普及間近!ウエアラブル端末の近未来を読む
2015年2月10日東洋経済ONLINE
ウエアラブル端末でサービスや働き方が変わる!?
2014年は、身に付けることができるデジタル端末=“ウエアラブル端末"が数多く登場し、新たな市場としてウエアラブルコンピューティングへと注目が集まった。これまで話題になっていたGoogle Glassなどのスマートグラス(メガネ型端末)に加えて、Appleの「Apple Watch」の発表によって、スマートウォッチが新たに注目を集めている。
ウエアラブル化の波が押し寄せている領域は、スマートグラスやスマートウォッチにとどまらない。指輪型や衣服に埋め込んで“着る"端末など、ほかにもさまざまなタイプのウエアラブルなコンピュータが登場してくると見込まれる。2015年はまさに“ウエアラブル元年"と言えるだろう。
ウエアラブル端末の進化は始まったばかりだが、すでにウエアラブル端末を活用した新サービスや業務利用の先進的な事例が出始めており、われわれのビジネスのあり方や働き方を変える可能性が垣間見えつつある。
たとえば、スマートウォッチを活用した高齢者の見守りサービス。腕時計型の見守りデバイスと家庭内のセンサーを組み合わせ、お年寄りがどの部屋でどのような行動をしているかを見守り続ける。長時間動かなかったり徘徊のおそれがある場合など、異常なパターンが見られるときには、離れた場所にいる家族へ知らせる。スマートウォッチと家庭内のビーコン(位置識別用のセンサー)とが連携して家庭内のどこにいるかを把握できることと、端末を身に付けた人の行動をクラウド側で分析していることが、これまでの端末オンリーのサービスとの違いだ。
ほかにも、消費者がお店に入るとスマートウォッチにクーポンを表示し、スマートグラスでメニューを選び、支払いまで行えてしまうというコンセプトの実証も始まっている。将来的には、われわれの日常生活の中にウエアラブル端末が入り込んでくるだろう。
ウエアラブル端末が人々の働き方を変え始める萌芽も生まれている。日本航空(JAL)とNRIは、2014年の春から夏にかけて、ウエアラブル端末の業務適用の実証実験を行った。ひとつはホノルル空港での整備業務におけるスマートグラス(Google Glass)の適用である。飛行機の整備を担当する整備士がGoogle Glassを着用し、ハンズフリーで機体のチェックを行うと同時に、日本のサポートチームと視点の共有を実現することで、効率的かつ確実な整備作業を行うというものだ。
もうひとつの実験は、羽田空港の搭乗ゲートで勤務する地上スタッフにスマートウォッチを装着してもらい、スタッフの位置把握とスマートウォッチによる業務指示・コミュニケーションの先進化の検証を行ったものだ。位置を検知するために空港に設置されたiBeaconとスマートウォッチが連動し、「今だれがどこで働いているか」を可視化する。そして、接客中であってもスマートウォッチに指示し、位置についたゲートの状況が自動的に送られる。
スマートグラスによるハンズフリーの実現や、スマートウォッチによるコミュニケーション支援などは、空港にとどまらず、移動しながら働くさまざまな業種で応用可能だ。今後、ウエアラブル端末は、これまでIT化されてこなかった多様な業務を支援することに用いられるだろう。
ウエアラブルが変えるコンピュータと人間の関係
皆さんは昨年封切られた『her/世界でひとつの彼女』という映画をご存じだろうか。
アカデミー賞脚本賞を受賞し、作品賞ほか全5部門にノミネートされた本作のプロットは、心に傷を負った主人公が、自分をとことん理解してくれる“人工知能型OS"と恋に落ちる、というものなのだが、ウエアラブルコンピューティングの未来に通じるものがあった。
ストーリーの重要な役割を担う人工知能は、いわゆるクラウドOSで、主人公とはスマートフォン型のデバイスを通じて行動を共有し、主人公のおかれた状況をカメラで理解したり周囲の音声を聞き取ったりして、パートナーのように振る舞う。また、ほかのさまざまなセンサーを用いて主人公とかかわっていこうとする。
映画『her/世界でひとつの彼女』の中では“いかにも"なウエアラブル端末は登場しないが、身近なデバイスがユーザのおかれた状況を理解して対話するというのは、ウエアラブル端末の未来を読み解くにあたって、示唆に富む将来像だ。ウエアラブル端末はもっともユーザの身近にあり、ユーザの状況や行動を理解するためのセンサーの塊とみることができる。そして、単なるセンサーデバイスの域を越えて、ネットワークを介してクラウド上の知性と組み合わされることで、これまでにないサービスを提供することになる。
今のところ、ウエアラブル端末はそこまで高度な機能を提供する段階には行き着いていない。しかし、ウエアラブル端末を支える技術進化を見れば、単なるデバイスの域を越えた進化を始めていることがわかるだろう。
たとえば、音声認識。ウエアラブル端末の典型例となったGoogle Glassは、「Ok, Glass」とデバイスに呼びかけることで操作を行う。Apple Watchでも音声エージェント「Siri」が、スマートウォッチを通じて利用可能になる予定だ。また、画像認識の技術も進化を続けており、ウエアラブル端末のカメラを通じてユーザが見ているものを識別したり、ユーザのジェスチャーを理解してアクションを起こしたりすることが可能になりつつある。
これらはデバイス単体で独立して稼働するものではなく、ネットワークを介して提供される。今は続々と登場するウエアラブル端末の新しい形状に注目が集まっている段階だが、ウエアラブルコンピューティングの将来を展望するためには、端末の形状の変化だけではなく、ウエアラブル端末を支える技術進化を把握するとともに、端末・ネットワーク・クラウドを含む大きな視野を持つことが必要だ。
ウエアラブルコンピューティング、普及への道のりは
ウエアラブルコンピューティングへの期待は高まりつつあるが、普及に向けては乗り越えるべき課題もある。端末が登場して間もないこともあり、性能面・機能面(たとえばバッテリーの持ち時間など)は成長途上だ。また、まだ普及率が低いことから価格がこなれていないことも、生活者にとっては利用に踏み出す障壁のひとつだ。
ただ、技術面やコスト面の課題は時間の推移とともに改善に向かう方向が比較的見えやすい。より難しい課題は、今までにまったくない形状の端末に生活者が慣れるまでに時間がかかること、新たな形状・機能が生み出す問題に関する利用上のルール・社会規範の形成に時間がかかることである。たとえば、Google Glassは登場初期に「運転中にかけてよいのか」「勝手にカメラで撮影されてしまうのではないか」といった議論を巻き起こした。
技術的な成熟に至る経路、普及までの課題を考慮して、ウエアラブルコンピューティングの今後を予測したものが「ウエアラブルコンピューティングのITロードマップ」である。
まだ市場形成が始まったばかりのウエアラブル関連市場においては、いきなり生活者に向けた端末・サービスが爆発的に普及するものではない。生活者向けの端末が市場に受け入れられるまでの間は、まずは企業内で、ハンズフリー業務が必要な部署の従業員向けなどに限った、試行的な利用が先行して始まると野村総合研究所ではみている。
技術の進化とともに、複数のウエアラブル端末や環境に埋め込まれたセンサー同士が連携したり、画像認識や音声認識などのインテリジェントなクラウドサービスとウエアラブル端末がつながったりするようになる。最終的には、ウエアラブル端末は利用者のおかれた状況にマッチしたサービスを提供するコンシェルジュのような役割を果たすようになるだろう。
ウエアラブルコンピューティングは、ユーザインターフェイスに大きな革新を起こすテクノロジーであるだけに、普及までにそれなりの助走期間を必要とする。しかし、その分、われわれのビジネスや働き方に及ぼす影響は大きい。表面的な変化を追うのではなく、大きな潮流をつかみ、適切なタイミングでウエアラブルコンピューティングがもたらす破壊的変化をビジネスに活用したいものである。