民生委員活動の課題はICTで解決できる--佐賀県の森本CIO

2015年4月16日ZDNet Japan

 県庁職員のテレワーク環境 整備や救急車へのiPad 導入など、行政におけるICT活用の先陣を切る佐賀県が、今度は、行政と地域住民の“つなぎ役"である民生委員・児童委員活動へのICT導入について検討を進めている。

 民生委員は、地域住民の生活状況を把握し、高齢者世帯や障害者世帯の見守りや、援助が必要な住民の相談を聴いて行政窓口を案内する役割を担う。独居老人の孤独死対策、災害時に避難援助が必要な世帯の把握など、高齢化が進む日本において民生委員活動の重要性が増している一方で、個人情報保護法の影響や委員のなり手不足により、業務負担が重くなっていることが問題になっている。

 佐賀県では、民生委員の負担軽減を目的に、業務へのタブレット端末導入の検討を開始。2014年2月から2015年3月にかけて、同県と佐賀市、佐賀市民生委員児童委員協議会、インテル、日本マイクロソフト、NTTドコモ、佐賀市に本社を置くシステム開発事業者の木村情報技術の7者で協働し、佐賀市内本庄地区の民生委員22人にタブレット端末を配布する実証研究を行った。

 実証研究では、インテルがWindowsタブレット端末、日本マイクロソフトがクラウドサービス(Windows Azure)、NTTドコモがLTEサービスを無償提供。木村情報が、民生委員の業務に特化した専用アプリケーションの開発と、クラウドおよびタブレット端末への実装を担当した。

 同取り組みの発起人である佐賀県の森本登志男CIO(最高情報統括監)は、「さまざまな行政業務で民生委員の人たちを関わる中で、民生委員の業務課題の解決は、ICTの得意分野だと気付いた」と話す。

 まず、これまで紙で作成していた活動報告書をアプリ上でデジタル化し、集計作業を自動化した。活動報告書は、民生委員自身が、毎日の相談内容ごとの訪問件数を記録し、月1回集計して市の事務局に提出するものだ。毎日の記録と集計作業に手間がかかり、手計算による集計ミスも散見されていたとする。アプリでは、相談内容を選択し、件数を指定することで入力、集計がが完了する。各委員の活動記録は市事務局に共有されるため、提出の手間も省かれる。

 また、佐賀市の民生委員は、災害発生時などの避難支援や、訪問先の位置と世帯状況を可視化する目的で、これまで、地図上に要支援世帯の位置と状況を色別に記した資料を作成してきた。プライバシー保護の観点から、地図に直に印をつけることはせず、地図に透明シートを重ね、シート上に色シールを貼る決まりになっている。世帯の状況が変わった際には、シート上のシールをピンセットで剥がして張り替えるという。民生委員、福祉員、自治会長で共有するために同一資料を3部作成していた。

 今回の実証研究では、Microsoftの地図サービス「Bing Map」と連携した住民情報管理機能を構築し、この地図資料をデジタル化した。アプリに住民情報を登録すると、地図上に世帯の状況が色別に表示される。データはクラウド上で管理し、タブレット端末には情報が残らないため、情報管理の安全性も向上する。

 さらに、家庭訪問時に持ち歩いていた行政サービスに関する大量のパンフレットをアプリ上に集約した。市や社会福祉協議会、地域包括支援センターなどが提供する福祉サービスの制度概要を蓄積したデータベースを作成し、住民から相談を受けた際に、民生委員がその場で情報を検索して提供できるようにした。

 実証研究に参加した佐賀市民生委員児童委員協議会 会長の石井智俊氏は、タブレット端末を利用することの利便性を実感し、「もう無くてはならないツールだ」と語る。石井氏によれば、民生委員1人が担当する家庭は約200世帯に上り、その4分の1の世帯に見守りなどの支援が必要な要援護者がいるという。

 石井氏は、委員活動を効率化するアプリの利便性だけではなく、住民とのコミュニケーションツールとしてタブレット端末に魅力を感じているという。「民生委員は、住民との世間話の中から、その人が困っていることを聞き出して、行政の支援を受けられるように手配するのが職務だ。高齢者との雑談の中で、例えば、お子さんが務める会社のHPを見せてあげると大変喜ばれ、話も弾む」(石井氏)

 当初、実証研究は2014年6月末で終了し、一旦タブレット端末は回収される予定だったが、石井氏ら現場の民生委員から「タブレット端末を使い続けたい」との要望があったことを受けて、実証研究の期間を2015年3月末までに延長した。

 しかしながら、全国に23万人、佐賀県だけでも約2100人いる民生委員全員にタブレット端末を配布することには、予算の課題がある。

 民生委員は、市町村に設置された民生委員推進会が推薦した者を都道府県知事が推薦し、厚生労働大臣が委嘱することによって決定される制度になっており、佐賀県の場合では佐賀市保健福祉部、佐賀県地域福祉課、厚生労働省の3者が関わる事業である。タブレット端末の購入や通信サービス料金の予算をどの組織が持つのか、難しい調整が迫られる。

 今回の佐賀市本庄地区における実証研究は、ベンダー各社から製品サービスの無償提供を受けて予算ゼロで実施された。3月末で研究期間が終了した時点で、実導入への予算がつかないでいる。インテルが貸与したタブレット端末本体の継続使用は認められたものの、通信サービスなどの利用は停止している状態だ。

 CIOの森本氏は、実導入に向けた今後の展開について、次のように説明した。「民生委員活動へのICT導入は、県の地域福祉課だけにとどまるテーマではない。例えば、民生委員が高齢者世帯を訪問する際に、タブレット端末を使って認知症テストを実施することができれば、病気の早期発見と医療費削減につながる。また、民生委員が調査した地域の高齢者情報をICT活用によって警察と共有することで、徘徊する高齢者の捜索活動に協力できる。このように、医療や警察など、より大きな組織を巻き込んで予算化していくことが現実的だ」