ヤマト運輸、「すごいサービス」はなぜできる?「まごころ宅急便」を生んだ現場力とは
2015年3月11日東洋経済ONLINE
「ヤマト運輸のすごいところはどこだと思いますか?」
みなさんはそう聞かれたら、どう答えるでしょうか?
「指定した日時に、きちんと荷物を届けてくれる」
「電話1本で、再配達してくれて、とても便利」
そう答える人も多いかもしれません。しかし、この大競争時代にそれだけのサービスでは、年間16億7000万個もの荷物を扱えません(2013年度の「宅急便」の取り扱い個数)。ましてや、宅配業界で市場シェアトップであり続けることなど不可能でしょう。
私が同社で最もすごいと思う点は、「現場の声(VOG=Voice of “Gemba")」を新たな商品やサービスに転換し、新たな需要を掘り起こし、それを基幹事業に育て上げていくことです。
まずはそこから解説したいと思います。
昔も今も、「お客さまの声(VOC=Voice of Customer)」に基づいた商品やサービス開発は数多くあります。それを実現するのはもちろん重要ですが、ヤマト運輸はもう一段階、先を行っています。
それは、お客さまも気づいていない「新たな需要」を具現化することです。ユニークなサービスを「お客さんの要望や苦情」になる前の時点で、集配現場で働く人たちの「気づき」を基に事業化し、かつそれを基幹事業に育て上げているのです。
私はそれを「VOC」に対して、「現場の声(VOG=Voice of “Gemba")」と名づけました。
お客さまの生の声はバラつきも多く、事業化を考えるうえでは玉石混淆です。それに比べて、「VOG」は経験豊富な現場の人たちが、ふるいにかけて精査した情報なので、事業化できる可能性もより一層、高くなります。
私が「VOC」より「VOG」に、需要創造力として大きな可能性を感じる理由もそこにあります。今回は、その「VOG」による取り組みを2つ解説します。
買物難民と孤独死を減らす「まごころ宅急便」
「荷物を届けた際、私が彼女にひと声かけていれば、孤独死は防げたのに……」
ひとりの女性社員の、そんな後悔から生まれたのが、「まごころ宅急便」です。女性社員のことは、仮に「Mさん」とします。
ある日、Mさんが独り暮らしの女性高齢者の家に、息子さんからの荷物を届けました。彼女は「何かいつもと様子が違う……」とは感じたものの、次の配達もあったために声をかけ損ねました。ところが、女性はその夜に孤独死し、死後3日目に発見されたのです。
Mさんはショックから立ち直るまで、自責の念にかられてしばらく苦しんだといいます。そのつらい経験をきっかけに、彼女が新たに企画したのが、「まごころ宅急便」です。
これは、65歳以上の要介護者が食品などを電話で注文すると、地元スーパーが品物をそろえ、ヤマト運輸がそれを届けるサービスの名称です。昨年から本格的に始まりました。
「まごころ宅急便」サービスは、ただの「買い物代行」ではありません。
配達時に同社ドライバーが、訪問相手の体調などを聞き取り、必要があれば、地域の福祉サービスを担う団体にも連絡します。独り暮らしの高齢者の「安心見守りサービス」も兼ねています。
高齢化社会での「買い物難民」と「孤独死」。2つの大きな社会問題を減らすための、民間ベースの解決策でもあります。それは高齢者の孤独死と接点を持つ現場のスタッフによる「VOG」から生まれたものなのです。
もうひとつ、「VOG」から生まれたのが「家電の修理サービス」です。
お客さまの不便を解消する「家電修理サービス」
ヤマト運輸は、家電品の修理を行うためのセンターを自前で設立し、故障品の回収から配送まで最短3日という「家電修理サービス」を行っています。
これも修理品を届けた配送員が、「家電品の修理にかかる日数が長すぎる」と感じた「気づき」が発端です。パソコンやテレビが故障し、1週間以上も使えなければ不便だという「VOG」がサービスの起点なのです。
先の「まごころ宅急便」と同じく、この根底にあるのは同社の「サービスが先、利益は後」という会社としての理念です。
「現場の配送員一人ひとりが、どうずればサービスをよりよくできるのかをつねに考えて、まずは実践すること。それで顧客満足を生み出すことができれば、その結果として利益はついてくる」という考え方が、ヤマト運輸の根底にあります。
現場の「感度」が高く、卓越した「現場センサー」を磨いているからこそ、「まごころ宅急便」や「家電修理サービス」といった新たな商品が生まれるのです。
「現場」起点で着想する需要創造力
ヤマト運輸の「現場」へのリスペクトを示すものに、約30年間、毎週行われている「経営戦略会議」があります。社長から一般社員まで参加し、新たなサービスについて、「現場のアイデア」を聴くのが目的です。
こんな取り組みを毎週やっている企業を、私はほかには知りません。実際に、この会議から電子マネー決済などの新規サービスも生まれています。同社にかかれば、会議さえもひとつの「現場」にしてしまう好例で、「VOG」の原点とも言えます。
現場に権限委譲して実践する同社の「全員経営」の考え方については、『現場論』でより詳しく解説しています。お読みいただければ、「現場」起点で「新しいものを生み出す」企業文化がよくわかるはずです。
ヤマト運輸の「需要創造力」の仕組みを見てくると、業態の違いを超えて、「現場」で着想して企画することの重要性を痛感させられます。
通常業務の中で「見える化」しにくい「VOG」に注意を払い、現場のアンテナの感度を高め、一人ひとりが「需要創造力」を身に付けるべき時代が来ているからです。