死後のデジタルデータが不安 そんな悩みを解消する無料の新サービス考案

2014年06月09日東京IT新聞

 万が一、自分の命が突然尽きたとしたら、パソコン内のデータやFacebook・Twitterに投稿した写真や文章はどうなってしまうのだろうか――。そんな不安に対応するサービスが生まれた。死後のデジタルデータ消去を第三者に頼める遺言サービスと、見守りサービスを兼ね備えた「ラストメッセージ」だ。運営する株式会社kitamura(東京都港区)の北村勝利代表に発案のきっかけや今後の展望を聞いた。

生前にデジタルデータ消去を第三者に頼める

 ある「自殺の名所」に立てられた看板(「ラストメッセージ」撮影)  当然のことだが、自分が死んだ後も、PCやクラウド上に保存したり、SNSなどに公開したデータだけは残り続ける。

 遺品整理を行うことになる残された家族や友人たちに「そんなデータを見られたくない!」という気持ちは誰もが一度は抱くもの。

 特に生前に行ったSNSなど公開サービスへの書き込みが、いつまでも残ったままになるのは恥ずかしいと思うかもしれない。

 「ラストメッセージ」は、こうしたデータをどのように消去するか、事前に細かく指定して第三者に実行してもらうようにする、いわば“遺言”サービスだ。

 ラストメッセージの基本サービス料金は無料。「Googleドライブ」など、世にある無料クラウドサービスを利用するためだ。

 ユーザは、ラストメッセージに会員登録する際、“万が一のとき”の作業を行ってくれる身近な人物「バディ(ユーザが信頼する第三者)」をあらかじめ決め、了承を取っておく。

 次に、どのデバイスのデータをどう消去するか、といった詳細な内容を記載した「機密ファイル(Wordファイル)」を作成し、既存のクラウドサービスにアップする。

 このファイルに書かれている内容を、万が一のときにバディに実行してもらうという仕組みだ。

「分散管理」で生前は見られない仕組み

 「ラストメッセージ」における分散管理の仕組み  機密ファイルという呼び名はものものしいが、実際はWordのファイル。ユーザはこのファイル自体にロックをかけておく。バディが機密ファイルにアクセスするために必要な情報は、クラウドサービスの名称、ログインID、ログインパスワード、そしてWordファイルのロック解除キーだ。

 しかし、ユーザの生きているうちにこの情報を全てバディや運営会社に渡してしまうと、ユーザ以外が機密ファイルを開ける状態となり、遺言サービスが成り立たない。

 そこで考案したのが「分散管理」だ。具体的には、ユーザの生前は、機密ファイルにアクセスするために必要な情報を運営会社とバディで半々に持っておく。ユーザに万が一のことがあってはじめて、運営会社が持っている情報がバディに提供され、機密ファイルにアクセスできる情報が揃う。

ユーザの生存確認するのは"見守りメール"

 どのようにして運営者側はユーザの“万が一”を判断するのか。

 それは週に一回、ユーザに"見守りメール"と呼ばれるものを定期的に送付することにある。

 メール内に記載されているリンクをクリックされることで、「生存している」と判断する。クリックが3日間確認できなければ、その後は毎日メールが送られる。

 もし1週間確認できない場合は、バディへもユーザの安否確認を求めるメールが送付される。ここで、バディはメールだけでなく実際にユーザへの電話や自宅へ訪問するなどの安否確認を行う。

 もし異常があった、というときに初めて、運営会社側が保持している情報がメールでバディに提供され、ユーザの機密ファイルにアクセスできる状態になる手順だ。

父の死後、遺品整理の難しさ知った

  サービスを運営するkirtamuraの北村代表は、1年前に父親を亡くしている。

 「葬式や遺産の整理など一連のことを初めて経験したんです。そのなかで、残された人間として遺品整理や友人への連絡など、すごく困った。父の友人を知らないので、誰に連絡していいかも分からない、連絡帳を探そうにも、どこにあるかも分からない。私の父は88歳で、デジタルなど関係のない世代だったんですが、それでも本当に大変だった」と北村代表は振り返る。

 これを北村代表自身に置き換えてみたとき、連絡先や知人とのやり取りといった情報、銀行口座の取引明細や経理の書類といった資産関係の情報は、ほとんどのものがデジタルで管理されている。会社を経営している立場上、顧客の個人情報など、流出しては困るものも多い。

 もし自分に万が一のことがあった場合、残された家族の苦労は、実父の死のときに自身が感じた苦労よりもはるかに大きなものになる。重要な情報が流出してしまうのではいかという心配もある。そう考えたことが、サービスを立ち上げるきっかけとなったという。

齢化社会を見据えたサービスとしても

 サービスの目的は“遺言”を第三者に実行してもらう、というだけではない。迫り来る高齢化社会を見据えた“見守り”としての機能も果たしたいと考えたという。

 年老いたとき、家族に先立たれ独り身になってしまうこともあるが、そうなれば身の回りのことをするのも、病院へ行くのも一苦労。突然倒れてしまうことも十分あり得る。それに孤独がつきまとう。

 「そうしたことを考えた場合、やはり私は人が人を見守る仕組みが必要だと思っています。お金を出せば警備会社に見守りをお願いすることはできますが、独居老人の中には生活が苦しい方も多い。なるべく安価に、見守りシステムとしてのサービスを運営するとしたら、この形がベストだろうと考えたのです」(北村代表)。

 こうした思いから、生存確認メールによる見守りも兼ね備えた遺言サービスを、三カ月かけて考案した。

「バディ」を決めるハードルをどう越えるか

 しかし、基本サービスが無料ゆえにユーザに求められるものは多い。その最たるものがバディを決めることだ。

 バディは万が一のときに、ユーザのデジタルデータの全てを託されるという重大な役目を担う。

 こうした重要な作業を頼めるような間柄であると同時に、「最低限のITリテラシー」「週に一度はメールチェックできる環境」「いつでも気軽に電話をかけ合える間柄」という条件をクリアする人に限られている。

 人間関係は状況に応じて変わりやすい。ユーザがまだ若く、元気だとすると、ここまでの頼み事をできる相手を見つけるのは難しい。

オプションとして運用代行の手も

 「ラストメッセージ」のWebサイト  バディにも最低限のITリテラシーが求められるが、ユーザ側にも、クラウドサービスを使いこなしたり、機密ファイルに分かりやすく手順を記載したり、ある一定の知識が求められる。

 若いユーザは人間関係が薄く流動的なためバディ探しに難航し、高齢のユーザはITリテラシー不足から、サービスを使いこなすことに苦労する可能性が高い。

 「今後オプションシステムのひとつとして、バディ代行を有料で提供することを考えています。また、高齢の方ですと行政書士さんなどがバディの役目を担うなども想定しています」(北村代表)と話す。

 今後は、LINEを使った見守りメッセージの導入を検討しているほか、生前に家族に向けて動画を撮影しておく有料オプションサービスも近日中にリリース予定だ。

ITの壁は行政書士の代行でカバー

 ITが欠かせない社会となった今、死後のデジタルデータ削除に目を付けたこうしたサービスは今後、必要不可欠となってくることが予想される。

 とはいえ、現段階での高齢者層には、使いこなすにはややハードルが高いため、実際の運用は行政書士によって活用されることを北村代表も想定する。

 しかし、日常的にITに触れる「働き盛り世代」にとっては、さほど難しいサービスではないため、無料で十分活用できそうだ。

 たとえ今は元気であっても、死なない人間はいない。時間をみつけて“死に支度”を少しずつすすめておくのもよいかもしれない。