制度外ホームで「拘束介護」 都内の高齢者マンション 約130人、体固定や施錠

2014年11月09日朝日新聞

 体の弱ったお年寄りが暮らせる住まいが圧倒的に不足しており、制度も追いついていない。特別養護老人ホームへの入居待ちは、全国で50万人を超える。行き場のない高齢者が制度外のホームに流れている。その一つで、徘徊(はいかい)や事故を防ぐためだとして、約130人の入居者がベッドに体を固定されるなどの「拘束」状態にあった。こうしたホームは行政の目が行き届かず、高齢者の尊厳が侵される恐れがある。

 東京都北区に、家賃、介護費、医療費、食費などを含めて月約15万円で生活できるという「シニアマンション」3棟がある。敷金や入居一時金もいらない。有料老人ホームとして自治体に届け出ていない制度外のホームだ。マンション業者は医療法人と提携し、入居するには原則的に医療法人の審査が必要だ。ヘルパーは、医療法人運営の訪問介護事業所から派遣される。

 ヘルパーら複数の医療法人関係者の証言と、拘束された入居者の写真や映像によると、8月末の3棟はほぼ満室で、入居者約160人のほとんどが要介護度5か4の体が不自由な高齢者だった。

 多くの居室は4畳半程度で、ベッドが大半を占める。ほかに丸イス1脚と収納ボックスくらいしかない。ベッドは高さ30センチほどの柵で囲われ、下りられないようになっている。入居者によっては腹部に太いベルトが巻かれたり、ミトン型の手袋をはめられたりして、ベッドの柵に胴体や手首が固定されている。居室のドアは、廊下側から鍵をかけられる。「24時間ドアロック」と大きく書かれた紙などを張り、ヘルパーたちにドアの施錠を確認させている。

 これらの行為について厚生労働省は「身体拘束」にあたるとして原則禁止している。例外的に許される場合もあるが「一晩中の拘束などは認められないし、24時間はなおさらだ」(同省高齢者支援課)としている。写真や映像、内部資料を朝日新聞が確認したところ、8月末時点で約130人でこうした「拘束」が確認できた。

 入居者への介護は最大限でも1回30分または1時間で、1日3~4回。これだけにとどまるのは、自宅にいる高齢者が受ける介護保険制度の「訪問介護」のためだ。要介護度が重い入居者でも、訪問介護以外の時間は原則的に対応しておらず、「拘束」状態が続く。

 あるヘルパーは「かわいそうだけど、転倒事故が起きるかもしれない。徘徊などを防ぐために拘束せざるを得ない」と話す。(沢伸也、丸山ひかり、風間直樹)

 ◆キーワード

 <高齢者への身体拘束> 厚労省の「身体拘束ゼロへの手引き」が示す例では(1)自分で開けられない部屋に隔離する(2)ベッドに体や手足を縛り付ける(3)ベッドを柵で囲む(4)指の動きを制限するミトン(手袋)をつける(5)自分で脱ぎ着できない「つなぎ服」を着せるなどの行為で、これらは高齢者虐待防止法に抵触する。

 やむを得ず拘束するにしても、本人などの生命や身体が危険にさらされる「切迫性」、他の手段がない「非代替性」、最小限の時間にとどめる「一時性」という3要件をすべて満たす場合に限るとの考え方を示し、解除に向けて常に再検討するように求めている。

 東京都北区の「シニアマンション」を出入りするヘルパーたちは、寝たきりの高齢者を「拘束」することに、忙しさのなかで疑問を抱かなくなったという。

 訪問介護は1回30分か1時間で、最大でも1日3~4回だ。ヘルパーらは3棟の入居者を次から次へと訪問し続ける。

 元ヘルパーによると、30分の訪問介護は、特に慌ただしいという。直後に別の入居者の訪問介護があるため、25分で終わらせる。おむつ交換、食事、歯磨きなどを一気にこなす。

 訪問介護中に、別の入居者から「(拘束している)手首ベルトが痛いので外して」と頼まれたこともある。しかし訪問介護は、利用者1人に対し1人のヘルパーで対応するのがルール。介護中に、別の利用者を介護することは原則的に禁じられている。

 居室で息を引き取る入居者もいる。夜間はヘルパー1、2人が手分けして数回の見回りをするが、主に呼吸をしているかの安否確認だという。

 介護度が重くても24時間の対応がないことは、入居者も確認していることになっている。「同意書」には「予定時間外の食事・排泄(はいせつ)・移動等の介助(中略)には対応いたしかねます」と明記されている。別の書類にはイラスト付きの説明で、ベッドに横たわる高齢者が「便が出たのでオムツを取りかえて」と訴えるのに対し、看護師が「次のプラン(訪問時間)までまって下さい」と答えている。

 訪問介護事業所には「ヘルパーマニュアル」が用意されており、「身体拘束編」では拘束具の装着方法などが書いてある。

 あるヘルパーは「拘束していいのかと最初は思ったけど、『しょうがない』と自分に言い聞かせているうちに当たり前になった」と話す。

 ■有料ホーム入れず、窮地に

 このマンションに今夏までいた90歳超の女性は「この年齢になって、こんな苦しい目に遭うと思わなかった」と振り返る。

 一人暮らしだった昨年、軽い脳梗塞(のうこうそく)で北区の総合病院に約3カ月入院した。杖がなければ歩けないほどになり、一人暮らしに戻れそうもない。退院日が迫って焦っていた。自分の年金でまかなえる施設を探したところ、病院からこのマンションを紹介された。

 ベッドの四辺は柵で囲まれ、自力では出られない。上半身を起こせる電動ベッドなのに、一人の時は操作するリモコンが届かないところに置かれた。

 寝たきりになり、何も考えることなく天井を見つめるだけ。毎日つけていた日記には、介護に来るヘルパーの名前と時間ぐらいしか書くことがない。「気がおかしくなりそうだった」

 1年後、親族が申し込んでいた特別養護老人ホームが空いて退居できた。

 今年初めまで入居者だった70代の女性は、一昨年の年末に脳梗塞で倒れた。体が動かず、会話もできなくなった。女性の親族は医師から「この状態を自宅でみるのは厳しい」と告げられたが、病院の相談窓口からは「特養への入居はすぐには難しい」と言われた。

 評判のいい有料老人ホームは高額で手が出せず、途方に暮れていたところ、「うちで引き取れます」と言われたのが、このマンションだった。

 お見舞いに行くと、ヘルパーが訪れた直後なのに、目やにで目がふさがっていたことがあった。手首がうっ血していても、ヘルパーに「24時間みているわけではない」と言われた。

 女性の介護計画を作るケアマネジャーの言葉が忘れられない。「自分の親はここに入れたくありません」

 ■「一般マンション」と紹介

 「シニアマンション」の紹介ホームページには「国の制度の類型に該当しない、一般の民間賃貸マンションです」とある。一般マンションで訪問介護サービスを提供する方が、事業者にとっては利点が多い。

 有料老人ホームとして自治体に届け出ると、居室の広さや職員の配置などに基準があり、行政の指導を受けるようになる。介護保険サービスを提供する場合、24時間対応も求められる。

 また事業者が受け取る介護報酬は、利用者の要介護度が高いほど、ホームよりも訪問介護事業の方が高い。要介護度5では月に最大約36万円が得られ、ホームより約10万円高い。

 高齢者住宅の入居相談をしているタムラプランニング&オペレーティングの田村明孝社長は「介護者がいないと日常生活が難しい要介護度3以上の単身高齢者は、24時間態勢の介護施設が適している。無届けの高齢者マンションのサービスは不透明で、拘束などの問題が起きかねない。都道府県は届け出を促し、積極的に介入すべきだ」と話す。(沢伸也、丸山ひかり、風間直樹)

 ■「行政の指導守り、適切に運営」

 朝日新聞が医療法人に取材したところ、次のような回答があった。

 「シニアマンション」が有料老人ホームに当たらない理由については「行政の審査を受けた結果、該当しない旨の判断が出されている」とコメントした。

 また入居者の「拘束」については「身体拘束を行う際には、東京都および北区の監督行政と協議のうえ、行政の指導を守り、適法かつ適切に運営している」と回答した。

 朝日新聞が東京都と北区に確認したところ、「協議して、24時間の身体拘束を認めることなどはありえない」「協議により身体拘束を行えるという取り扱いはしていない」と、両者とも指導の事実を否定した。

 ■主な高齢者向けの住まい(数字は厚労省調べ)

<特別養護老人ホーム(特養)>

 【特徴】65歳以上の要介護者が対象。施設内で介護サービスを低料金で受けられる。待機者多数

 【定員数】約52万人

<有料老人ホーム>

 【特徴】介護付きホームは施設内で介護保険サービスを提供。入居一時金などが高額なホームも

 【定員数】約35万人

<サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)>

 【特徴】2011年に制度化。安否確認、生活相談を提供。介護サービスは外部事業者を活用

 【定員数】約15万戸

<上記に該当しない制度外の高齢者住宅>

 【特徴】居室やサービスに規制はない。介護や食事を提供しても有料老人ホームの届け出をしないケースも

 【定員数】不明