タブレット端末、シニアも使いたい 講座は定員オーバー

2013年09月21日朝日新聞

 米アップルの「iPad(アイパッド)」に代表されるタブレット端末の普及が進むなか、栃木県内の高齢者世代でも関心が高まっている。操作方法などを学ぶ民間の講座には、定員を超える申し込みが相次ぐ。全国の自治体でも行政サービスに活用しようという動きもある。

 「音声入力で検索してみましょう」。講師の合図を受け、参加者がおもむろにタブレット端末に顔を近づけて「世界の美しい景色」と吹き込む。「……理解できません」。応答する女性の音声に、首をかしげる参加者の姿も。今月10日、下野市内の公民館であったiPad講座の一場面だ。

 講座は、栃木市のNPO法人「県シニアセンター」が今年2月ごろから高齢者を対象に始めた。インターネットの検索方法や写真、動画の撮り方など全4回。下野市のほか栃木や小山、宇都宮でも同じような講座を開いてきた。有料にもかかわらず、定員10人に対し、毎回オーバーするほどの人気だという。この日も60~80代の男女12人が参加。約半年で約100人が受講した。

 参加した下野市の高徳茂さん(63)は、息子が使っているのを見て興味がわいた。「パソコンだとなかなか持ち運びできませんが、これなら小さいから旅行に持って行くこともできそう」。受講後に購入を考えているという。

 今年6月に発表された総務省の「通信利用動向調査」によると、60歳以上のタブレット端末の保有状況は約1割にとどまるが、「インターネット白書」(インプレスR&D発行)によると、将来的に購入を検討している人は増えている。「画面が見やすく、操作も指で触るだけ。パソコンで挫折しても、これなら使いこなせると思う高齢者が多いのでは」。同法人の代表理事の荒川恒昭さん(74)は、こう分析する。

 講座の運営を担当する塚原周友さん(67)は「シニア世代の男性は自宅に引きこもりがち。タブレット端末を活用したサロンのような環境があれば、社会参加を促すこともできる」と用途の広がりを期待する。同法人では、障害者を対象とした講座も検討している。

■福祉分野で活用の動き

 全国の自治体では、タブレット端末を福祉の分野で活用する動きもある。

 人口1万人弱の岐阜県白川町。65歳以上の人口の割合を示す高齢化率は3割を超える。高齢者の安否確認を担ってきた民生委員の高齢化も進み、新たな方策が求められていた。町はNECと契約し、同社のタブレット端末を導入。昨年1月から一人暮らしの高齢者の見守りに活用している。

 例えば、毎朝7時になると町から「本日の調子はどうですか」という質問が送られ、「○」や「×」をタッチして返答してもらう。調子が悪かったり返事がなかったりすると保健師が連絡を取り、状況によっては町役場の職員が訪問する。現在は約150台を確保し、70~90代の66人が使っている。

 町によると「家族にも安心してもらっている」と反応は上々だ。昨年には朝の問診で、糖尿病を患う高齢者と連絡が取れず、職員が訪問。自宅で具合が悪くなっている本人を発見し、救急搬送したという例もあった。幸いにも大事には至らなかったという。

 奈良県葛城(かつらぎ)市では、山間部の高齢者や子育て中の母親ら「買い物弱者」を対象に、タブレット端末を活用した買い物支援事業を今年4月から始めた。

 市から派遣された補助員が週に2回ほど各世帯を訪問。その場で一緒にイオンのネットスーパーに注文する。朝注文すれば夕方には商品が届くとあって「最初は単純に便利さが好評だった」と市の担当者。だが、「それ以上に高齢者には補助員との会話が楽しいという声も聞くようになった」と話す。約10世帯の利用から始まり、現在では高齢者を中心に約50世帯まで広がった。

 国の「緊急雇用創出事業」として始め、半年間の試験期間を経て事業を続けるかどうか判断する予定だった。利用者から継続を求める要望もあり、10月からは国の「ICT街づくり推進事業」の補助を受け、来年3月まで継続する。

 ただ、課題もある。市の担当者は「一人暮らしの高齢者でも健康なら買い物にも行ける。でも、認知症の介護をしている家庭などは厳しい。企業や行政の手助けが必要な『ほんまにしんどい人』を見つけることが重要です」。

■周囲のサポートがカギ

 「通信料の問題などもあるが、近い将来には那須町でもやることになるでしょう」。自身もiPadユーザーの那須町の高久勝町長(57)はタブレット端末の活用に関心を寄せる。

 情報通信技術(ICT)の活用に力を入れる同町では、今年8月からインターネットの交流サイト「フェイスブック」に町の専用ページを作成。各課からのお知らせや催し物の情報などを掲載している。「高齢者の人たちも災害支援を中心に緊急時にはICTからの情報だと入手しやすい。フェイスブックの内容を充実させて、行政に対する親近感を持ち、緊急時にはいち早く正確な情報を伝えることができる」と話す。

 12年版の国の情報通信白書は、タブレット端末が使いやすさの点で高齢者のICT利用を増やす可能性に言及している。調査によると「災害時の自動対応」や「スーパー・コンビニからの配送」「血圧・歩数などの健康管理」という項目などでは、回答した高齢者の約5割が利用の意向があるという。

 ただ、白書では「高齢者の利用には、その周囲のサポートが鍵を握る」と指摘する。県内では県シニアセンターが唯一、高齢者を対象にタブレット端末の教室を実施。県シルバー大学校ではパソコン教室はあるが、タブレット端末の教室はないなど、普及への環境は不十分な現状がある。

 代表理事の荒川さんは「NPOではスタッフの数や費用の面で限界がある。高齢者世代のニーズがある現状に対して、官民共同で普及を支援することが必要ではないか」と話す。【佐藤英彬】