Beaconを使って“ご近所さん”が子供を見守る――リクルートに開発背景を聞く
2016年2月10日ITmedia Mobile
小学生の子供に携帯電話を持たせる理由は「互いに連絡を取るため」のほかに、「子供の安全のため」が大きいだろう。万が一災害や犯罪に巻き込まれた際に、携帯電話が重要な手掛かりになる。しかし、通信費が家計に占める割合が上がっている今、月額利用料が数千円になる携帯電話を子供に与えることをためらう人も多いはずだ。
リクルート住まいカンパニーが2015年9月から10月にかけて実証実験行った、Beacon(ビーコン)を使った子供の見守りサービスは、子供の安全と地域コミュニティーの活性化を助けるものとして、大きな可能性を秘めている。開発の背景や利点、今後の展開について、リクルート住まいカンパニー プロジェクトリーダーの河本晃卓氏に聞いた。
見守るサービスから地域の輪を広げたい
近年、ご近所付き合いなどの地域コミュニティーが崩壊しているといわれる。しかし、単身や核家族世帯が増えており、1世帯だけで生活を完結させることが困難になっている状況もある。相互扶助が重要になるはずなのに、人々のつながりは希薄だ。
今回のBeaconを使った見守りサービスは、このような地域の状況を変え、「昔の近所付き合い、地域の助け合いを醸成していきたい」という意図があると河本氏は説明する。地域コミュニティーを活性化させるために、たくさんの地域SNSが立ち上がった時期もあるが、その試みがうまくいっているところは少ない。「地域SNSは使う理由がない。コニュニティーを一番必要としているものに対して強烈に響くサービスが必要です」(河本氏)
地域コミュニティーが最も必要とされるのは「防犯、防災など安全面に関わるとき」だと河本氏は断言する。特に最近、子供が巻き込まれる犯罪が目立っており、不安が高まっている。そこで、子供の安全を見守る今回のサービスが開発された。
Beaconの電波をスマホでキャッチ
見守りに使われるのがBeaconだ。子供が携帯するボタン電池大の小さなBeacon端末を、対応アプリがインストールされたスマホで検知することで、子供の位置情報を保護者に通知する。Beaconの電波をキャッチしたスマホに個別の通知が来ることはなく、見守り人が子供の位置を確認することもできない。見守り人には、Beaconで検知した人数が翌日通知されるだけだ。
しかし、今どきの携帯電話ならGPSが搭載され、同じように位置情報を知ることができる。なぜわざわざBeacon端末を利用したのだろうか。
「携帯電話は回線契約が必要で、毎月携帯電話料金がかかるし、端末代も高額。携帯電話なので充電も数日に1回必要。また、携帯電話の小学校への持ち込みは、原則禁止されています」(河本氏)
一方、Beacon端末は数千円と安価。小さく、軽く、キーホルダーのようにランドセルに付けたり中に入れたりして学校に持っていける。バッテリーも半年以上持つ。回線契約が不要で、実サービスが開始された場合は、月額数百円程度で提供できるという。
デメリットは、対応アプリをインストールしたスマホがないとBeacon端末を検知しないことだ。いかにして地域の人にアプリをインストールしてもらい、バックグラウンドでもいいので起動してもらうかが重要になる。
最初からたくさんの人にアプリをインストールしてもらうことは難しいので、実証実験ではBeacon電波をキャッチする端末を小学校の校門に設置した。
Beacon端末を持った子供が近づくと検知し、登下校したことが分かる。この登下校検知は、特に低学年の子供を持つ親に好評で、「大きな価値がある」と河本氏は手応えを感じていた。
また、Beaconを活用した登下校検知は子供にとって使いやすく、コスト面でもメリットがある。例えば、カードを読み取って出入りをチェックするサービスもあるが、子供はカードの読み取りを忘れることがあるという。地面にトリガーコイルを埋め込み、非接触で認識できるものもあるが、大規模な工事が必要で数百万円レベルの費用がかかる。それに対して、Beacon端末を使ったこのサービスは、スマホを校門に設置するだけだ。校門だけでなく、公園や幹線道路に定点スポットを増やすことも可能。見守り人にアプリを入れてもらえれば多くの場所で検知できる。
高い精度が要求されるサービス
一方、安全・安心を提供するサービスなので「100%に近い精度が求められる」(河本氏)。Beaconは理論上は50メートル離れた場所の端末を検知するが、間に障害物があったり雨が降ったり、人がいたりしても認識可能距離が短くなる。登下校検知では、電波強度の調整や、加速度センサーを用いた制御、端末設置場所や機材の調整などで認識率を高める一方、Beacon端末は子供が歩き始めて10秒たってから電波を発する仕様にして、バッテリーの持ちを長くするとともに、誤検知のリスクを減らした。
さまざまな条件で正確に検知できるかを何度もチェックした。子供の動きを想定し、社員30人にBeacon端末を持たせて検証も行った。大の大人がランドセルを背負い、悪条件の中、走り回って検証したこともあったという。実証実験中、登校時に検知せず、下校時には検知するという予想外の結果が出た場合には、全ての保護者に電話をかけ原因を突き止めることもあったという。
こうした地道な検証の結果、サーバの問題などを除く、正常稼働時では、99%以上の検知精度を達成することができた。
見えた課題と将来の活用
今回の実証実験は、秩父市立南小学校と目黒区立月光原小学校の2校で行われ、両方合わせて100人以上が見守り人として参加した。なお、子供の保護者は自動的に見守り人にもなるので、それを除く人数だ。商店街に協力してもらったり、地域の回覧板で告知してもらったりしたが、「見守り人はもう少し多くないと目指す姿になれない」と河本氏は言う。
それには行政や地域の協力が欠かせない。学校単位、地区単位でサービスが展開されれば、一気に利便性が上がると河本氏は期待する。定点スポットもさらに必要だ。リクルートの関連施設や保護者の自宅、駅や自販機なども定点スポットとして検討している。また、位置情報の誤差を減らす取り組みも行っている。Beacon端末を複数のスマホで検知すれば、三点測量でより精度の高い位置情報を得ることができるほか、スマホの加速度センサーの活用も検討しているという。
子供の安全は重要だが、認知症高齢者の見守りにも活用できるのではないかと関心を集めている。警視庁の統計によると、年間1万人近くの認知症高齢者の行方不明者がいる。行方不明者が出ると、捜索のために人を動員する必要があり、そのコストはばかにならない。Beacon端末と定点スポットがあれば、どちらの方向に行ったかは分かるので動員する人数が減り、コスト削減が期待できるという。
問題になるのは「Beacon端末をどうやって持たせるか」と「バッテリー切れ」だが、Beacon端末は非常に小さく、靴ひもやつえに付けることが可能だ。安価なので、複数をいろいろなものに付けてもいい。バッテリーは半年持つので、電池交換はそう大変ではないはずだ。
将来的には、見守り以外の防犯機能を追加する予定だという。事故が発生した場所を記した安全マップや不審者情報を提供していき、回覧板のデジタル化を狙う。「安全、安心に貢献できるサービスから、最終的には地域コミュニティーを活性化する役割を担いたい」と、河本氏は意気込みを語った。