分電盤で家電の稼働把握、宅配業などで活用へ

2017年03月08日日経ビジネス

 
冷蔵庫に洗濯機、テレビ──。住宅内に数多くある家電製品の稼働状況をリアルタイムに把握できれば、住人の生活パターンや家族構成などが手に取るように分かる。その情報は消費者向け商品やサービスを手掛ける企業にとって宝の山。例えば見守りサービスの事業者は炊飯器の稼働状況を基に、高齢者がきちんと食事を取っているか正確に把握できる。

 これまでもHEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)などを活用すれば、家電の使用状況を把握できた。ただシステムを導入するにはコストが重く、対応する家電をそろえるなどの手間もかかった。そこで電力の送配電事業を手掛ける東京電力パワーグリッド(東電PG)が目を付けたのが分電盤だ。

 住宅内に取り付けられ、電力会社から送られてきた電気を各部屋の照明器具や電化製品に供給している。「ここに簡易なセンサーを取り付ければ、個々の家電の動きが見えてくる」(東電PG経営企画室の柳達也氏)という。そこで同社は日立製作所などと組み、昨年11月から実際の住宅で実証実験を開始。今年3月をめどに検証を終え、早ければ年内にも実験的に見守りサービスなどの事業につなげたい考えだ。

センサーで稼働状況を把握

 家電製品の多くはそれぞれ特徴的な電流の流れ(波形)を持っている。「掃除機の場合、電源を入れた瞬間『ラッシュ電流』と呼ばれる大きな電流が流れて波が大きくなる」(同・中城陽氏)といった具合だ。

 電力供給の根本に当たる分電盤には、家電ごとに特徴的な波形がごちゃまぜになった電流が流れ込んでいる。時々の家電の使用状況によって細かく波の形が小さくなったり大きくなったりしているわけだ。

 随時変化している電流の波形を分電盤内のセンサーで捕捉し、サーバーに送って各家電が持つ波形の特徴をヒントに分離する。これにより、いつ、どんな家電が稼働しているのか把握できる。この技術は「機器の分離(ディスアグリゲーション)」と呼ばれ、ソニー出身の只野太郎氏が2013年に創業したベンチャー企業インフォメティスと、韓国を中心に事業展開する米エンコアードの2社が手掛けている。そこで東電PGは両社と連携し、それぞれのセンサーを分電盤に取り付けた。

 インフォメティスやエンコアードは洗濯機やエアコン、電子レンジなど住宅で使われる10種類前後の代表的な家電の波形をあらかじめ把握しており、両社とも8~9割の精度で何がいつ動いたか明らかにできるという。さらに「ニーズがあれば分析対象にする家電の種類を増やしていく」(インフォメティスの只野社長)考えだ。

 東電PG側はディスアグリゲーション技術で得た家電の稼働情報を、プライバシーに配慮した上で様々な企業に提供する事業モデルを模索する。

 その応用範囲は広い。例えば宅配事業者であれば、家電を使っているかどうかで在宅状況が分かるため、配送の効率化が望めるだろう。炊飯器を頻繁に使っている家庭向けに、調味料メーカーが炊き込みご飯のもとなどを個別に販売したり、深夜に洗濯機をよく使う家庭向けに部屋干し用の洗剤を売り込んだりするなど「細やかなマーケティングが可能だ」(エンコアードの本橋惠一・マーケティング本部長)。古くてエネルギー効率の悪い家電を使っている住宅向けに、家電メーカーが最新の省エネ家電を提案したり、製品のメンテナンスに活用したりする道もある。

 もっとも、センサーが取得する情報は膨大で、そのままでは扱いにくい。宅配業者は大まかに在宅かどうか分かればいいし、調味料メーカーは炊飯器の稼働状況がつかめればいい。

 そこでサーバーにデータを蓄積し、各企業が求める最適な形で情報提供できるよう加工する役割を担うのが日立製作所だ。「当社のIoT(モノのインターネット)のノウハウがあれば、例えばマンションの住人が一斉にエアコンをつけたタイミングを把握したり、(東電PG管内の)全データと比較するとどうなのか分析したりするなど、様々に家電情報を利用できる」とエネルギー情報システム本部の福岡昇平・本部長は自信を見せる。

コンセントでデータ通信

 今回の実証実験では、もう一つ新しい技術が取り入れられている。パナソニックが開発を進めるHD-PLC(高速電力線通信)だ。家中に張り巡らされた電力線を使ってデータ通信を可能にする技術で、コンセントがあればインターネットに接続できるのが売りだ。

 分電盤に取り付けられたセンサーがネット上のサーバーに情報送信する際、一部でこの技術が使われ、電力線を伝って波形データが運ばれている。

 今回の実験に必ずしもPLCが必要なわけではない。というのもセンサーにはWi-Fi機能があるため、直接、無線LANのルーターにデータを送れるからだ。ただ分電盤と無線LANルーターとの距離が遠かったり、障害物があったりすると電波がうまく届かない恐れもある。そこで今回の実験では、センサーのデータをコンセントに差し込まれた無線機能を持つPLCアダプターに送り、電力線を通して別の場所にあるルーターに送信している。

 1本の電力線で電力とデータを一体で扱うPLCにとって、最大の敵はノイズだ。ディスアグリゲーション技術では、家電ごとに特徴のある電流の波形がその判別に役立っているが、データ通信にとっては、その変動が正確な送受信を妨げる要因になる。

 そこでパナソニックはノイズ状況を見極める技術などを活用し、通信の安定化を図った。「2km程度であれば電力線でデータ通信できるようになっている」とPLC事業推進室の荒巻道昌室長は言う。

 これが実用化すれば、コンセントに家電を差すだけで、稼働状況や故障の有無といった様々な情報をサーバーに送れるようになるだろう。反対に電力線を通じて家電メーカーが住宅内にある家電のソフトウエアをアップデートしたり、効率的な動き方を指示したりできるようにもなる。法整備が必要になるが、PLCがあれば屋外の電力線をデータ通信のネットワークとして機能させることもできる。つまり全国に張り巡らされた電力線が、巨大な通信インフラに早変わりする可能性もあるわけだ。

分電盤を超えて

 東電がこれまで注力してきたのは、分電盤まで安定して電力を供給することだった。分電盤の向こう側、住宅内での電力の使われ方には無関心だったとも言える。グループの分社化で誕生した東電PGがその方針を転換し、住宅内の家電の使用状況まで把握してサービス基盤を作ろうと動き出した背景にあるのが、福島第1原子力発電所の事故だ。20兆円を超えて膨らむ事故費用を賄うため、東電グループの発電、送配電、小売部門はそれぞれで収益の向上を強く求められるようになった。

 分電盤センサーで得た情報を様々な企業が活用できるようにすれば、東電PGは送配電事業に加え、データ提供やシステム利用料という安定した収益基盤を確保できる。

 東電の方針転換は、消費者向け事業を手掛ける企業にとっても大きなビジネスチャンスをもたらす。東電PGが送配電する世帯数はおよそ2000万軒に上る。仮に全住宅にセンサーが入れば、膨大なデータが集まる。

 これをどう使うか。東電PGが2回実施した企業向けの説明会は、会場が満席になる盛況ぶりだったという。「データに興味を持つ企業は多く、保険会社など想定もしていなかった企業の顔ぶれもあった。どんなサービスに利用できるか、積極的に話し合っていきたい」と東電PG経営企画室の石川文彦室長は期待する。

 課題を挙げるとすれば、個人情報の扱い方だろう。今回の仕組みが実用化すれば消費者のプライバシーをかなりの程度、把握できてしまう。これを様々な企業が利用することに消費者は不安を覚えるかもしれない。個人情報を守る仕組みをしっかりと整えられるかがポイントになりそうだ。