増える「一人暮らし親」…手軽にできる見守り術

2018年01月21日AERAdot.

 
 一人暮らしの高齢者は今や650万人以上。孤独死を防ぐため、安否確認は家族だけでなく、社会全体の課題だ。離れて暮らす親を最新技術で見守るサービスや、宅配業者による定期訪問などが広がる。親の近くに住むと家賃が割り引かれる「近居」の支援策も。最近の見守り事情を紹介する。

「バリスタさん、コーヒーをいれて」

 専用タブレット端末の画面に映るエプロン姿の女性「バリスタさん」にそう呼びかけると、コーヒーマシンが動き出す。近未来を描いた映画やアニメでよく見る光景が、目の前で繰り広げられる感じだ。

 ネスレ日本が2017年9月から始めたサービスで、高齢者宅に設置するとコーヒーを入れるだけでなく、見守りの機能も担う。タブレットが無料通信アプリ「LINE(ライン)」につながっており、コーヒー抽出後、離れて暮らす家族のスマホに通知が届くしくみだ。コーヒー好きの親が、いつもどおりにコーヒーを飲む生活をしているかがわかる。

 同社ダイレクト&デジタル推進事業部の津田匡保部長も両親と離れて暮らしているという。「心配だからといって毎日電話するわけにいかない。自然とつながって、親世代も親しみやすいしくみにしたかった」と開発経緯を振り返る。

 家電製品や家、車など、身の回りのものが自動でネットにつながり、相互に情報をやりとりする技術や手法は、「IoT(インターネット・オブ・シングス)」と呼ばれる。IoTを使った高齢者見守りの商品やサービスが、近年増えてきた。

 スマホなどの機器を使い慣れていなかったり、見守られることに抵抗感を覚えたりする高齢者も少なくない。そこに配慮し、各社とも機器の操作性や高齢者の暮らしぶりをどう把握するかを工夫している。

 関西電力は17年1月、電気使用量の変化を使った見守りサービスを始めた。過去30日間の使用量データをもとに、起床、洗濯や調理などの生活リズムを推定。ずれや一定割合以上の増減があった場合、家族のスマホなどへ知らせる。

 NTTドコモや玩具メーカーのイワヤなどが開発したのは、クマのぬいぐるみ型ロボット「ここくま」。音声認識や発話機能があり、一人暮らしの高齢者宅に置くと、話し相手になる。

 その利用履歴は離れて暮らす子ども世帯に届き、親が元気に過ごしているかがわかる。子ども世帯宅の電話から、メッセージを留守番電話のように吹き込むこともでき、高齢者宅のぬいぐるみで再生できる。高齢者世帯から子ども世帯へも音声メッセージを送れる。

 いずれのサービスも今のところ、40~50代の子ども世代が親に働きかけ、使い始めるケースが多いようだ。

 象印マホービンが、電気ポットによるサービス「みまもりほっとライン」を01年に事業化したのは、ある出来事がきっかけだった。東京都内で1996年、病気の男性と高齢の母が死後約1カ月経って見つかったことだった。

 東日本大震災直後、節電意識の高まりや、家族が一緒に暮らす傾向が強まったことなどから、契約数は一時落ち込んだ。しかし、最近は高齢者の子ども世代にターゲットを絞り込んだネット広告の効果などもあり、「増加基調を維持している」(事業担当の川久保亮さん)という。

 一定時間ポットが使われないと、子ども世帯は不安を感じてしまう。そこで、外出や帰宅を通知するボタンを付けるなど改良も加えてきた。高齢者宅の緊急事態を想定しているのではなく、生活リズムの変化をいち早く知るしくみだと、顧客には説明している。

 ポットはレンタルで、解約後は同社に返却する。返却時のポットや手続き書類に「病気にいち早く気づけた」「死に際を看取ることができた」と手紙が添えられることも少なくない。

 前出の川久保さんは「利用者それぞれが運用の仕方を工夫して、電気ポットをうまく使ってくれている」と実感している。

 国民生活基礎調査によると、65歳以上の一人暮らし世帯は、2016年6月時点で655万9千世帯。全高齢者世帯に占める割合は27.1%に達する。50年には高齢者1人に対して、20~64歳が1.2人となり、「一人の現役世代が一人の高齢者を支える社会」が訪れる。

 家族だけでは高齢者を支え切れないのが現実。地域全体でいかに支え手を増やすか。さまざまな取り組みが始まっている。

 西脇市(兵庫県)は16年から、宅配便大手のヤマト運輸と提携している。同社のドライバーが月1回、高齢者宅約220世帯を訪問。その際に、体力維持や交通事故の防止など高齢者向け情報が掲載されたパンフレットなどを手渡しする。それとともに、日常生活について簡単な質問を毎回、投げかける。

「最近、外出しましたか」

「出すぎて困るねん。じっと家にようおらんわ」

 市内に住む田中悦子さん(75)は毎月、こんなやり取りでドライバーを笑わせる。「道を歩いていても、運転席から手を振ってくれたり、声をかけてくれたりする。気心の知れた人がいるのは、もし外出先で何かあったときにも安心だ」

 見守りの対象は、比較的元気な高齢者としている。介護サービスや市からの緊急通報装置貸与などを受けていない人だ。ドライバーは、外出頻度や家族以外の人との会話の有無など、ヒアリング結果や配達先で感じた変化を市役所へ報告する。受け取りサインの乱れに気づき、報告を受けた市の担当者が認知症の疑いがあると判断し、見守りを強化したケースもあるという。

 市長寿福祉課の比留田展忠さんは「これまで元気な高齢者への目配りは手薄だった。ドライバーの目を通して、高齢者の現状をいち早く知ることができるのは大きい」と話す。

 ヤマト運輸は青森県深浦町や富山県氷見市でも、定期刊行物の配達を通じた見守りを同様に進めている。特定の高齢者対象ではなく、通常業務中に配達先の異変に気づけば行政などに連絡する取り組みもある。こうしたものも含めると、全国280以上の自治体と連携しているという。

 日本郵便は17年10月から、直営郵便局の社員などが高齢者宅を月に1度訪問し、体調などを聞いて家族にメールで報告する有料サービスを始めた。すでに数千件の申し込みがある。「数年後に数万件規模に拡大したい」(同社)という。

 離れたところからの見守りサービスだけでなく、高齢者世帯と子ども世帯が近くに住むことの支援制度もある。高齢者のケアだけでなく、少子化対策としても、「近居」や「同居」に期待が寄せられている。

 都市再生機構は13年から、近居による家賃の割引制度を本格的に始めている。子育て世帯とその親の世帯が同じ住宅団地内に住む場合、家賃を5年間で最大20%割り引く。16年度、関東、関西、東海など5大都市圏の約7千世帯がこの制度を使った。高齢の親を地方から呼び寄せるケースもあるという。

 厚生労働省は25年までに、高齢者が住み慣れた地域で自分らしく暮らせる体制を整える方針だ。「地域包括ケアシステム」と呼ばれ、在宅医療や訪問介護サービスを地域でくまなく提供する。IoTはそれを支えるカギの一つになる。

 パナソニックは地域包括ケアシステム構築を見据え、大阪府交野市や愛知県豊田市などの単身高齢者宅で実証実験をしている。呼吸や身体の動き、ドアの開閉などを感知するセンサーや、遠隔操作できるエアコン、服薬を指示する通話機能付きカメラなどを住宅内に設置。離れて暮らす家族やケアマネジャーが最新技術を使いつつ、高齢者の暮らしをサポートする。

 睡眠状況やトイレの利用回数、日々の行動パターン、投薬やケアの実績なども踏まえ、最適なケアプランを提案したり、介護事業者の業務を支援したりするシステムやビジネスの確立をめざすという。

 同社で見守りシステムを担当する木田祐子さんは「高齢者が自立し、いきいきと暮らせる社会の実現につなげたい」と話す。

 情報通信機器やデジタル家電は、私たちの生活や社会に不可欠な存在になってきた。高崎健康福祉大の安達正嗣教授(家族社会学)は「高齢者の中でも、使いこなせる人とそうでない人の格差が拡大している。今後は高齢者に特化したメディア教育も必要」と話す。

 情報機器が進化し、少子高齢化がさらに進むと、高齢者を取り巻く家族の姿も変わるのだろうか。

 安達教授はこう指摘する。

「生活に根差し、愛情を基本とするからこそ、家族は成立する。この点は社会がどう進化しようと変わらない。最新機器を介したコミュニケーションでも、互いの思いや感情を積極的に発信して共有することが大事です」

 感情や思いを尊重しつつ、地域や社会の未来像を描くべきなのだと思う。