世帯の「孤立死」 地域で防ぐ

2013年07月30日読売新聞

高齢夫婦宅など相談員訪問

 地域社会とのつながりに乏しく、行政の支援も得られずに亡くなってしまう孤立死。一人暮らしのお年寄りの身に降りかかる印象が強いが、夫婦など複数で暮らしていても、世帯が孤立し、共倒れに近い形で亡くなるケースも少なくない。自治体が対策を強化し始めた。

 7月中旬、東京都港区で理容店を営む高齢夫婦宅を、同区の「ふれあい相談員」2人が訪れた。「変わりありませんか?」「元気だよ」と会話を交わす。妻(75)は腰痛で、長距離を歩けない。夫(78)は「自分が不在の時に妻に何かあったら」と、相談員が持参した「救急医療情報キット」を受け取った。緊急連絡先や既往歴などを書いた紙を入れる容器で、救急隊員らが見つけやすい冷蔵庫に保管する。

 相談員は、福祉の専門職員で現在10人。介護サービスなどを受けていない高齢者宅の訪問を区の委託で2年前に始めた。日常の暮らしぶりや健康状態、近隣との交流状況などを確認し、必要な公的サービスがあれば利用を勧める。

 最初は65歳以上の一人暮らし高齢者宅を訪問していたが、今年4月から対象を75歳以上の人が複数いる世帯(主に夫婦で暮らす世帯)にも広げた。

 区の調査では、75歳以上の高齢者がいる夫婦世帯の13.1%に緊急時の支援者がおらず、65歳以上の一人暮らし高齢者で支援者がいない割合(16.7%)と大きな差がみられなかった。

 実際、相談員が訪問すると、2人暮らしだと地域の見守りの目が十分に届いていなかった。周囲から2人で支え合って生活していると思われ、本来受けられる区の配食サービスなどを受けていなかったり知らなかったりする世帯もあった。

 調査を実施した港区の政策研究機関「政策創造研究所」の所長で、明治学院大教授(地域福祉論)の河合克義さんは、「孤立の問題は高齢の単身者だけでの問題ではない。高齢の夫婦や親子など複数人の世帯でも孤立の恐れがあることがわかってきた」と指摘する。離れて暮らす家族や地域とのつながりが希薄になったことや、失職や離婚などで生活基盤が弱くなった若い世代が、経済的に親に依存するようになったことなどが原因だという。

 さいたま市では昨年2月、アパートで暮らす60代夫婦と30代の息子の一家3人の遺体が見つかった。3人は住民登録をしておらず、電気やガスを止められ、室内には食料品も残っていなかった。市はこれを受け、電気やガス事業者などが日常業務で異変を発見した場合、通報してもらう協定を昨年10~12月に結んだ。一人暮らし高齢者だけでなく幅広い世帯を対象にした。

 北海道釧路市では昨年1月、自宅で老夫婦が亡くなっているのが見つかった。72歳の妻が病死し、残された84歳の認知症の夫が助けを求められず凍死したとみられている。夫は介護認定の更新をしておらず、発見が遅れたらしい。市は、夫婦を含めた高齢者世帯を支援の必要度などに応じ4段階に分け、公的サービスの提供や民生委員らが見守りをする事業を始める方針だ。

 野村総合研究所が今年、全国の市区町村(回答率70%)に孤立対策の対象(複数回答)を尋ねたところ、「一人暮らし高齢者」(81%)のほか、「高齢夫婦だけの世帯」(61%)、「障害者の一人暮らし世帯」(56%)、「高齢のきょうだいなどで暮らす世帯」(37%)、「生活保護受給世帯」(31%)などが上がった。

 同研究所主任コンサルタントの浜口泰時さんは、「多くの自治体が孤立対策の対象を広げようとしている。ただ、世帯の構成や年代で、役所の担当部署が異なるため、バラバラに対応しないよう情報共有などを横断的に進めていく必要もある」と話している。

「助けて」と言える環境を

 孤立死を予防するには、行政や地域の取り組みに加え、困った時に「助けて」と言える相手を見つけるなど、当事者の自助努力も求められる。

 「米が3日分しかないんです」。愛知県安城市の神崎保文さん(63)が、町内会長の藤野千秋さん(71)に打ち明けたのは昨秋のこと。神崎さんは高齢の父親と2人暮らしで、定年後は仕事がなく、主に父の年金に頼って生活していた。父が昨夏、88歳で亡くなると、生活が困窮。相談時点で持っていた現金は80円。貯金も480円しかなかった。

 安城市は、市の補助を受けた社会福祉協議会が中心となって、近隣住民が助け合う関係作りをすべての町内会単位で進める先進的な地域。藤野さんの町内では、老親と息子の2人世帯の近隣付き合いの状況などを住宅地図上で把握する取り組みを行っており、神崎さん宅も記されていた。これが、藤野さんが神崎さんを見かけた際、「お父さん元気?」と尋ね、彼の父親が亡くなったことや、その後の窮状を知るきっかけになった。

 神崎さんを助けるため、藤野さんは食事を提供し、役所などにかけ合ってシルバー人材センターの仕事の紹介や年金の繰り上げ受給などの手続きなど、生活再建の後押しを行った。

 「近所の人たちと交流がなく、部屋に閉じこもった生活を送っていました。父の死後、なるようにしかならない、死ぬなら死んでもいいと自暴自棄の毎日だった」と神崎さん。それが、藤野さんに声をかけられ、自ら助けを求める気持ちになり、今では人と話をするようになった。職場では年長者の仕事を手伝うこともある。「地域で自分にも役立つことがある」と思えることが、神崎さんにとって生きる支えになっているという。

 「助けを求めれば、救いの手を差し伸べてくれる人が地域にいることを知ってほしい」と藤野さんは話す。町内会副会長の北川弘巳さん(72)は、以前、母親が認知症で徘徊はいかいの恐れがあった時、藤野さんの勧めで顔写真入りのチラシを近所に配布した。すると、母の行方を近隣の人が連絡してくれるようになったという。

 「身内の言いづらいことも、勇気を持って明かせば、協力してくれる」と北川さん。チラシ配布後、「我が家にも認知症の高齢者がいる」と打ち明けた住民が10人いたという。

 地域の助け合いの研究をする住民流福祉総合研究所(埼玉県毛呂山町)の木原孝久さんは、「地域で困っている人を助けたいと思っても、困っている人自身がSOSを発信しなければ、孤立死を防ぐことはできない」と話す。

 夫婦2人暮らしの場合、妻が地域と交流がある一方、夫が溶け込めないケースもある。「妻が先に倒れて男性が介護するようになると、地域との接点がなくなってしまい、孤立につながりやすい。互いが元気なうちに男性も趣味の集まりに参加するなど、つながり作りをしてほしい」と木原さんは呼びかけている。(鳥越恭)