【ルポ かながわ】孤独死防ぐ「見守り」
2014年03月22日朝日新聞
高齢者の孤独死が絶えない。地域の絆が弱まりつつあるいま、高齢化が進む団地などでは住民らによる連携が不可欠となっている。行政も民間業者の力を借りるなど、対策に乗り出した。
■訪問診療医「住民と連携不可欠」
44年前に入居が始まった横須賀市鴨居の県営浦賀かもめ団地。住民約2600人のうち、65歳以上の高齢者は4割を超える。県内に219ある県営団地の中でも、割合は多いほうだ。
内科、整形外科など5科がある近くの小磯診療所では、月500人前後の団地住民を診察する。院長の磯崎哲男さん(43)の父が41年前に開業。脳梗塞(こうそく)や心不全などで自力で通院できない人もおり、患者宅への訪問診療も続けている。
スタッフの一人、今城健人医師(35)の訪問診療に同行させてもらった。
妻を2年前に亡くした一人暮らしの男性(83)は心不全を患ったことがあり、いまは前立腺がんが疑われるという。手術に二の足を踏む男性に、今城さんは「最近では放射線や内服薬でも治療できますよ」と優しく話しかけた。
「老老介護」の夫妻を訪ねた時、今城さんは認知症の夫(89)を世話する妻(83)の苦労話も聞きながら診察を続けた。妻は「2人きりだと苦しい時がある。人が出入りするだけもありがたい」と感謝の言葉を口にした。
離れて住む子どもが時々訪ねて来る人もいるが、そうではない人もいる。磯崎さん自身、何度も孤独死の現場に立ち会った。
ベッドの上で亡くなっているのを発見された70代の男性は生前、いったんは娘の家に引き取られた。だが、「家が狭いうえ孫が受験を控えている」との理由で団地に戻った。「家族にも事情がある。責められない」と磯崎さんは言う。
団地内では新年度から空き店舗を利用し、民間の介護事業者と小磯診療所の歩行訓練スペースが入居する。県が高齢化対策として誘致した。磯崎さんは「孤独死を防ぐには、日常的に接する介護者や地域住民の協力が不可欠。連携を深めたい」と話す。
■自治会「無関心が一番こわい」
「おばあちゃんが、いない」。夕方、集会所に男性が駆け込んできた。隣に住む一人暮らしの80代の女性の姿が見えないという。団地の自治会長の具志堅吉治さん(66)と民生委員の東海林義勝さん(71)が、慌てて飛び出した。
女性は無事が確認されたが、こうした「通報」はたびたびある。孤独死が相次ぎ、隣人への注意を払う人も増えているという。
数年前、足腰の弱い80代の女性が立ち上がったときによろめき、しがみついたタンスが倒れて下敷きになったことがあった。かすかな「助けて」という声に気づいた近くの住民が東海林さんに知らせ、救急隊に助け出された。
団地に住む民生委員は6人。1人で約250世帯を担当する。東海林さんが見守ってきた人のうち、この16年間で7人の高齢者が孤独死した。
自治会では昨夏から毎朝、団地の広場で住民参加のラジオ体操を始めた。具志堅さんは「無関心が一番こわい。結果的に間違っていても、一人暮らしの高齢者の異変を知らせてもらったほうがいい。住民同士が顔を合わす機会を増やし、そうした異変に気づくようにしたい」と話す。
■民間業者協力し異変通報
助け合いは、団地の住民同士だけに限らない。東海林さんら民生委員のもとには時々、新聞や弁当の配達員から「ポストに新聞がたまっている」などと、異変を知らせる電話があるという。東海林さんは「毎日見に行ってくれる人が気付いてくれるのは、ありがたい」と話す。
県はこうした「見守りの網」を張り巡らせようと、一昨年から県内全域を対象に、新聞販売所や生協、牛乳の配達業者、LPガス業者などの組合と協定を結んでいる。異変に気づいた時には警察や消防署に通報してもらう内容だ。現在、33団体が協力している。
2年前の暮れ、新聞販売所の男性従業員は、横浜市内の70代の一人暮らしの男性宅に新聞が3日分たまっているのを不審に思い、警察に通報した。この男性を含め、県内では取り組みを始めてから昨年9月までに、孤独死の恐れがあった高齢者ら9人の命が救われたという。
(鹿野幹男)