「音」で見守る高齢者の健康と安全- 富士通が新発想の安否確認サービスを発売
2016年8月29日CB News
高齢者のプライバシーの尊重と健康・安全の保持。この両立は、介護者や介護施設の関係者らにとって大きな課題となっている。その課題に一つの答えを示すシステムが、富士通から発売された。画像や映像ではなく「音」を見守りサービスの中心に据えることで、プライバシーを尊重しながら、高齢者の健康・安全の保持に活用できるという。その特長と今後の可能性について、サービス商品の企画を担当した富士通ユビキタスIoT事業本部 サービスビジネス企画統括部 第一企画部の相原蔵人マネージャーに話を聞いた。
富士通が開発したのは「リモートケアベース」。日常生活で発生するさまざまな音や赤外線で人の存在などを把握する人感センサー、温度や湿度を把握するセンサーを組み合わせることで、高齢者の安否や状態を把握する。
■携帯電話で培った音の技術でプライバシーを守る
富士通が「リモートケアベース」の開発に着手したのは一昨年の年末。当時からカメラを使った見守りシステムが市場に登場していたが、それらのシステムには共通する課題があった。「安全」と「プライバシーの確保」の両立という課題だ。
「部屋にカメラを設置し、画像を送り続ければ、離れた場所で暮らす利用者の様子を把握し、その安全を確保することができます。ただ、生活している姿を撮影され、他人が目にする別のモニターに映し出されること自体に不安や不満を覚える人が少なからずいます。そもそも、室内にカメラを置くだけで監視カメラを置かれたように感じる人もいます」
「安全」と「プライバシーの確保」。この両立のために富士通が着目したのは、自らが長年培ってきた音の解析技術だった。
「具体的には、らくらくホンや、らくらくスマートフォンに搭載されている『はっきりボイス』や『あわせるボイス』など、音声分析に関する技術や知見などを応用しました。これらの技術によって、従来のドアセンサーなどに比べて、より広い部屋での生活を音で見守れるようになっています」
■異常を“聞き分ける”ために繰り返した試験
ただし、確かな技術があるといっても、そのまま転用できるわけではない。「音で見守る」という、これまでにないコンセプトに技術を応用するためには、やはり、これまでにない苦労が待ち受けていた。
特に苦労したのは、環境に応じて、さまざまな音と人の行動や状態を関連させることだった。音の響き方や伝わり方は、部屋の環境などによって全く違う。その違いを分析し、一定のアルゴリズムに落とし込む作業こそが難題だったのだ。
「この課題を乗り越えるには、さまざまな状況をつくり上げ、そこで発生する音をできるだけ多く集めるしか道はありませんでした。だから私たちは、端末を設置した部屋を準備し、そこで実際に生活してもらって試験を繰り返しました」
時には実際に咳込みがある社員に頼み、音を採取することもあったという。こうした地道な努力を重ねた結果、「リモートケアベース」は、連続する慢性咳やいびき、異常に大きな音などを、正確に“聞き分ける”機能を獲得した。
■環境に応じて通知の基準を変化させる工夫も
「例えば、1時間の間に『ゴホンゴホン』と連続した咳を10セット以上確認した場合、慢性咳として感知します。大きな異常音については、普通の生活ではあまり発生しない95デシベル程度の音が発生した場合、通知の対象となります」
95デシベル以上といえば、一般的な水洗トイレの音より大きい。大きな家具が棚から落ちたり、転んで強く体を打ちつけたりした場合などに発生する異常な音量だ。ただし、例えば床材が音を響かせるフローリングと音を吸収してしまうじゅうたんでは、同じ95デシベルでも音を発生させた事態の深刻さは全く異なる。
「だから、フローリングであれば通知の基準音量はやや大きめに設定し、逆にじゅうたんの場合は小さめに設定するなど、家の環境に応じて基準値の設定を変更できます」
富士通が“聞き分ける”ための機能の開発や設定にここまでこだわった理由は、このシステムを、介護者や家族のケアを担当する人にとって本当の意味で負担軽減につながるシステムとするためだったという。
「どんな音でも過敏に反応するようなシステムでは、通知数も増えますから、かえって介護者の負担が増します。介護者の負担を軽くしつつ、利用者のプライバシーにも配慮するためには、音が示す意味の真偽をきちんと切り分け、適切な通知ができるシステムがどうしても必要だったのです」
■各種センサーも活用し、見守りの精度を向上
さらに「リモートケアベース」には、音や人感センサーに加えて温湿度センサーによって、室内の温度や湿度の異常も察知する機能が搭載されている。例えば室温が高過ぎる場合は、警告アナウンスを流し注意喚起を促す。利用者がオプションの「バイタルセンシングバンド」を装着すれば、利用者が部屋から出てしまったときに通知を受け取ることが可能だ。
特に温度に対する感覚がやや鈍った高齢者にとって、近年続く暑過ぎる夏は、もはや生命を脅かす危険な存在だ。そして認知症の人の徘徊は、介護者にとって極めて重い負担となっている。「リモートケアベース」は、酷暑や意図しない徘徊から高齢者を守り、介護者の負担を軽減する上で有益な存在でもある。
■24時間待機する看護師資格を持つオペレーター、医師への相談も
そして、このシステムが真価を発揮するのは、端末が何らかの異常を感知し、コールセンターに通知した後だ。
「コールセンターには、看護師資格を持つオペレーターが24時間待機しており、異常を感知した部屋と通話し、その状況を会話によって把握します。その上で、オペレーターが別途対応の必要があるかどうかを判断し、必要と判断した場合は提携している企業に連絡して対応を依頼したり、救急車の要請をしたりします。もちろん提携する病院の医師への相談も、24時間可能です」
つまり、異常が確認されたごく早い段階で、医療専門職の判断を仰げるシステムなのだ。さらに、システムの端末には「緊急」と「相談」の2つのボタンが設置されており、利用者自らが対応を求めたり、健康相談をしたりすることもできる。
■医療機関や介護施設、サ高住などでの活用を期待
これらのシステムの特長を踏まえつつ、相原マネージャーは、次のように語る。
「各種の医療機関や介護施設で、ぜひ活用していただきたいシステムです。またサービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホーム、あるいは被災地の仮設住宅でも有益なシステムとして活用できるでしょう」
音を解析する独自技術で「安全」と「プライバシーの確保」を両立させ、介護者の負担軽減も実現できる「リモートケアベース」。プライバシーへの意識が高い団塊の世代が高齢者となり、医療・介護に深くかかわるようになってきた今、特に注目すべきシステムといえるだろう。