“終の棲家探し”に悩む人々が急増中 「サービス付き」が盛り上がる高齢者向け住宅の最新事情

2013年02月05日DIAMOND online

子育てや仕事が終わってふと我に返る
「老後を安泰に過ごせるのだろうか」

「最近、家の1階と2階を上り降りするのがつらい」「子どもが独立して1人で暮らしているため、生活が何かと不便で困る」

 年をとるにつれて、誰もがこのような悩みを抱えるようになる。少子高齢化が進む日本では、2010年からの10年間で、現在約2900万人いる65歳以上の高齢者人口が、約3600万人へ激増すると言われる。

 特にインパクトが大きいのが、団塊世代だ。2025年には彼らが一斉に後期高齢者になるため、日本の人口の5人に1人が75歳以上となる。まさに「超高齢時代」の到来である。

 団塊世代の多くは、若い頃に汗水たらして働き、子どもを育て、日本発展の屋台骨を支えた。しかし、子どもが結婚して自立し、定年を迎えて仕事からも解放され、いよいよセカンドライフを楽しもうと思ったときに、多くの人はふと我に返る。「このまま老後を安泰に過ごせるのだろうか」と。

「失われた20年」と呼ばれる長引く不況の中で、余生を送るために十分な資金を維持できるかどうかは不安だが、冒頭で触れたように、彼らの最大の懸念は「安心して暮らせる住環境」を確保できるかどうかだ。

 その不安を象徴するように、今の日本には独居老人や高齢者だけの世帯が増えている。今後10年間で高齢者の単身・夫婦世帯は約1000万世帯から2割以上増加する見通しだ。元気なうちはまだいいが、問題は体が思うように動かなくなったらどうするか。誰かの介助・介護が必要になったときに、頼りになる身内が周囲にいないのは、不安この上ない。最近増えている「孤独死」のニュースに、危機感を募らせる人も多い。

 不動産市場に詳しい石澤卓志・みずほ証券チーフ不動産アナリストによると、こうした不安を抱える人が多いためか、近年、郊外の一戸建てから都心のマンションや老人ホームなどに引っ越す高齢者が増えているという。

 バブル期前後から、勤労世帯の居住エリアは、都市部から郊外へと広がって行った。庭いじりなどのスローライフを楽しみたくて、通勤に不便でも郊外の広い一軒家に住みたいという人も多かったのだ。ところが年をとって足腰が弱ると、店や病院が歩いて行ける距離にない閑静な住宅街は、不便に感じる。何をするにも便利な都会へ住み替えざるを得ない人が、増えているというのだ。

 しかし、都市部に住むにせよ郊外に住むにせよ、誰もが安心な「終の棲家」を見つけられるとは限らない。今の日本では、高齢者向け住宅の供給が、急増するニーズに追いついていないのだ。

日本の高齢化率23%に対して
ケア付き高齢者向け住宅数は1.6%

 大和ハウス工業が介護・高齢者市場を研究するために運営するシルバーエイジ研究所の今井高浩所長は、「日本の現在の高齢化率は23%ですが、それに対してケア付きの高齢者向け住宅数は1.6%。これは、欧米諸国の3~8%と比べてかなり低い数字です」と問題提起する。

 特別養護老人ホームや老人保健施設といった介護施設への入居率は欧米並みとなっているが、全ての高齢者が介護施設を必要としているわけではない。自立して暮らせる高齢者向け住宅の整備は、十分ではなかった。

 また、すぐに介護施設に入居したいという人も、悩みを抱えている。たとえば、安く入居できる特養の待機者は全国で約40万人もおり、しかも入所判定委員会などで要介護度が3以上でないと入居しにくいなどの制限もある。いつ自分に順番が回ってくるか、見当もつかない状況だ。このままでは、行き場を失う高齢者が増え続けることになりかねない。

 そんななか、高齢者は「終の棲家」探しに奔走している。簡単におさらいをすると、高齢者向けの住宅には、予算や要介護度の違いによって様々なタイプがある。

 たとえば、入居費が高くてもいいからクオリティの高い環境で暮らし、介護サービスも受けたいという人が選ぶのが、「有料老人ホーム」だ。大別して、施設が介護サービスを施設内のスタッフで完結して提供してくれる「介護付き老人ホーム」と、外部の事業者が介護サービスを提供する「住宅型老人ホーム」がある。

 一方、お手頃な予算で入居したい人にとっては、介護があまり必要のない状態(要支援)か、介護が必要な状態(要介護)かによって、選ぶべき施設が変わってくる。

 介護を必要とする人には、施設が介護サービスを提供してくれる「特別養護老人ホーム」(特養)、リハビリサービスなどを提供してくれる「老人保健施設」(老健)、長期療養者に医療・介護サービスを提供してくれる「介護療養型医療施設」の3つがある。

要介護度が低い人たちが注目する
「サービス付き高齢者向け住宅」

 それに対して、特養に入居するような要介護度が高い人ではなく、要介護度が低い人が入居するのに向いているのが「サービス付き高齢者向け住宅」(サ高住、サ付き住宅)である。

 実は、このサービス付き高齢者向け住宅、最近にわかに施設数が増え、高齢者の興味を惹いている。大まかに言うと、安否確認、生活相談など、必要最低限のサービスが付き、高齢者が自立して住みやすいように設計されたお手頃な賃貸住宅だ。

 目下多くの施設では、入居者が将来介護サービスを利用しようとする場合、自ら外部の介護事業者に依頼することになる。高齢者ニーズのボリュームゾーンは、こうしたタイプかもしれない。

 数年前までこうした人向けには、「高齢者専用住宅」(高専賃)、「高齢者向け優良賃貸住宅」(高優賃)、「高齢者円滑入居賃貸住宅」(高円賃)の3つが用意されていたが、今はそれらが廃止・一元化されて、サービス付き高齢者向け住宅となっている。

 では、サービス付き高齢者向け住宅とは、いったいどんな施設なのか。「終の棲家」を探している人は、自分のニーズに合うかどうか、一度吟味してみてもいいだろう。

コストは家賃、管理費、サービス費
必ず付くのは「見守り」「生活相談」

 一般的に言えば、各部屋の床面積は18㎡以上で、水洗トイレ、洗面設備は居室内にあるが、台所、浴室、洗濯場が共用部にあるものと、同じく25㎡以上で、各居室内に台所、水洗トイレ、収納設備、洗面設備、浴室など、生活に必要な機能は全てそろっているものの2タイプがある。「手すりの設置、段差の解消、車イスが通れる廊下幅の確保など、バリアフリーに気を遣った造りとなっている」(前出の今井所長)。

 入居中に毎月かかるコストは、家賃、管理費、サービス費など。どの施設でも必ず受けられるサービスが「見守り」と「生活相談」で、これは施設に対して義務付けられているものだ。食事サービスもほぼ全ての施設でつく。職員が常駐し、これらのサービスを提供しているが、職員が常駐しない時間帯は、緊急通報システムにより対応している施設もある。

「サービス付き高齢者向け住宅情報提供サービス」で東京都内の物件を調べてみると、これらを全て合わせて、月々の費用総額は15~25万円くらいになるケースが多いようだ。

 他にも家事・介護サービスなどを受けられる施設もあるが、これらが全て提供されるかどうかは、施設によって異なる。家事・介護サービスまで提供する施設は、まだ全体の半分程度のようだが、これらを併用すれば、介護付きの有料老人ホームと遜色ない暮らしを送ることはできるだろう。

 自分のライフスタイルを重視する高齢者が増えているなか、何よりのメリットは「生活の自由度」だ。入居のルールは基本的に普通の賃貸物件と同じで、外出、外泊は自由。退去して自宅へ戻るときも、面倒な手続きは必要ない。

 束縛感をあまり感じずに、「見守ってくれる人がいつも傍にいる自宅」という感覚で生活できる気楽さは、一般的な介護施設や有料老人ホームにはない特徴かもしれない。

「サ付き住宅」は10年間で60万戸に
国が高齢者向け住宅の整備を急ぐ理由

 そもそも、こうしたサービス付き高齢者向け住宅の整備が急速に進み始めた背景には、国による強力な推進策があった。不足する高齢者向け住宅を増やすため、国交省は高齢者住まい法を改正。2011年度予算案で約325億円を計上し、「サービス付き高齢者向け住宅を年間3万戸整備する」という方針を打ち上げた。民間資金での建設分3万戸を合わせて、年間6万戸、今後10年間で60万戸を整備するのが目標だ。

 国が急ピッチで整備を進める理由は、これまでサービスの違いがわかりづらかった複数の高齢者向け住宅を簡素化する目的の他に、医療費の増大を抑えたいという大きな狙いがある。

 高齢化による社会保障費、なかでも医療費の増大は国にとって頭の痛い問題。ここ4~5年にわって、政府は「社会的入院の解消」を目標に、医療機関における診療報酬や療養病床などの抑制・削減を進めてきた。必ずしも長期入院の必要がない高齢患者を、できるだけ在宅での療養・介護に切り替えようと試みている。こうした高齢者たちの新たな受け皿をつくる意味もあり、高齢者向け住宅の増設へと本格的に舵を切った。

 こうして、2011年10月にサービス付き高齢者向け住宅の登録制度がスタートしたわけだが、当初から反響の大きさは予想以上だったという。参入する不動産・建設会社が相次ぎ、登録数は倍々ペースで増えている。

「2011年11月に約1000戸だった登録数は、2013年1月24日時点で9万2684戸となっており、過去に例を見ない高齢者向け住宅ブームが起きています。市場は急速な拡大を続けており、今後の高齢者住宅の主役になるでしょう」(今井所長)

 民間業者がサービス付き高齢者向け住宅に相次ぎ参入する理由は、第一にその豊富な助成にある。物件面積が一定以上で、入居者向けに一定の設備基準を満たし、安否確認などのサービス要員が常駐するなどの要件を揃えた施設には、新設・改修時に建築費の10分の1(一戸当たりの上限は100万円)の助成金が出るほか、税金や金融機関からの融資にも優遇措置が設けられている。

 また、参入障壁が低いことも挙げられる。前述のように、サービス付き高齢者向け住宅の入居者は、介護サービスを利用する場合に外部の介護事業者に依頼するのが前提。つまり、専門の介護事業者ほど高度な介護サービスのノウハウを持たない業者にも、門戸が開かれているというメリットがある。

 これまでも、大和ハウス工業、ミサワホーム、積水ハウスなどの住宅メーカーは、介護施設や高齢者住宅を運営し、ノウハウを蓄えている。彼らはどんな目算を立てているのか。この分野で地固めを進めている大和ハウス工業のケースを、今井所長に聞いてみた。

不動産・建設業者が続々と参入
医療・介護業者と組む大和ハウス

 同社はこれまで、2013年12月末で累計約3500棟に及ぶ介護施設などの建設を手がけ、住宅メーカーではトップ級の実績がある。これまで培ったノウハウを活用して、しばらくはサービス付き高齢者向け住宅をメインに展開していく予定だ。

 稼ぎ頭はこれまで介護付きの有料老人ホームだったが、昨年度から、それが明らかにサービス付き高齢者向け住宅へと移りつつある。高齢者向けの全施設数は昨年度約320棟で、そのうちサービス付き高齢者向け住宅の割合は約50棟まで増えてきたそうだ。

 運営は、地主が自ら投資をして土地・建物を運営事業者に一括貸しを行なう賃貸借方式のケースが最も多く、主な運営先は、地元の医療機関や民間の介護事業者だ。大和ハウスは、日頃から彼らにきめ細かいセミナーや営業を実施している。

「社会的入院の解消」が唱えられるなか、退院した高齢者たちの受け皿をつくることも、医療機関のビジネスにとって大きな課題。「病院関係者の間にも、サービス付き高齢者向け住宅をつくり、馴染みの患者さんたちに末永く入居してほしいというニーズが強い」(今井所長)という。医療施設、介護施設、住宅などを包括的に併設した事業者が、地域における高齢者のコミュニティづくりに一役買いそうだ。

「現在、医療法人にも有料老人ホームや高齢者向け賃貸住宅の経営が解禁されています。彼らにとっても、既存施設を中心とした医療・介護事業の拡大と戦略的経営が可能になる。そのお手伝いをさせていただいています」(今井所長)

 大和ハウス工業は、もともと介護施設などの事業を通じて、医療機関、医療機器メーカー、医療コンサルタントなどとのつながりが深く、この分野における情報収集力や事業提案力について一日の長がある。加えて、「土地の適地管理にも自信があり、土地提案力が強い」と自負している。事業提案力、住環境創造力、土地建物情報力の3つを駆使して、事業者の経営環境に応じたきめ細かい提案をしていくという。

今後は付加価値の高さで差別化
ブームは不動産市場に光をもたらすか

 前出の石澤アナリストによると、「リーマンショック以後、低迷を続けた地価は、ようやくボトムを打って上昇傾向に転じ、都市部では住宅への関心が高まってきた」という。今後は一時的に消費税増税前の住宅の駆け込み需要が起きる可能性もあり、不動産市場には光が差し込みそうだ。高齢者向け住宅の盛り上がりが、市場に寄与する可能性もある。

 この高齢者向け住宅ブームはいつまで続くだろうか。今井所長は近い将来の見通しをこう語る。

「今は需要がうなぎ上りですが、供給が一巡すると空室率が増えてくる可能性もあります。そうなると、競争が激化し、各業者はいかに付加価値の高い住宅を提供できるかが勝負になる。たとえば、包括的に介護サービスを提供できる施設を増やしたり、賃貸だけでなく子どもに相続できる分譲型の一戸建て・マンションタイプのものなど、バリエーションに富んだ物件が増えてくるかもしれません。入居者の方にとっても、選択肢が増えることが予想されます」

 ブームに沸く高齢者向け住宅だが、足もとでは玉石混交の感もある。今後はより入居者の心を捕らえようと、業者が切磋琢磨することを通じて、本格的な市場の成長が始まりそうだ。入居者の側も、自分のニーズに最も合うタイプの住宅はどんなものかをよく吟味し、納得の行く「終の棲家」を探し出したいものである。

(ダイヤモンド・オンラン 小尾拓也)