カギ預かります 高齢者の孤独死対策で初の試み 大阪・寝屋川

2014年06月09日日経新聞

 「あなたの自宅の鍵を預かります」。高齢者の孤独死を防ごうと今春、大阪府寝屋川市で全国初の試みが始まった。社会福祉協議会が橋渡し役となり、一人暮らしのお年寄りから鍵を預かって近くの福祉施設に保管。万が一の時は夜中でもそこから鍵を持ち出し安否確認に駆けつけるというもの。孤独死対策の切り札となるだろうか。

 和歌山県在住の田畑和代さん(仮名、41)が、寝屋川市内の府営団地に一人住む母親(71)の異変に気づいたのは先月7日。前日からメールをしても返事がなく、携帯電話にも家の電話にも出ない。2年前、同じように様子がおかしく、近所の人に見に行ってもらったら脱水症状で動けなくなっており、入院したことがあった。不安が胸をよぎる。

■脱水症状で動けず

 田畑さんは夕方、母親宅へヘルパーを派遣していた特別養護老人ホーム「寝屋川苑」に連絡。同苑の在宅福祉課長、古賀琴路さんが急行し、玄関のドアをたたいたが返事がなかった。新聞受けの穴からテレビの音が漏れている。何回か大声で叫ぶと「ハイ」と声が聞こえたものの、ドアを開けてほしいと頼んでも対応する様子がない。

 そこで古賀さんは同苑で預かっていたこの家の鍵を使い、中に入った。田畑さんの母親はこたつのそばに横たわっていた。看護師が様子を見るとやはり脱水症状。昨日から何も食べていないという。水やスポーツドリンクを与え、雑炊を作って食べさせたら落ち着き、事なきを得た。

 ヘルパーとして働く18年の間に、孤独死を発見したこともある古賀さんは「鍵がなかったら娘さんに駆けつけてもらうか、消防のレスキュー隊を呼ぶしかなかった。大騒ぎにならずに対応できた」と胸をなで下ろす。

 古賀さんらの素早い対応を可能にしたのが、今年4月から全市域で始まった「緊急時安否確認(かぎ預かり)事業」だ。寝屋川市社会福祉協議会が2012年から、同市の一部地域でモデル事業として実施していた。

 仕組みはこうだ。65歳以上の一人暮らし高齢者が社協に申し込むと、担当の民生委員、自治会長、社協職員が立ち会いのもと、鍵を封筒に入れて封印、近くの特別養護老人ホームなど24時間職員がいる福祉施設に保管する。異変の連絡が入ると施設職員や民生委員らが鍵を持って訪れ、複数人で自宅内に立ち入る。不在の場合は、室内に入ったことを知らせる書き置きを残し、後日連絡をしてもらう。

 同協議会地域福祉課長の浜吉信彰さんによると、市内で昨年1月から今年3月までの孤独死は72件。うち25件は死後8日以上たって発見された。「かなりの方が誰にも知られずに亡くなる。近所の人ももう少し早く気づけなかったのか、と悔やむ。この状況を何とかしたかった」。市内の一人暮らし高齢者は4月現在で約7600人おり、毎年300~400人ずつ増えていることも背中を押した。

 鍵預かりは、町内会や団地の自治会など小さい単位で行っているところはほかにもある。ただその場合、個人的な信頼関係に基づくものが多く、鍵を預かった人は重荷に思いがちで、留守の時は素早い対処が難しい。寝屋川市の試みは公的な社協が仲介することで、福祉施設に鍵を預ける不安感を取り除き、24時間対応できる点が特徴。個人の負担感は少なく、対象も全市域と広い。

 母親が救われた田畑さんは「私は仕事がありすぐ飛んでいけないからすごく助かった。2年前はご近所に迷惑をかけたので、こちらの方が頼みやすい」と話す。モデル事業では108人が鍵を預け、全市に広げたらさらに366人から申し込みがあった。

 原口巻子さん(73)もその一人。6年前に夫を亡くし、一軒家で一人暮らし。体は健康だが昨年春、夜中に寝ぼけてベッドから落ち、鼻に大けがをした。「骨折でもして動けなくなったらと思うと……。子ども2人が駆けつけるには時間がかかる。すぐに鍵で開けてもらうにはこの制度を利用した方がいいと思った」と理由を語る。

■心閉ざす人が課題

 「予想を超えた反応がある」(浜吉さん)事業だが、課題はある。鍵を預けるのはもともと近所付き合いがあり友人がいるなど、地域とつながっている人が多い。付き合いがなく、孤立しがちな人は、民生委員などの働きかけにも耳を貸さないという。寝屋川苑で事業を担当する増田育久さんは「預けたくない、という人に限って身寄りがなかったり、家に閉じこもったりする。そういう人こそ預かるべきだ」と話す。

 孤独死問題に詳しい淑徳大学の結城康博教授も「非常にいい試みだが、預ける意欲のある人と、心を閉ざしてそうでない人の2方面でやっていかないといけない。預けたくない人を巻き込むには、啓発を続けていくしかない」と強調する。

 政府は、一人暮らし高齢者が15年には600万人に達すると推計する。家族にみとられる「私的な死」に対し、孤独死のように地域や近所との関わりの中で死を考えなければならない「死の社会化」が今後進み、「社会全体で受け止める必要がある」と結城教授。鍵を預かることは、人の死に地域が関わる意思表示とも言える。「社会化」に向けた、初めの一歩なのかもしれない。(編集委員 摂待卓)