これまでに、計53件が採用された。
市新産業振興課長の石井隆之氏は「予想以上の応募があった。この実証環境を武器に、企業誘致を目指す」と語った。
■安全を守る
民間に加え、30年度からは市も直接、実証実験に着手する。一つは、認知症高齢者の見守りネットワークの強化だ。
市は警察と協力し、行方不明のおそれがある高齢者を事前登録し、専用端末で位置確認する制度を運用している。現在、約1300人が登録しており、行方不明時の早期発見に効力を発揮してきた。
ただ、高齢者が端末を携帯しないケースや、充電に手間と時間がかかることから、家族の負担になっていた。
市は30年度、ローラワンを活用した小型端末を導入する。予算案に364万円を計上した。
充電の回数が劇的に減少する上、位置確認の精度も向上するという。市地域包括ケア推進課の認知症支援係、立石英世氏は「高齢者と家族にかかる負担が、これまでの端末よりどれほど減るかなど、効果を見極めたい」と期待した。
福岡市は防災を目的に、河川の水位観測にも応用する。
昨年7月の九州北部豪雨では、中小河川の状況把握の遅れが、避難や救助活動に影響した。
ただ、これまでの水位計は、1カ所当たりの整備費が1千万円程度かかる。中小河川まで、きめ細かく設置するのは難しい。
国土交通省は1月、消費電力の低減や小型化などで、整備費を30万~100万円にまで下げた「危機管理型水位計」の運用基準を定めた。
危機管理型水位計は、豪雨などで一定の水位を超えたときに、データを送信する。福岡市はローラワンの技術を使い、河川監視態勢の充実を図る。30年度予算案に405万円を計上した。
あらゆる機器がインターネットにつながる「IoT」技術は、人力に頼る面が大きかった高齢者見守りや防災態勢を一変させ得る。福岡市を舞台に、世界を動かすような新たな技術・サービスが生まれるかもしれない。