超高齢社会における、シニア世代のスマートフォン普及の可能性

2018年03月29日InfoComニュースレター

 
モバイル社会研究所では、ICTがもたらす「光と影」について、社会調査を軸に調査・研究している。その一つの対象として「シニア」がある。シニア調査[1]は2015年に初めての調査を行い、2017年も同様の調査(2018年も実施)をし、経年変化を見ている。この基礎調査とは別に、スマートフォンを所有している人だけに、「所有のきっかけ」や「使いこなすために用いた手法」を2017年に調査した。今回検証するのは、2017年の基礎調査と、スマートフォン所有者だけに実施した深堀調査からの報告である。

研究の背景

高齢化率が27%を超え(平成29年10月現在、内閣府調べ)、我が国は本格的な超高齢社会に突入している。超高齢社会がもたらす社会的課題は、高齢者の孤独(単身世帯の増加)、労働力人口の減少、社会保障費の増大などますます深刻化している。その一方、元気で知識やノウハウを豊富に有している「アクティブシニア」が多く存在し、今後も増え続けると予想される。

日本老年学会によると、現在のシニアは身体・知力・病気の面で10~20年前と比較し、5~10歳若返っている。さらに60代以上でフィーチャーフォンが約5割、スマートフォンが約3割利用されており[2]、この世代においても既にICTがある程度普及している現状がある。こうした状況をもとに、モバイル社会研究所では、シニア世代の生活をより豊かにするために必要とされること、ICTが貢献し得ることは何かを検討することとした。

ICT利活用と人とのつながり

我々の過去の調査研究において、シニアがICTを使って実感する効力の一つに、「人とのつながり」がある(2016年8月に開催された第44回日本行動計量学会にて報告済み)。約半数のシニアが、ICTを使うことで人とのつながりが深まった(家族や知人との交流)、広がった(新たな友達ができる等)と回答している。これを考えれば、先述した社会的課題へのアプローチの一つとして、ICTが普及していくことが、挙げられないだろうか。

今回は、その中でもLINE等が使用可能で、よりコミュニケーションツールとしての効用が高い、「スマートフォン」の普及の可能性について、調査結果の分析、実例を紹介することで考察を深めていきたいと思う。

シニアのライフスタイル「アクティブシニアの存在を確認」

シニアの日々の活動状況を調査するため、モバイル社会研究所では各種の先行研究、各自治体や民間が主催するカルチャースクールを参考に、地域での活動2項目、カルチャースクールでの活動2項目、人との交流2項目を設定し、オリジナルの「シニアの日々の活動スケール」を設定した。調査結果は図2に示すとおり、自治会や奉仕活動といった地域活動には3~4割程度、教室への参加には3割程度、仲間や家族との交流には6割程度が積極的に参加しており、アクティブなシニアの日々の活動状況が垣間見られた。

この結果をもとに、多変量解析を行い、調査対象のシニアについて日々の活動の結果をもとにしたグループ分けを行った。その結果、5つのグループに分けることができた。最も多いものとして「仲間・家族との交流」つまり、顔見知りの人との交流をメインに行っているグループが約4割を占める。

「仲間・家族との交流」に加え、外の活動(地域活動・教室活動)を行っているグループが「積極派」「地域で活躍」「教室でいきいき」と3つあり、合計で約4割存在した。これらは外の活動のどちらか片方もしくは、両方を行っている。このほか仲間・家族との交流もあまりなく、かつ外の活動もあまり行っていないグループ「消極派」が2割強存在した。

「日々の生活」とICT利用の関係

最もスマホ普及の伸びしろがある層は「教室でいきいき」層

上述のグループとICTサービスの利用状況との関係を見てみる。同調査で、スマートフォン(スマホ)の利用状況を聞くとともに、代表的な15のICTサービスを提示し、サービスの現在の利用状況および今後の利用意向を確認し、その個数の多少で上述のグループとの関係を評価してみた。その結果、「消極派」が他のグループと比較してICT利活用度が低い状況が分かった。人との交流が少ないこの層こそ、ICTの利用が社会的孤立を防ぐ役割を果たせる可能性があるが、そこまで普及しきれていないのが現状だ。

注目したいのは「教室でいきいき」層である。この調査と同じ設問で2015年10月に調査を行った際には、この層のICT利活用はそこまで多くなかった。つまりこの1年半で、このグループはICTサービスの利用が伸びたことになる。

次に、今は利用していないが、今後ICTサービスを利用してみたい意向を見てみると、「積極派」「教室でいきいき」「地域で活躍」の各クラスタでその意向が他のシニアのクラスタと比較し高い。

既にシニア世代においても、スマホの普及率が3割を超え、いわゆるイノベーター層や、ICTリテラシーが高い人は、スマホに移行したと思われる。今後スマホへの移行が広がりを見せるには、周りからのサポートが必要であろう。我々が行ったスマホを現在所有しているシニアを対象とした調査結果からも、使いたい機能があったなど自発的理由から所持する割合が減り、周りからの勧めがあり、スマホを購入した割合が増加している。

また、調査対象者に購入した時のことを思い出してもらい、どのようにして操作方法を習得したか聞いたところ、以前の購入者に多かった「自力(手探り・取り扱い説明書を参考にするなど)」の割合が減少し、「家族や周りの友人に聞くといった他者の力を借りながら習得している」の割合が増加している。つまり、直近でスマホを購入したシニアは、購入時においても、また使いこなすためにも、周りからの勧め・サポートを得ていることが分かる。

今回の調査から、今後のICT普及・拡大がどの層に伸びしろがあるのかを考察すると、積極的に外との接点を持ち、さらにICT利用について意欲が高い「教室でいきいき」層が有力ではないだろうか。先述したとおり、この層は現にICT利用が伸び、いまだその意欲が旺盛な層である。では具体的に、どのようにすれば、この層にICT利用が広がっていくのか、次では事例を中心にこの点について考えていく。

シニア向けスマホ教室

現在、公営・民営を問わず、さまざまな機関がシニア向けのICT教室(最近はパソコン教室からスマホ教室へシフトしている)を開いている。新しいデバイスを手に入れた時、自力だけで習得していくのは特にこの世代にとってはなかなか厳しい。先述したとおり、直近でスマホを購入した人で、手探りだけで使いこなせるようになった人は、1割にとどまる。

その反面、購入店に聞いた人も、2割程度存在する。一見、スマホを購入した店舗に操作方法について聞くことが、最短の近道のように思われるが、シニアの声を聞いてみると、ケータイの販売店の店員は若い人が多く「聞きづらい」「こんな些細なことで聞くのは申し訳ない」と言った声が多数聞こえてきた。

使いこなしたい意欲を持っているシニアが多いだけに、実にもったいない状況である。では、教える側との年代ギャップを取り払えば、そういった懸念はなくなるのではないか、つまり教える側が同世代であるならば、その環境を変えることができるのではないか、という可能性を検討している時に、三重県鈴鹿市にシニアが講師をしている店舗を見つけた。

シニアがシニアを教える現場

アクティブシニアの活躍の場

鈴鹿サーキットで有名な、三重県鈴鹿市にドコモショップサーキット通り店がある。この店舗は、種々のイベント(夏祭り、魚の掴み取り、お菓子まき等)を開催しており、地域に密着した店舗である。その店舗においても、シニア向けのスマホ教室を8年実施しているが、その講師がシニアと同世代である。実際に店舗を訪ね、そのスタッフ2人に話を聞いた。

まず、そもそも何故講師になったかであるが、驚いたことにスタッフ自らも、元はこの店舗が行う、スマホ教室の受講者であった。つまり、元からICTリテラシーが高い人が、講師になっている訳ではなかった。自身が身を持って経験したことが、現在の講師と言う立場でも、生かされているということだ。

当然ながら、この店舗にも既存スタッフが存在し、年齢構成も20~30代と若い。では、最初から働いていたスタッフと溝を感じることはなかったか聞いてみたが、どうやら円満に業務に遂行できているようである。ここで、何故上手くいっているのか、鍵を探るとドコモショップ運営者側の役割が見えてきた。

当然ながら、何か問題が発生することはあり、時にモチベーションが低下することもあったようだが、ショップ運営者が間に入り、丁寧に話を聞き、その都度解決していったとのことだ。またシニアスタッフの役割も明確であった。シニアがスマホを購入した時、フロアスタッフが説明、手続きを行う。顧客の中には、それだけでは消化できない人もいる。そうした時に、フロアスタッフから、シニアスタッフへと引き継ぐ。そうすると、シニアの購入者はじっくり腰を据えて、スマホを学ぶことができる。

そうした環境であるからこそ、スタッフ間の交流も行われている。例えば、昼休みでも既存スタッフが、仕事の悩みなどについて、シニア講師から話を聞いたりすることで、店舗の雰囲気もさらに良くなったそうだ。
なお、このようにシニアが講師を務める店舗は、この店舗の系列店で6店舗あり、スタッフ同士の交流も盛んであった。LINEを使い、日々情報を交換しているとのことだ。自らが、デジタルシニアという訳だ。
さらにシニアが講師をしていることで、新たな人とのつながりも生まれていた。シニア講師と生徒の間にも交流が生まれ、バス旅行も計画されている。まさにアクティブシニアである。地域で役割を持つシニアが生まれ、そのシニアが他のシニアを巻き込み、地域全体が元気になっていく、そんな実感を覚えた。

筆者が2人の話を聞いて感じたのは、この2人には明確な役割が与えられ、またそのことが働くモチベーションにつながっているということだ。さらに2人は、プライベートでも充実しており、アクティブな日々を送っている。今回は、縁あってシニア向けのスマホの教室の講師をしているが、恐らく違った場でも活躍していたのではないかと思う。先述したとおり、決してICTリテラシーが元々高い方ではなく、スマホ教室との出会い、そしていつもモチベーションをあげてくれる運営者との出会いが今の状況を生み出している。シニア世代のICT普及には、こういったシニアが不可欠で、彼らがあらゆる場で活躍できる状況が期待される。

シニア講師のモチベーション向上(シニア向けスマホ検定

こうしたシニアの教える人のモチベーション向上/教えるきっかけになりそうな取り組みも始まっている。一般社団法人まなび考房(名古屋市)では、シニア向けのスマホ検定(スマートシニア地域モバイルサポート検定試験)を2016年から開始している。概要は、スマホの講座を受講した後、試験を受け、難易度により、1級から3級を取得できるというものだ。

過去の先行研究でも、シニアがアクティブに過ごすためには何らかの「役割」を持つことが、必要とされている。また、我々の調査では、現在スマホを所有しているシニアの約7割は、さらにスマホを使いこなしたいと答えている。このような学びたい気持ちに応えるようにこのような制度があることは、成果が目に見える形になることもあり、さらなるモチベーション向上が期待される。
先日、実際にこの制度を運営している、高所真理子代表理事に会い、話を聞いてきた。高所氏は、「シニアは役割を持つことがアクティブに過ごすために大変重要」と述べた。そのため、このような検定をスタートさせ、既に実施回数は9回を数えている。当初よりまなび考房では、シニア向けの教室を開催していて、そのノウハウがこの検定に生かされているとのことだ。
さらに、シニアは新しいことを学ぶと次への欲求が生まれ、どんどん探究心が増すとのことであった。実際に3級の検定を合格された人は、上級の検定を目指したいと答えている。
今後の期待することとしては、この制度によって資格を得たシニアが、その資格を実際にシニアを教える活動に生かすことが可能な場ができることであった。それが、こういった資格を取得する上での「最終目的」となる。先ほど紹介した、ドコモショップサーキット通り店の例もあるように、今後シニアがシニアを教えることが広まる中で、このような資格制度が生かされる時代が来るのではないだろうか。

今後の普及の鍵

ここまでシニアがシニアを教える実例について述べてきたが、今後スマホの普及が広がりを見せる上で、何か注意すべきことはないか、長年高齢者の就労と職種について、研究をしている桜美林大学老年学研究科の長田久雄教授を訪ね、我々の研究成果と合わせ、上述の実例について説明し、今後の可能性について、期待と懸念点を聞いた。

まず、シニア世代におけるスマホの普及について、「教室でいきいき」層に注目している点については異議なしとのことで、また、シニアがシニアを教えることについても、大変な可能性があり、高齢者の活躍の場としても、大変面白いと評価してもらった。そこで、今後こういった取り組みが普及するにあたり、ポイントとなることを聞いてみた。

最も重要となるのは、「役割の明確化」であった。既存スタッフと同程度の役割の下で働くのは、難しいこともある。それならば、どこまでの業務をシニアに任せるのか、最初に決めることが重要であるとのことであった。つまり、しっかりと仕事の導線を洗い出し、評価していく必要がある。

その評価が曖昧なままでは、既存スタッフから見れば、どこまで任せたらいいのか、不安が残るであろう。そのことが、シニアスタッフにとっても、既存の若いスタッフにとっても、同じ職場で円滑に働くために、必要なことではないか。

最後に「セキュリティとマナーも持ち合わせ」

高齢化が進む中、シニア世代においてもスマホの普及が拡大する可能性が高い。しかし、所有率が拡大することが、この世代の生活を豊かにする訳ではない。スマホの使い方をマスターし、活用してこそ、充実した役割が発揮できる。そうしたデジタルシニアを増やすためにも、上述したように、シニアがシニアを教えることが、重要となっていく可能性が今回示唆された。さらに、シニアの活躍の場が増えることは、地域の活性化・労働力不足の解消の一助となろう。

ただ、普及する段階においては、便利・楽しいだけではなく、セキュリティやマナー、さらに安否確認など防災においての利活用も合わせて、認知・活用されることを切に願う。