クローズアップ2012:孤立死、制度のはざま 定義・統計なし 防ぐ仕組み未確立

2012年04月10日毎日新聞

 2月にさいたま市や東京都立川市で親子の「孤立死」が見つかったが、3月以降も横浜市などで同様の事例の判明が相次いでいる。セーフティーネットで救われず、死後も長期間気付かれないこうしたケースはなぜ起こり、どう防ぐことができるのか。各地で新たな取り組みが模索されているが、「プライバシーの壁」など課題もなお多い。

 ◇「自己申請」救済に限界

 孤立死について内閣府の高齢社会白書は「1人で息を引き取り、一定期間放置され、悲惨な状態になったもの」とし、厚生労働省の会議報告書には「社会から『孤立』した結果、死後、長期間放置される」との文言がある。だが、両府省とも「明確な定義はない」とし、全国統計も取っていない。

 参考になるのは東京23区の変死体などを扱う東京都監察医務院の「事業概要」の数字だ。23区で09年の1年間、自宅での死亡が見つかった1人暮らしの高齢者(65歳以上)は2194人。「全てが孤立死とは言い切れないが実態に近い」(内閣府・高齢社会担当)として白書にも引用され、「推計では全国で年間3万人との話もある」(同)という。

 ただし最近問題となった事例は家族単位、しかも高齢者ではないのに長く発見されないケースが目立つ。こうした事例も「孤立死」なら、実際の数はさらに増える可能性がある。孤立死が相次ぎ、検討会を設置した立川市は、調査で09年度19件、10年度33件、11年度は27件と計79件を孤立死と確認。「8割近くは近所の通報で1週間以内に発見されているが、これだけ多いとは」と、委員の一人は驚く。

 周囲や自治体はなぜ早く気付かないのか。

 今年最初に判明した札幌市のケースでは、40代の姉妹は行政の福祉サービスを受けず、高齢者ではないため民生委員の見回りの対象外。町内会にも入っていなかった。10年6月から3回、区役所の生活保護相談窓口を訪れていたが、結局、生活保護も未申請。知的障害のある妹は昨年12月20日夜、携帯電話に「111」の発信履歴を残し、110番や119番通報しようとしたとみられるが、受け止める人はいなかった。

 2月にさいたま市で家族3人が死亡したケースでは、室内にあった現金は1円玉数枚だけ。住民票は未登録で生活保護はなく、自治会も未加入だった。民生委員の見回りもやはり対象外で、担当者は一家の困窮を「知らなかった」という。

 孤立死問題に詳しい桃山学院大学社会学部の松端克文教授(社会福祉学)は「現在の福祉は自己決定(申請)に基づく。介護保険も障害者自立支援法も個人が申請して初めてサービスが給付されるから、制度からこぼれる弱者が出てくる」と分析。「住民の共助は自然発生的に生まれるとは限らない。行政や社会福祉協議会の専門家が支援し孤立防止に機能する仕組み作りが必要だ」と訴える。【柳澤一男、関東晋慈、狩野智彦】

 ◇各地で対策、個人情報が課題

 自治体はさまざまな孤立死対策を取る。

 熊本県は昨年3月、「熊本見守り応援隊」を発足、地元新聞社やガス会社、郵便局など定期的に家庭を回る6社と協定を結んだ。異変を感じた時、警察や社会福祉協議会に連絡してもらうのが活動の柱。これまで、家で倒れている人を見つけて救急車を呼び、一命を取り留めた例が数件あった。

 埼玉県入間市では3月、ヤクルトの女性配達員が、2回連続して応答がない配達先を不審に思い警察に通報。精神疾患の男性を助けた。警察と地元販売会社による協定が実を結んだ。

 ただし、成功例ばかりではない。

 さいたま市は10年8月に電気を止められた無職男性(当時76歳)が熱中症で死亡したことを受け、同年9月に電力やガス会社と滞納世帯について協議。だが、滞納者が必ずしも生活困窮者ではないなどの理由で、滞納者から相談があった場合のみ、事業者が市などに連絡することに。このため今年2月の3人孤立死まで、電気やガスの停止情報は市に伝わらなかった。

 埼玉県蕨市のケースでは孤立死発見直前の3月30日、市水道部とメーター検針や料金徴収の業務委託会社が、異変を察知すれば連絡するとの協定を結んだが、対象は原則、高齢者などに限られ、働き盛りの単身世帯は対象外だった。

 孤立死を受けた協議で議論となるのが個人情報の壁だ。さいたま市の対策会議では、異変情報提供について東京電力が「同意なく個人情報を提供することを禁じる個人情報保護法の観点から困難」との認識を示した。孤立死を受け、立川市で3月14日に開かれた自治会の集会で、田村拓次会長(63)は訴えた。「人間の連帯かプライバシーか。どちらが大事なのか問いたい」【澤本麻里子、中川聡子】

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 ◆今年に入って判明した主な孤立死◆

 (※年齢はいずれも当時)

 <1>札幌姉妹孤立死

 1月20日夜、札幌市の賃貸マンションで無職の姉(42)と知的障害者の妹(40)の遺体を「12月中旬から連絡が取れない」と管理会社から通報された警察が発見。姉は病死、妹は凍死の模様。ガスは11月末、電気は1月初めごろに停止。

 <2>大阪・豊中白骨遺体

 1月26日午後、大阪府豊中市の民家で白骨化した遺体を訪問者が発見。生きていれば74歳の住民男性だったが、室内のカレンダーは02年1月のままだった。

 <3>東京・立川母子孤立死

 2月13日昼、東京都立川市のマンションで死後約2カ月たった母(45)と知的障害児の次男(4)の遺体を発見。ガスが長く使われていないと管理会社から知らされた親族が警察に通報。母はくも膜下出血、次男は衰弱死とみられる。

 <4>さいたま3人変死

 2月20日昼、さいたま市のアパートで男性(64)と妻(63)、長男(39)の死後約1、2カ月の遺体を「応答がない」との連絡を管理会社から受けた警察が発見。死因は不明。3人は01年ごろ秋田県から転居し、11年8月ごろから家賃を滞納、水道や電気、ガスも止まっていた。

 <5>立川母娘孤立死

 3月7日夕、立川市の都営アパートで母(95)と娘(63)の遺体を安否確認に来た同市職員らが発見。娘は病死、母は衰弱死とみられ、死後1カ月前後。

 <6>東京・足立2人変死

 3月11日午前、東京都足立区のアパートで住民男性(73)と同居女性(84)の遺体を、訪れた男性の知人が発見。男性は死後約1週間、女性は3〜4日。いずれも病死か。

 <7>埼玉・川口母子変死

 3月14日午前、埼玉県川口市の住宅で年金生活の母(92)と息子(64)の遺体を「新聞が2、3週間たまり変」と思った近隣住民が発見。いずれも病死か。

 <8>横浜母子孤立死

 3月17日に、横浜市の住宅で2人暮らしの母(77)と小児まひで重度の知的障害がある息子(44)の遺体を息子の通う福祉施設の職員が昨年12月6日に見つけていたことが判明。母は高血圧と糖尿病を患い11月末に病死、息子は発見前日に肺気腫や呼吸不全で死亡したとみられる。

 <9>埼玉・入間孤立死救出

 3月22日、埼玉県入間市の民家で、応答がないのを不審に思ったヤクルト女性配達員が警察に通報し、孤立死の可能性があった精神疾患の男性(45)を救出。世話をしていた母(75)は病死しているのが見つかり、死後10日ほど経過。

 <10>埼玉・蕨白骨遺体

 4月1日昼、埼玉県蕨市のアパートで住民男性(45)とみられる死後2年以上の白骨遺体を管理会社が発見。