会話AIがお年寄りの話し相手 ある山村での試み
2016年6月10日日経新聞
今年は、AI、つまり人工知能の活躍が目覚ましい。米グーグルが開発した「アルファ碁」はプロ棋士との勝負で圧勝。「ボット」と呼ばれるAIを活用した自動返答機能も、多くの企業が注目している。
そんなAIを、社会貢献の分野で活用しようとする企業がある。エルブズ(渋谷区)である。お年寄り向けのAIつきチャットを独自に開発し、今月から京都府の唯一の村、南山城村で実証実験を始める。人口2900人のこの村の問題点の一つが、高齢化だ。
開発のきっかけは田中秀樹社長の実体験。ある過疎の村の一戸建てを訪れた時、お年寄りの孤独死に直面した。「生活や息づかいがそのまま切り取られ、時が止まっているような印象でした」
日本の現実に直面した田中社長が、テクノロジーの力で何とかしたいと考案したのがAIを組み込んだチャット「エルブズケアエージェントサービス」である。
いち早く開発中のサービスを見せてもらった。スマートフォン(スマホ)に専用アプリをインストールして使う。設定も見た目も非常に単純だ。
チャットがつながっているのは「家族」「友人」「民生委員」「病院」「警察」など。イラストで描いてありお年寄りにも分かりやすい。
お年寄りに、このアプリで毎日チャットしてもらう。お年寄りからのメッセージを受けるとまずAIが対応し、必要なら人間が途中からAIに代わって話に参加するシステムだ。
もちろん、家族や友人は最初から本物だが、それ以外はAIが一定の受け答えを担う。例えば、「おしょうゆを買ってきて」とチャットに投げるとAIが答えてくれる。そして「どこのしょうゆがいいですか?」などと質問。途中から配送サービスを請け負う担当者などがチャットに加わり、「夕方5時ごろにお届けできると思います」などと答えるのだ。
そう、お年寄りはAIが答えているのか、生身の人間と会話をしているのか、分からないのだ。安否確認になるし、体調の記録も残る。
だったら全部、人間がやれば優しいじゃないかと思うかもしれないが、民生委員も病院も警察も担当者は非常に忙しい。
このチャットを使うお年寄りは1人ではない。多くの人が同じ時間にいろんな会話をすることが想定される。となると、普通の会話などはできる限りAIに任せたい。少人数の担当者で、多くのお年寄りと会話できるのがAIの利点だ。
この話を取材して筆者はあることを思い出した。以前、ロボット「ペッパー」を積極活用している鹿児島県肝付町を訪ねたことがある。施設でたくさんのお年寄りが、楽しそうにペッパーに寄り添っている姿を見た。
そこで言われたのは、「ペッパーのおかげで、担当者の仕事が軽減された」という声である。つまり、ペッパーが相手をすることで、担当者が休憩したり、別のデスクワークをしたりすることができるというのだ。
AIも一緒だ。自宅にいるお年寄りと、新たなコミュニケーションを生み出せる。「高齢者は買い物や友人との会話を楽しみにしている。ご用聞きAIの実現で楽しく便利になると考えました」と田中社長。
今後は、地域特有の知識や方言などの言葉を学習した「地域ごとのご用聞きAI」を開発したいという。
南山城村の実証実験は、今後の日本の高齢者のコミュニケーションのあり方に一石を投じるものだ。すでに他の市町村からも問い合わせがあるという。AIが人間に寄り添う時代はすぐそこまで来ている。