シニアが暮らしやすい街づくりを (社説)

2012年08月27日日経新聞

 第2次大戦後の出産ラッシュで生まれた「団塊の世代」の先頭にあたる人々が今年、65歳の誕生日を迎えている。病院に入院する人や介護の対象者が増え始めるとされる75歳に、この世代が達するまで残り10年となった。

 65歳以上の人口が総人口に占める比率である高齢化率は今後、急速に上昇し、現在の23.3%が2025年には30.3%、60年には39.9%に達するとされる。

高齢化社会を好機に

 厳しい状況も発想を変えれば好機になりうる。シニア世代が満足するサービスや生活環境を整えることは、健康維持や雇用創出、企業と地域の成長、アジアへの輸出産業育成につながるからだ。

 シニアへの対応では、変化に敏感な小売業などが自社の成長につなげている。郊外大型店を中心に出店してきたスーパーや薬局は、徒歩で利用できる街の中の小型店に軸足を移した。店の減った地域向けの移動販売車も品ぞろえの工夫で軌道に乗りつつある。

 ファミリーマートは来年度から新店に飲食コーナーを設け、高齢者らに集いの場を提供する。中高年向けの簡単なゲーム機をそろえたゲームセンターも、孫らと遊ぶシニアが支持している。

 一時期のシニア向け商品には、むやみに豪華で地に足が着かないものも目立った。高齢者の多くは経済、健康、孤独という3つの不安を抱える。丁寧に寄り添い、不安をきちんと解消し、長く付き合う企業こそ信頼される。

 今後もう一段の飛躍のために必要になるのが、多様なプレーヤーの連携と規制緩和だ。

 経済産業省新ヘルスケア・サービス産業創出懇談会の報告書は、企業の提供する商品やサービスがシニアの不安を消す水準に達していないと指摘。流通、外食、薬局、フィットネス、病院、交通機関などが垣根を越え協力することで新ビジネスが生まれ、利用者の満足度も高まると提言する。

 ヤマトホールディングスは岩手県西和賀町の社会福祉協議会と連携。既存のご用聞きや宅配便配達の仕組みを生かし、独り暮らしの高齢者の安否確認、スーパーでの買い物代行、雪かきやタクシーの手配といった生活サービス全般を提供する。

 パナソニックは複数の企業と協力し、神奈川県藤沢市に健康面のケアサービスを充実させた住宅街をつくる。こうした工夫の積み重ねが街と生活の質を高める。

 すでに世界ではシニア市場の争奪戦が起こっている。

 米国の女性専用フィットネスクラブ、カーブスは全世界で400万人の会員を持つ。平均年齢は50代。プールやシャワーはなく、仲間と話しつつ短時間、健康器具で体を動かす。手軽さが支持され日本の会員も40万人を超す。豪華設備と高い会費に慣れた日本企業からは生まれなかった発想だ。

 米ゼネラル・エレクトリックグループのGEヘルスケア・ジャパンは、青森県で医療機器と医師などを乗せた移動医療車両の実験を始める。新たな医療のモデルを日本で作り、世界に発信する。

 日本勢では高級老人ホームのロングライフホールディングが昨年中国に進出した。他の企業も世界に目を向け、ビジネスモデルの確立と海外展開を急ぎたい。

増える空き家を生かす

 地域の成長には大学の役割にも期待したい。米国では大学が不動産会社などと協力、隣接地に集合住宅を建て、住民は受講や学生との交流ができる新型の高齢者住宅が広がる。卒業生が集まる例もある。知識欲の旺盛なシニアがベンチャービジネスの担い手になり、若者に刺激を与える。

 人口減で街に空き家や空き地、空き部屋、空き店舗が増える。これらもうまく活用できる。東京都世田谷区では特定非営利活動法人(NPO法人)が独り暮らしの高齢者の家に若者を安く住まわせる仕組み作りに取り組む。高齢者に収入と安心感、街ににぎわいをもたらす。空き家を転用した互助型の家も各地にできつつある。

 建物や土地の使い方の変更、大学や医療機関の多角化、医薬品販売には、さまざまな規制がある。例えば小規模なシェアハウスに大規模な社員寮などと同等の安全基準を求めるのをやめれば、空き家からの転用がもっと進む。行政はなるべく新ビジネスを後押しする方向で物事を判断してほしい。