高齢者見守りなど市民サービスをサステナブルに、IoT実証でのチャレンジャー集積地を目指す
2018年02月08日新・公民連携最前線
無料Wi-Fiを整備し、市内をIoT(Internet of Things)の実証フィールドとして展開する福岡市。スタートアップ企業をはじめ、IoTビジネスを手掛ける多くの企業を誘致して地域活性化を図るとともに、市民に便利な生活環境を提供する。子どもや高齢者の見守りも、その一つだ。先導役は高島宗一郎市長。その狙いや目指している未来の社会像について聞いた。
――福岡市をIoTネットワークの実証フィールドにしようとしていますね。目的を教えてください。
高島 目的は2つあります。一つは市民の生活を便利にし、それを将来にわたって維持していける持続可能な仕組みを構築すること。もう一つは、新しい価値創造を目指すチャレンジャーを福岡市に呼び込み、優秀な人材と知恵とが集積する場所にしていくことです。
IoTというと難しいイメージがありますが、難しいのは核心的なテクノロジーの部分だけであって、それを意識することなく使えるサービスを実現すれば、市民にとってはいろいろなものやサービスが便利で優しいものになります。
今後の日本では、少子化・高齢化、そして人口減少が進んでいきます。納税者が減り、受益者が増えていくなかで、市民サービスを維持・向上させていくには、新しいテクノロジーを組み込んで、少ない人手で効率的に運用できる仕組みを作らなければなりません。これを実現できれば、人口減少社会にあっても、若い人たちや子どもたちが夢を描ける社会、市民の皆さんが安全に、安心して暮らしていける社会をつくれると考えています。
――もう一つの、チャレンジャーの呼び込みについては?
高島 福岡市では、情報関連産業の集積を活かして、IoT関連事業への支援・振興に取り組んでいます。そんな中で、特に近年は、IoT機器を活用した実証実験のニーズが高まっています。そこで、市内広域でIoT機器の実証実験が行える通信環境を整備し、IoT事業参入への障壁を低くしようと考えました。
そのためのインフラとして、安くて消費電力の少ないIoT向けの通信ネットワーク「Fukuoka City LoRaWAN」を市内に構築しました。2017年9月から稼働しています。
IoTを幅広く社会・経済活動の中に実装していくためには、多数のセンサーからデータを集めるためのネットワークが必要です。ただ、IoTで扱うデータは容量が小さく、通信量自体はそれほど大きくないケースが大半です。この点、大容量のデータ通信が可能な3G/4G(第3世代/第4世代移動通信網)といった既存の通信ネットワークは、オーバースペックになりがちで、その分、通信料金も高く付きます。さらに、消費電力が大きいことから、バッテリーが長持ちせず、頻繁に取り換える必要がでてくるといった課題もあります。
こうした課題をクリアし、安価で手軽に使えるようにしたのが、LoRaWANというIoT用のネットワークです。LoRaWANは、LPWA(Low Power Wide Area Network)と呼ばれる無線通信規格の一つで、省電力で広域をカバーすることができます。
新しいものを社会に組み込むための環境を整備することによって、チャレンジ心のあふれる人たちに、夢を実現できるエリアとして認知してもらえれば、優秀な人材を福岡に呼び込めます。人材と一緒に市内外からの投資も呼び込めるはずです。そうして、IoTを活用したサービスやビジネスモデルが次々に創出されるような街を作りたいと思っています。
――IoTを、具体的にどのような領域で活用したいと考えていますか?
高島 福岡市は人口157万人を超える政令指定都市ですが、高度な都市機能が集積する市街地と、山や森、海や河川など豊かな自然がコンパクトにまとまっていますので、いろいろな分野での実証が可能だと思います。
いくつか例を挙げると、子どもや高齢者の位置情報の把握による見守り、河川の水位管理による防災・減災、ガス使用量の遠隔検針、農業においては温湿度やCO2、水位の管理といった分野です。
既に実証の申し込みを受けたものとしては、マラソンでのランナーの位置情報や、鳥獣捕獲のための遠隔通知、乳幼児の寝返り検知、バーチャルパワープラントにおける蓄電設備の制御などがあります。
ほかにも、これまで思いもしなかった分野での活用に期待しています。民間の創造性あふれるアイデアで、常識を覆すような新しいサービスを生み出してほしいですね。
――例に挙げていただいた見守りを含め、高齢者や児童のサポートに関して、貴市における問題意識と、それに対するこれまでの取組みについて教えてください。
高島 福岡市は政令市のなかでも若者(10代・20代)の割合が最も高いのですが、それでも地域によっては高齢化が進んでいます。今後は市全体で急激に進む見込みです。そこで最も意識しなければならないことは、高齢者の絶対数が増えることです。
福岡市では、2000年から2025年までの間に後期高齢者が約16万人、2050年までにはさらに約11万人増加すると見込まれています。現在の仕組みのままでは、需要に対して供給がまったく追いつかなくなっていきます。財政的にもますます厳しい状況になっていくでしょう。ですから、高齢化が進展していく前に、今後も市民サービスを維持・向上させていくための持続可能な仕組みを構築しておくことが必須です。
これまでも、認知症の方の見守りや高齢者の買い物支援などの取り組みは進めてきました。例えば見守りに関しては、認知症の方が行方不明になったときの早期発見のために見守りネットワークを構築しています。「認知症高齢者捜してメール」では、協力サポーター(登録してくれた事業者や市民)へ協力依頼メールを一斉配信する仕組みで、広範囲に少しでも発見率を高めるための仕組みとして、他の自治体とも連携して共通のシステムを導入しています。
多くは通りがかりの人が不審に思い警察に通報し保護につながった事例ですが、送信されたメールの特徴や写真を見て通報、保護に至った事例や複数のサポーターから通報が寄せられた事例もあります。協力サポーターを増やすことや、積極的な捜索協力を得て効果を高めること、近隣市町と連携していくことは、認知症の人にやさしいまちづくりを進めるためにはかかせないことと考えています。
子どもの見守りに関しては、小学校によっては、全校生徒にICタグを配布して登下校情報を伝えるシステムなどを導入していますが、全市的に導入している制度や仕組みはありません。ただ、児童や乳幼児を対象とした見守りは、今後ますます重要になってくると考えています。実際、Fukuoka City LoRaWANの実証アイデアとして、保育園で乳幼児のうつぶせ寝を感知する実証実験の提案が出されています。
――その他の高齢者支援はいかがですか?
高島 今後、高齢者の方々が住み慣れた地域で安心して暮らしていくためには高齢者向けの移動支援サービスが必要です。これを、地域の力によって充実していくために、「地域との協働による移動支援モデル事業」を開始し、市内の1校区を実証区域として、課題検証などを行っています。
「ふれあいかすみ号」と呼ぶ車両(10人乗り)で、利用を希望する高齢者、約80人を無償で送迎し、重い荷物の持ち運びを含めた乗降支援を行っています。運転手は地域が募集したボランティアの方々です。買い物支援だけでなく、週1回の利用日に来られない高齢者の方を他の利用者の方が心配するといった相互の見守り効果も出てきています。
地域の絆や人のぬくもりと、IoTなど最新のテクノロジーを掛け合わせて、子どもが安全に学校に通えて、高齢者の方も安心して生活できる、そんな社会を作っていきたいと思います。
そのために、そのモデルとなるまちを創り出すことを狙った「FUKUOKA Smart EAST」プロジェクトを進めています。移転を予定している九州大学の跡地を使うもので、交通利便性の高い場所にある50ヘクタールもの広大なエリアで、ゼロベースでまちづくりを始められます。
例えば「スマートモビリティ」では、新たなモビリティのあり方として自動運転バスの導入が考えられます。個人の健康や安全に貢献する「スマートウェルネス」では、建物や街中に高精度のセンサーを設置して、スマートフォンやウエアラブル端末で、子どもや認知症の方の見守り、健康状態の把握などを行うことも考えられます。様々な分野で最先端の技術革新を、まちづくりのベースに組み込むことによって、未来のまちづくりのモデルとなる、快適で質の高いライフスタイルと都市空間を創り出したいと考えています。
―― IoTネットワーク実証の推進に関して、気をつけていること、心がけていること、あるいは市職員に促していることはあるでしょうか。
高島 とにかく、行政が民間の邪魔をしないようにと思っています。いろいろな社会課題の解決に向けた提案が出てくると思うので、民間の皆さんの新しいアイデアが実現できるように積極的に後押ししていきたいと思います。
職員に対しては、まずはICTやIoTに関するリテラシーを高めること、そして新しいテクノロジーに対するアンテナを張って、行政分野にもどんどん取り入れるチャレンジをしてほしいということを伝えています。
――IoTを活用するには、どのような部分に、どのように適用するかのモデルづくりがポイントになるかと思います。そのアイデア創出やビジネス創出に、市として積極的に関わっていくのでしょうか。
高島 アイデア創出やビジネス創出そのものについては、民間企業からアイデアが出てくることを期待しています。行政としては、その活動を促し、民間企業が能力・活力をフルに発揮できるような環境を作ることが大切だと考えています。新しいテクノロジーやビジネスモデルを社会に実装していく過程では、エラーの洗い出しが必要となります。
福岡市はその実証の場を提供していきます。2016年に始めた「実証実験フルサポート事業」がそれで、実証実験促進に向けて、費用面や地元調整に関する支援を行っています。新しいテクノロジーやビジネスアイデアの実装に向けた実証実験を行う時に、できるだけスムーズに実装を始められるようにするためです。さらに、福岡市は国家戦略特区に指定されているので、既存の規制が壁となる場合でも、特区による規制緩和や市独自の規制緩和によって、民間のチャレンジを後押しします。
――民間企業との連携について、貴市として工夫している点があれば教えてください
高島 公民連携というと、これまではダサいというか、中途半端なイメージがありました。行政はそれほど大胆に民間に任せ切れず、民は自由度が奪われて、結局思ったような成果を得られない、そんなケースが多かったのではないかと思います。その中途半端というイメージを壊したい。
例えば2017年4月にオープンした、福岡市の新しい官民連携スタートアップ施設「Fukuoka Growth Next」は、官民連携の本来の力を示した施設だと自負しています。これは都心部のど真ん中の小学校跡地に作ったスタートアップ施設です。行政が動かなければ、こうした用途での利用は容易ではありません。そして、民のアイデアやノウハウがなければ、誰もが気軽に利用できる、カフェやバーまで入ったおしゃれな空間はデザインできなかっただろうと思います。こうした例を増やして、「公民連携がかっこいいんだ」というイメージを福岡から見せていきたいと思っています。
これは、今後の社会をつくる上で重要になるはずです。ビジネスを作ったり、テクノロジーを作るプレーヤーの多くはスタートアップ企業です。ただ、どんなに優れたビジネスモデルやテクノロジーが出てきても、それを実装しなければ社会は変わりません。
どんな社会や制度であるべきかは、政治や行政が作っていきます。だから、政治・行政とスタートアップが一緒になって力を合わせなければ、素晴らしいテクノロジーやビジネスモデルが実装された、次世代は拓けないと考えています。
――IoT導入を含め、福岡市の発展に向けた取り組みのKPIは何でしょうか
高島 例えば、スタートアップのイベント数、インキュベート施設の入居数といった、具体的な事業の数値目標だけでなく、福岡市のマスタープラン(総合計画)において、大きな政策分野での成果指標を設定しています。政策分野での成果指標は、例えば新設事業所数、都心部の従業者数といったもので、多くの施策によって達成を目指すものです。
新しいチャレンジをどんどん進めながら、こうした目標を達成し、福岡市を発展させていきたいと考えています。そして、福岡市で取り組んだ新しいチャレンジが各地の自治体に広がり、日本全体が明るく変わっていくことを期待しています。