過熱する高齢者見守りビジネス最前線

2017年04月05日WEDGE Infinity

 
 都心から電車、タクシーを乗り継ぐこと約2時間、東京都の多摩地域西部に位置する檜原村(ひのはらむら)に到着した。周りを急峻な山嶺に囲まれた自然豊かな村で、「夏にはキャンプやバーベキューをしに観光客が集まる」(タクシー運転手)そうだが、筆者が訪れた冬の昼下がりには外を歩く人は少なく、静けさが広がっていた。

 檜原村の人口は約2300人だが、そのうち65歳以上の高齢者は約50%を占めている。若者世代の多くは村外へ出て行き、村では高齢世帯が増加している。

 こうした状況を踏まえ、檜原村は、2015年12月に日本郵便と提携し、高齢者の見守りサービスを開始した。独居高齢者や高齢夫婦の世帯を主な対象とし、月に1度、郵便局員が配達業務とは別に訪問し、30分ほど会話をする。そして、生活の様子を確認し、村の福祉係に報告するというサービスだ。福祉係は郵便局員から受け取った報告内容を把握し、遠方で暮らす家族へ連絡する。

 また、毎日同じ時間帯に電話が鳴り、その日の体調を自動音声で確認する別のサービスも提供している。費用は、訪問サービスが月1980円、電話サービス(固定電話の場合)が月980円(いずれも税抜)で、村が全額負担している。村は、この見守りサービスの予算として、16年度で約115万円を計上している。サービス利用者は両サービスあわせて約40人(2月1日現在)だ。

 「職員だけで高齢者の見守りを行っていくのは厳しい。民間がこうしたサービスを提供してくれることは、とても心強い」

 そう話すのは、檜原村福祉けんこう課の長田隆太氏だ。実際に、「体調が悪そうだ。いつもと少し様子が違う」という郵便局員からの報告で職員が駆けつけたこともある。

 何より、「高齢者が強く求めているのは人と話す機会。利用者からは、『寂しさがまぎれる』、『時間があっという間に過ぎてしまう』という声をよく聞く。単純な状況確認だけではなく、高齢者を元気づける効果も大きい」と長田氏は話す。

 日本郵便は、こうした高齢者の見守りサービスを13年から開始した。当初は全国103局でサービスを提供していたが、今では約800局まで増加している(2月1日現在)。

 同社トータル生活サポート事業部企画役の西嶋優氏は、「全国に広がる郵便局のネットワークを活用することで、色々な地域で幅広く見守りサービスを提供することができる」とその手応えを語る。今後は「タブレット端末を用いた新たなサービスを導入するなど、本格的に高齢者支援事業に参入し、収益基盤も拡大させていく予定」だと言う。

品物の配達と同時に見守りを

 日本郵便と同様に、既存のネットワーク網を生かした見守りサービスを行っているのが、ヤマト運輸だ。

 高齢者が電話で地元のスーパーマーケットの品物を注文し、ヤマト運輸のセールスドライバーがその品物を家まで配達する。そして、配達の際に、顧客の健康状態や困りごとを確認して、行政に連絡するというのが、同社の代表的な見守りサービスだ。

 このサービスは、岩手県内で働いていたセールスドライバーが、配達でよく顔を合わせていた顧客が孤独死していたことをきっかけに発案し、誕生した。同社の見守りサービスは全国に広がり、16年6月現在で125の自治体にサービスを提供している。

 営業推進部プロジェクトマネージャーの山口直人氏は、「高齢者見守りサービスは需要が高く、もはやCSRと言われるような社会貢献活動を通した取り組みではなく、本業としての取り組みになっている」と語る。また、「こうしたサービスを行うことで、高齢者向けの新たなサービスを展開する際にも警戒心を和らげることができる。どのようなサービスを求めているかという声、情報も集まりやすくなる」と、そのメリットを話す。

所要時間14分の緊急駆けつけ

 「一昨年の春頃から使い始めました。体はまだ元気だけど、何かあったときにすぐに助けが来るという安心感があり、お守りのようなものです」

 そう話すのは、綜合警備保障(ALSOK)の緊急ボタン付きのペンダントを首から下げて暮らす加藤秀子さん(仮名、82歳、千葉県浦安市在住)だ。

 ALSOKは、高齢者支援事業として、全国約1700の自治体のうち、約500の自治体と提携し、緊急駆けつけサービスを提供している。定期的に訪問して見守りを行うサービスと異なり、急な助けが必要なときに警備員が駆けつけるのが特徴で、通報後、約14分(全国平均)で駆けつける。

 ボタンを押すだけで通報できる機器を家の中に取り付ける基本サービスに加え、加藤さんが使用しているような首から下げられるペンダントや、トイレのドアなどに機器を取り付け、一定時間動きがなかった場合に自動的にALSOKに通知がいくなどのオプションサービスもある。

 HOME ALSOK営業部企画課担当課長の羽生和人氏は、「急速な高齢化により、緊急駆けつけサービスの依頼をしてくる自治体は増えており、ここ数年では、年間約20自治体から依頼がある」と話す。

 ALSOKと提携する千葉県浦安市では、市が全額負担で緊急駆けつけサービスを独居高齢者や高齢夫婦の世帯を中心に提供している。16年度の利用者数は1000人弱で、申し込み件数は右肩上がりに伸びている。

 実際、昨年1年間で、浦安市における高齢者の緊急駆けつけ通報は239件あり、そのうち67人が救急搬送されている。

 このサービスに対する16年度の市の予算は約1900万円に上り、前年度決算より約150万円増額している。

 「高齢者の人口が増え続けていて、職員の力だけでは対応しきれない。どこに住んでいてもすぐに駆けつけてくれるサービスは、安心感が全く違う」と浦安市高齢者福祉課長の河野良江氏は話す。

一般市民を巻き込んだ徘徊対策

 ALSOKは現在、認知症の人の徘徊対策に特化したサービスを試験的に始めている。「みまもりタグ」というBluetooth無線を発信する軽量の小型端末を活用したサービスで、全国10カ所の自治体と提携して実施している。

 みまもりタグは、専用の靴に装着でき、それを履いた認知症の高齢者等が、専用アプリをインストールしたスマートフォン(スマホ)や、地域内の多数箇所に設置された「みまもりタグ感知器」とすれ違った際に、スマホや感知器のGPS機能により、自動的にサーバーに位置情報が蓄積される。これにより、行方が分からなくなった時に居場所を特定することができる。アプリをスマホにダウンロードしてくれるボランティアが多いほど位置情報の精度が上がる。

 東京都多摩市では、昨年、ある認知症の高齢者が行方不明になり、未だ見つかっていない。同市は、この「みまもりタグ」による事業でALSOKと提携し、認知症に関する養成講座を受講した1万人を超える認知症サポーターに加え、一般市民にまで、アプリをダウンロードするよう協力を呼びかけている。

 また、徘徊対策をより効果的に進めるために、みまもりタグの事業でALSOKと提携している他の9の自治体のうち、隣接する稲城市にも協力を呼びかけている。
 「民間が入ることで、自治体同士がネットワークを構築するきっかけになった」と多摩市健康福祉部長の荒井康弘氏は話す。

 自治体が「地域による高齢者の見守り」を行うのが困難になってきているなか、全国に広がるネットワークや最新機器を持つ民間企業が高齢者の見守り事業に本格的に参入してきている。今後も高齢化が進行していくなか、こうした官民連携による見守り事業はますます拡大していくだろう。