一人暮らし高齢者の半分が貧困!
親子共倒れの孤独死が急増する理由とは

2015年12月09日週刊ダイヤモンド

 比較的、高所得者が住んでいると思われている東京都港区であっても、一人暮らし高齢者の半分は貧困に苦しんでいる。また、親子二人世帯での貧困も増えている。30年以上にわたり、高齢者の貧困問題を調査し続けてきた明治学院大学の河合克義教授に話を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集部 津本朋子)

「港区は高額所得者が住んでいるはず」
思い込みを打ち砕く衝撃のデータ

――7月に長年の調査をまとめた著書「老人に冷たい国・日本」(光文社新書)を出版されました。驚いたのは、高額所得者が住んでいると思っていた東京都港区であっても、山形県と同じ割合で、貧困に苦しむ高齢者がいる、という指摘でした。

 出版をしてすぐ、内閣府の税制調査会から呼ばれ、高齢者の社会的孤立と貧困の実態について、話をする機会をいただきました。そこでお示ししたデータのうちの一つが、東京都港区と山形県で実施した一人暮らし高齢者の調査です。港区でも山形県でも、生活保護受給基準を下回る収入で暮らしている人の割合は、ともに半分程度で       した。

 これについて、参加者の方々からも「港区は豊かな地域のはずだと思っていた」と、驚きの声が上がりました。しかし、実際にはそうではないのです。全国的に見ても、一人暮らし高齢者の約半数は貧困水準だと思います。

 孤立死も増えています。東京都監察医務院の事業報告によれば、東京23区で65歳以上高齢者が自宅で一人で亡くなるという、いわゆる孤立死者数は2002年には1364人でしたが、12年には2733人に増えています。

 それでも、港区はまだ恵まれている方です。というのも、日本は公営住宅が不足していて、貧困世帯を直撃しているのですが、東京都と大阪府は比較的、公営住宅の数が多いのです。港区では一人暮らし高齢者の場合で25%の方が公営住宅に住んでいました。日本全体の公営借家率は、6%程度です。

 神奈川県川崎市で今年5月、簡易宿泊所2棟の火災事件(11人が死亡)が起きました。居住していた人の多くは生活保護を利用している高齢者。同じく簡易宿泊所の多い横浜市寿町には、県内の他地域から、生活保護を利用している一人暮らしの高齢者が100人ぐらい送り込まれている現実もあります。

 公営住宅が絶対的に不足しているから、ケースワーカーが送り込んでいるのです。群馬県で10年に起きた「静養ホームたまゆら」の火災事件(10人が死亡)も、似たような構造から生まれた悲劇です。

 港区であっても「都営住宅に10回申し込んだけれど、外れてばかり」という声は良く聞かれます。その港区でさえ、他地域と比較すれば恵まれている。それほど、日本の高齢者をめぐる住宅事情は劣悪なのです。

さらに苦しんでいる
「親子二人暮らし世帯」の現実

――高齢者の一人暮らし世帯で貧困率が比較的高いというのは良く知られた話ではありますが、一方で親子二人暮らし世帯の困窮についても触れていますね

 75歳以上の高齢者を含む二人世帯について、港区で全数調査をしたところ、うち2割が親子世帯であることが判明しました。何らかの理由で子どもに収入がなくて親の年金を頼りに暮らしていたり、親の介護のために同居しているケースです。

 そして、実はこの「高齢者を含む親子二人世帯」の貧困も非常に深刻です。12月に入ってからも東京都中野区の住宅で、80代の母親と50代の息子の遺体が見つかったというニュースが出ていました。また、埼玉県深谷市在住の70代、80代の夫婦と、40代の娘が軽自動車ごと利根川に突っ込み、心中を図った事件も大きく報道されました。こうした世帯では、貧困に加えて介護問題も深刻にのしかかっています。

 また、親の年金がないと生きて行けない、無収入の子どもたちが引き起こす「所在不明高齢者問題」もクローズアップされていますね。親が亡くなっても、生きていることにして年金をもらい続ける子どもたちがいるのです。厚生労働省は10年、所在不明者が全国に100歳以上で271人、80歳以上で800人いると発表しました。

――高齢者の貧困問題を語るとき、必ず「孤独」というキーワードが登場します。なぜ日本には、これほどまでに孤独に苦しむ高齢者が多いのでしょうか?

 幾つもの理由がありますが、まず大前提として私は「貧困が孤独を招く」と考えています。1980年代の少し古いデータなのですが、生活保護世帯の交際費は、一般勤労世帯のおよそ4分の1に過ぎない、という数字があります。交際費が出せずに冠婚葬祭を欠席すれば、親族や友人・知人との関係は疎遠になっていきますよね。さらに飲み代など、人に会うためにかかるお金も削っていることでしょう。

 貧困を加速させたのは、2000年の介護保険制度の導入だと考えています。なぜなら、介護保険は利用したい民間業者を自分で選ばなければなりませんが、本当に困窮している人は、どうしたらいいのか途方に暮れているような状態で、とてもではないけれど、自分で主体的に情報を集めて選べるような環境にはない。こうした人たちに必要なのは福祉サービスです。

 実際、日本で介護保険制度を利用している65歳以上の高齢者は1割半程度です。残り8割以上の中に貧困と孤立問題に苦しむ人たちが数多く含まれているのです。にもかかわらず、介護保険を中心に社会保険制度が肥大化をして、福祉サービスがどんどん削られている。

 また、福祉サービスが縮小する中で、行政が高齢者の状況を把握し切れなくなっている点も大問題ですね。港区では11年から「ふれあい相談員」事業を始めました。これは、困窮状態にありながら、制度利用につながっていない人たちに対して、行政側が訪問して情報を聞き取ったり、必要なサービスにつなげる取り組みです。こうした取り組みを全国的に行う必要があります。

フランスでは月収19万円以下は貧困!?
国際用語化する「コドクシ」

――福祉制度の不足に加えて、住宅事情も医療制度も、日本は高齢者に冷たい国ですね。

 社会保障の構成要素として、年金、医療、福祉サービス、住宅などが挙げられますが、どれも日本は不十分ですね。

 私はフランス・ナンシー大学の客員研究員を務めた経験から、フランスの研究者たちとの交流が多いのですが、グルノーブル大学の教授に孤立死について話をしたら、真顔で「それは自殺ですか?」と言われました。フランスでは、自分の意思で孤独に死のうと選択しない限り、孤立死なんて状況は聞いた事がない、と言うのです。不名誉なことに、「コドクシ」は今や、ドイツや韓国にも輸出されている言葉のようです。

 また、フランスのカトリック救済会の高齢者貧困対策責任者に昨年、話を聞きに行ったときには、「月収19万円以下を貧困と捉えている」と説明を受け、われわれは絶句せざるを得ませんでした。

 社会保障の構成要素である諸制度を見直すのは当然ですが、これに加えて、地域社会の活性化も重要だと考えています。

 たとえば国際的に比較をして、日本は別居している親世帯と子ども世帯の交流が少ない。05年の内閣府の調査によれば、「別居している子どもとほぼ毎日接触している」人の割合は、米国で41.2%、フランスで28%であるのに対して、日本は16.7%です。

 また、1ヵ月に親子で食事をする回数についても、フランスでは数回あるのに対して、日本はゼロに近い数字です。盆暮れ正月しか親と食事をしない人が多いのだから、1ヵ月あたりにならせば、1回にも満たないわけです。

 フランスでは、大学は地方にも適正に配置されています。たとえば、政治学を学べる大学は8都市に分散されています。だからみんながパリを目指す必要がない。農業国でもありますから、地方にも若者がいっぱいいます。

 小学校からの友人がずっと同じ地域にいる。今の日本で、そんな土地は沖縄くらいなものではないでしょうか。日本の地域社会は力を失っていて、若者は都市部を目指さざるを得ない。もちろん、先ほどお話したように、貧困が交際費捻出を難しくして孤独を加速させるという傾向も大きいのですが、それに加えて、日本の地域社会の弱体化が、希薄な親子関係、人間関係を作り出している側面もあると考えています。

 高齢者の貧困問題を解消するためには、年金や福祉制度といった、直接的な部分だけを改善すれば十分、というわけではないのです。さまざまなジャンルにまたがる政策を考えて行く必要があります。