学研、学習したシニア事業経営の科学

2012年10月09日日経新聞

 学習雑誌「学習」「科学」、雑誌「ムー」、学習塾で知られる学研ホールディングスは、実は高齢者向け賃貸住宅の大手企業でもある。バリアフリー構造で生活相談や安否確認に対応できる賃貸住宅「サービス付き高齢者住宅(サ付き住宅)」に経営資源を集中。異業種からの参入組ながら、自社で施設を立ち上げ、独自のノウハウを積み上げることで価格を安価に設定し、地道に大手の一角に成長してきた。

 その学研が攻めに出た。11月1日付で神奈川県で高齢者向け施設を運営するユーミーケア(神奈川県藤沢市)を買収。買収先の従業員は約700人、施設数は26と現在の学研(約900人、28施設)とほぼ同規模になる。一気に運営施設数を増やすねらい。規模は小さいが、業界にとっては“大型買収”だ。

 サ付き住宅は以前からあったが、高齢者住まい法の改正に伴い、2011年10月から事業者の登録が始まった。バリアフリー設計で介護の専門家が常駐し、要介護度に関係なく60歳以上なら誰でも入居できる。高齢者施設が不足するなか、13年3月までに新築した場合に固定資産税の軽減などの優遇措置が適用されるなど、国による後押しを背景に急速に設置が進んでいる。

 学研は06年に参入。中心価格帯を厚生年金の平均受給額と同水準の月額15万円とし、数千万円に達することもある入居時の一時金をなくすなど従来に比べ廉価にしたことで、新たな需要を発掘した。現在は首都圏を中心に28施設を運営し、介護大手のメッセージと並ぶ大手とされている。

 国内市場が頭打ちの出版や塾を主力とする学研は、高齢者向け事業を目先の成長分野と位置付けており、重点的に投資している。年15施設を目標に施設を立ち上げており、15年9月期には現在の2倍強の約60施設に増やす計画。12年9月期はこの事業の売上高が28億円、営業損益は先行投資で2億円の赤字を見込むが、15年9月期には売上高100億円、営業利益を15億円にする計画だ。

 こうした目標に対しアナリストからは「楽観的すぎるのではないか」(国内証券)との声が上がっていた。実際に営業活動が追いつかず、集客が予想に比べ1~2カ月遅れる施設が出てきていた。

 買収はこうした問題の解決策となる半面、同社の強みを弱める危険性もはらむ。

 観光地としても有名な江ノ島や鎌倉市街のほど近く。遠くに相模湾を望み、潮の香りがほのかに漂う住宅街の一角に建つ真新しい建物が学研のサ付き住宅、ココファン湘南片瀬(神奈川県藤沢市)だ。2011年7月に開業した典型的な施設で、3階建ての建物には52戸の部屋があり、診療所も入居する予定だ。

 玄関を入ると職員の常駐する受付があり、周辺には居住者の使うエレベーター、喫煙所や共用の大浴場、ラウンジなどを配置してある。ここが学研の強みだ。職員の動く距離を「牛丼店やファミリーレストラン並みに」(介護事業を手掛ける学研ココファンの小早川仁社長)効率化。介助にかける時間を短縮し人件費も減らすほか、共有スペースなどの配置も工夫し、入居者の居室など「収益化」している床面積は全体の55%で「他社より15%高い」(同)という。こうした設計の手法や50戸前後という規模をすべて規格化し、設計のコストも抑えている。

 施設の入居者を集める営業活動には従来の「学研方式」を生かしている。入居者の6割は地元の介護事業者や医師からの紹介。このため、施設の職員に地元の主婦を雇用し、開業4~5カ月前から施設の半径3キロメートル以内のケアマネジャーを訪問して紹介を依頼する。子供のいる家庭を訪問していた「学研のおばちゃん」方式と同じだ。マニュアルも多くを流用している。

 今回買収したユーミーケアの施設は多くが12~20室で、学研が規格化している、最も利益が出やすい部屋数(50室程度)に合致するのは2施設しかない。規模が小さくなれば運営費の負担が重くなるため、小早川社長は「拠点のうち3割程度は利益が出ない」と明かす。

 それでも買収に踏み切ったのはなぜか。一番の狙いは人材の確保だ。サ付き住宅に参入する事業者は増加傾向にあり、競争は激化している。とくに施設の立ち上げと運営を担うマネジャーは不足している。だが、買収したからといって、人材を確保できるとは限らない。人材の流出リスクがつきまとうからだ。

 例えば、07年11月にコムスンから介護事業を買収したニチイ学館。職員不足で08年3月期末時点では270施設中20カ所が未稼働の状態だった。その後も10年3月期までは職員採用などの初期投資や稼働率の低迷に苦しんだ。

 「『骨盤枕ダイエット』と『長生きのコツ』を1000部ずつ用意しておいて」。1日午後、小早川社長は学研の出版部門に同社が出した健康書籍のヒット作を手配させた。ユーミーケアの買収に向け、10月は5回の従業員向け説明会を実施。社長はすべてに出向き、本を配布。事業の概要や経営理念などを説明する。「学研の商品に触れてもらい、安心できるグループで働けることを実感してもらう」ことで、人材の流出を防ぐのが狙いだ。

 高齢者向け住宅の市場は、団塊の世代が80代半ばとなる20年後がピークになる見通し。現在はいまだに供給不足と言われている。「グループホームや有料老人ホームなど、要介護の段階に関係なくさまざまなシニア向けの施設を運用したい。そのためには、買収も有効な手段」と、小早川社長はさらなる買収に意欲を燃やす。小さな大型買収の成否は、今後の業界の趨勢も占うことになる。

(関根晋作)