水道検針で高齢者の見守り、雲南市

2015年7月14日新・公民連携最前線

災害発生を想定した高齢者支援体制が、絵に描いた餅になることなく、本当に働くのか──。そんな問題意識をもった島根県雲南市内の住民組織が、高齢者との接点を増やす機会として水道検針に着目。市から検針業務を受託し、高齢者に声を掛けながら巡回している。

 出雲空港から南に車で約30分の島根県雲南市鍋山地区。月1回、家々を訪ねる水道検針員が端末機から出力された紙を持って玄関に回り、「まめなかねえ(お元気ですか)」と家人に声を掛ける。同地区の住民たちによる地域自主組織「躍動と安らぎの里づくり鍋山」(略称「躍動鍋山」)が2012年4月から行っている「まめなか君の水道検針事業」だ。

 事業は市から受託した検針業務だけでなく、災害発生時に支援を必要とする高齢者への、日ごろの見守りを兼ねているところがミソ。むしろ後者が主たる目的だ。

 14年度時点で、地区には420戸、約1500人が暮らしており、4割弱の約540人が65歳以上。そのうち約30人が要支援者として登録されている。要支援者のなかには、水道を引かず井戸水や谷川からの水だけで生活している人もいる。躍動鍋山が職員として雇っている検針員は、そんな水道メーターのない家も訪問し、声を掛けていく。

 家人からの世間話が尽きず、5分、10分と時が過ぎていくこともしばしば。1日に回れる戸数が減れば躍動鍋山の収益としてはマイナスになるが、効率は追求しない。

 検針員を務めるのは元郵便局員や地域組織の役員など、地元のいわゆる顔の広い人たちが中心となっていることもあり、住民は安心して彼らを迎え入れている。「独り暮らしの人たちにとても喜ばれている」と躍動鍋山の秦美幸会長は話す。

 水道使用量が前月より急に増えていたら、家人に使い方の変化があったかどうかを尋ね、なければ漏水の恐れがあると水道局に伝える。人通りのほとんどない市道が傷んでいることを検針員が発見することもあり、その場合は建設部に連絡を入れる。要支援者の見守りは、市のインフラの見守りにもつながっている。

 「これまで行政ができなかった部分をカバーしてくれている」と、同市地域振興課の藤本万葉氏も、活動を高く評価する。

■水道局に駆け込んで直談判

 躍動鍋山が要支援者の見守りに力を入れるようになったのは10年度から。市の事業認定を受け、要支援者の登録、見守り・連絡の組織づくり、災害対応訓練を実施した。

 ただ秦会長には、それだけで十分とは思えなかった。「ひと通りの格好はついたが、絵に描いた餅で終わってはいないか。実際に災害が起こった時に要支援者たちが、遠くに住む息子や娘よりも先に躍動鍋山を頭に浮かべ、電話して助けてもらおう、と思ってくれるのか」

 ちょうどそのころ、鍋山地区担当の水道検針員が辞めそうだという話を耳にした。日常のなかで要支援者に存在を知ってもらう絶好の機会だと感じた秦会長は、すぐさま水道局に駆け込み、検針業務を引き受けさせてくれと頼んだ。後任が見つからなければ困る水道局にとっても、申し出は渡りに船。委託契約を結び、12年度から業務が始まった。

 躍動鍋山に市から入る業務報酬は年間約85万円。一方で検針員の人件費は約76万円かかっている。15年度からは、要支援者登録を本人からの申請だけでなく集落でも協議する仕組みに変えたことで、要支援者数は前年度から倍増の約60人となる。人件費の支出は確実に増える見込みだ。「赤字になっても、躍動鍋山の全体の予算で補っていけるので大丈夫」と、秦会長は事業継続に自信を見せる。